第42話 王都だけを守る方法
『リディア、王冠中枢塔で旧規程が作動しました』
声は通信器越しだったが、フェリクス様の姿は同じ指令所の別卓に見えていた。彼が切り替えた緊急回線から、王冠中枢塔の制御室に鳴る警告音が流れ込んでくる。
「王都の管理は、信頼できる研究員へ任せたはずでは?」
『操作したのはヴァルター局長です。指揮権は停止されていますが、旧設備を安全に保守できる者が他におらず、監督官二名を付けた暫定技術責任者として留任していました』
大魔潮が十二時間早まり、中枢塔の亀裂が危険閾値を越えた。その瞬間、旧緊急規程は、登録技術者一名の確認で一極放出へ移れる状態になった。ヴァルターは監督官が制止する前に、確認印を押したのだ。
『――フェリクス殿下。王都には数十万がいる』
王都から届くヴァルターの声は、勝ち誇ってはいなかった。
『現行設備で王都を救う方法は、ローヴェルへ圧を逃がすことだけです。私は旧規程どおりの職責を果たした』
『その規程を残した責任まで、また辺境へ押しつけるのですか』
『では、両方を救う物理的な解を示してください。理想では塔の亀裂は塞がらない』
彼の論理は冷酷だが、陰謀ではない。古い設備と古い規程が許す、唯一の答えを選んだつもりなのだ。
フェリクス様は、王家の紋章が刻まれた監査鍵を遠隔制御盤へ差し込んだ。
『国王陛下より委任された臨時監査権と緊急停止権を行使します。一極放出を停止。最大六時間、ローヴェル系統の放出弁を凍結します』
重い作動音の後、警告音が止まった。
監査鍵の脇で、六時間の計時が始まった。安全実証の時に委任された権限は、ここまでだ。止めた後の運用を、一人で決められるわけではない。
『さらに監査権に基づき、王冠中枢塔の亀裂、全弁の温度、過去三十六年の運用記録をローヴェル指令所へ開示します。現場の計算から、一項目も隠させません』
私たちの観測盤へ、王都側の数値が一斉に流れ込んだ。
王家に都合の悪い過去の放出量も、亀裂を過小報告した点検表も伏せられていない。開示先にはローヴェル指令所だけでなく、王宮の監査室と両都市の記録官が指定された。あとから数字を消して、誰か一人の判断に作り替えることはできない。
『六時間後、別解がなければ旧規程は再び作動可能になります』
ヴァルターの声に続き、王都の監督官が彼を制御盤から退かせたという報告が入る。だが、人を退けても亀裂は消えない。
「六時間ですね」
私は全塔の温度と、三十日間の段階試験で得た冷却曲線を手帳へ写した。
「その間に調べます。殿下はデータの共有と、代替運用を承認してもらう王宮回線の確保をお願いします」
指令所にいる者を卓へ呼び、別の持ち場にいるバルド隊長たちには通信で加わってもらった。前線の指揮は止められない。
私は王都の中枢塔が限界に達したこと、一極放出は六時間だけ止まっていることを隠さず伝えた。
「今の四基へ一度に流せば、ローヴェルも王都も壊れます」
「そんな量、受け止められるわけが……」
「受け止めきれないなら、受け流します」
私は四基の配置図へ、時間軸を書き足した。
「セシリアは第三塔の最大安全出力を。ティナは第二塔の冷却実績を一覧にして。職人班は弁の開閉に必要な秒数、バルド隊長は各塔へ人を運ぶ最短経路を出してください」
答えを一人で思いつく必要はない。必要な数字を持つ人へ、必要な問いを渡せばいい。
数分後、別々だった記録が一枚の机へ集まり始めた。
これまで人にも部隊にも塔にも教えてきた。限界の前で止め、次へ渡し、休ませる。
「四基の運用表を、王都側の放出周期まで含めて組み直します」
王都だけでも、ローヴェルだけでもない。
両方を生かす答えがあるのか。まず、その記録を一枚ずつ開いた。




