第43話 塔にも休養が必要です
一極放出を止めてから、五時間五十分が過ぎた。
指令テントの机には、取り消し線の入った運用表が重なっている。速く流せば第二塔が熱を持ち、絞りすぎれば王都の亀裂が広がる。時刻を一つ動かすたび、別の塔が間に合わなくなった。
その間も前線は動いていた。バルド隊長は班長を通じて戦線を繋ぎ、私たちも卓を交代して休んだ。各塔へ必要な人員を送り、試算の途中で現地の測定値を返してもらう。
最後に残った一枚には、ティナと職人班、それに王都制御室の確認印が並んでいた。
『停止権の残り、十分です』
同じ指令所の別卓から、フェリクス様の声がした。私は王都と各塔を結ぶ回線へ、運用表を送った。
「殿下、これで試験投入を求めます」
通常の大魔潮なら、二基ずつ交代させて領内の圧を抜ける。だが、王都からの一極放出まで重ねれば、そのやり方では冷却が追いつかなかった。
変えるのは塔だけではない。王都から送る量と、止める間隔だ。
「王都側で流量を絞り、短い波に分けてください。受けるのは一基ずつ。次の塔の弁が開いた確認を取ってから、次の波を送ります。切り替え中は、王都側の送り出しを止める」
『その間の王都側の圧は?』
「待てる秒数はこちらの表です。これ以上遅れたら、試験は中止。次の波を送らないでください」
母の帳簿へ、三十日間の試験で測った冷却の曲線を重ねた。負荷を小さくすれば何秒で温度が戻るのか。その値より早く、次の出番を入れることはできない。
一基ずつなら大量に受けられる、という話ではない。小さく区切った流れだけを渡し、受けた塔は温度が戻るまで閉じる。その間に、別の塔へ働いてもらう。
王宮から、監督官立会いで一巡だけ試す許可が返った。
殿下は一極放出の停止を維持したまま、試験許可を王都制御室へ伝えた。送り出す弁を制限開度で動かす。六時間を越えて続けるには、改めて国王の命令が要る。
『試験投入、開始します』
机の脚がかすかに鳴った。
第一塔から送られる温度が上がり、流量計の針が予定線へ重なる。
『第一塔、排気を確認。逆流なし』
私は計時器を見た。予定の終わりまで十秒。温度にも、まだ余裕がある。
「第一塔への送り出し停止。第二塔、開弁確認を」
『第二塔、開きました』
『王都側、次の波を送ります』
第一塔を閉じたという報告が続く。
一つ目の受け渡しは済んだ。私は濡れた掌を服に押しつけ、次の欄へペンを移した。
その時、第二塔から声が上がった。
『弁に異常振動! 温度の上がり方も早い!』
安全実証十日目に壊れた石弁は交換してある。以来、稼働時間を短くして使ってきた。それでも実戦の圧は、継ぎ目に違う負荷をかけていた。
「王都側、次の投入を待ってください。第二塔は閉鎖。第三塔の冷却値を」
『冷却完了。延長余地は二十秒です』
セシリアの声だった。第三塔の制御台へ向かう足音が、通信に混じる。
「外周冷却陣へ七割で流して。圧を受け止めるのではなく、石弁の歪みを均す方だけ。八割に上げないで」
『七割、二十秒まで。温度が先に上がれば中止します』
「職人班、第二塔の冷却符を増やせますか」
『できます。弁の交換箇所は触らず、外側から冷やします』
私は第三塔の終了時刻を直した。延ばせる二十秒を使い切る前に、第四塔へ渡せるか。ティナの確認した開閉時間を、もう一度指で追う。
『第三塔、開弁確認』
『王都側、流量を落として再開します』
第二塔からの遅れが、少しずつ縮まった。
セシリアの出力欄は七割のまま動かない。彼女が支えているのは石弁の冷却で、王都から来る圧そのものではない。
十六秒後、第四塔が受け入れ準備を終えた。
「第三塔への送り出し停止。第四塔へ。セシリアも交代して」
『はい。冷却陣、引き継ぎます』
私はようやく、握り込んでいた計時器を机へ置いた。
予定通りではない。それでも、壊れる前に切り替えられた。
『王都側の圧、低下を確認』
観測卓から報告が入る。短い試験でも、圧を減らせることと、切り替えの際に逆流を起こさないことは測れた。
フェリクス様が結果を王宮へ送り、返答を待つ間も、停止権の時計は進んだ。
あと二分。
王宮回線から、読み上げる声が届いた。
『国王陛下の裁可。旧規程に代え、監督官立会いのもと臨時の分散運用を継続する。一極放出は実行しない』
監査室の記録官が時刻を復唱した。私は紙の端へ書き留めた。王子の六時間が、勝手に延びたのではない。現場の試験を受けて、次の命令が下りたのだ。
第一塔から、冷却完了の報告が来る。
まだ四基を一巡させただけだ。魔獣の声も消えていない。
私は二巡目の表を引き寄せ、さっき短縮した第二塔の時間を、赤で書き直した。




