第34話 三基目は、天才に任せます
【安全実証22日目/大魔潮まで36日。】
第二塔の事故から十二日。破損した石弁の代わりは、王都の規格品では軸が合わなかった。
地元の石工が古い水車の軸受けを持ち込み、中央の職人と削り合わせた。焼けた回路を交換する間、ティナたちは交代で残った熱を抜き、バルド隊長は支柱が固まるまでの三晩、夜番を組んだ。
取り付けて終わりではない。出力を落として測り直し、元の予定より短い稼働時間でようやく二基を回せるようになった。
遅れは取り戻せなかった。第二塔に添えた新しい上限値と、薄くなった予備資材の一覧を持って、私たちは次へ向かった。
私たちは今、南の湿地帯に沈みかけていた『第三の息継ぎ塔』の内部にいた。
薄暗い塔内に、王都から派遣されてきた精鋭魔術師の苛立った声が響く。
「くそっ、これほど重いとは……!」
彼らは額に脂汗を浮かべ、交代で制御台に魔力を流し込んでいるが、塔は一向に起動する気配を見せなかった。
「……やはり、ダメですか」
観測器を見つめていたフェリクス殿下が、難しい顔で言った。
「第三塔は、他の塔よりも深い地層で魔脈と繋がっているようです。劣化した回路を自壊させないよう精密にコントロールしつつ、奥にある重い『魔力弁』を押し開けるための、瞬間的な大出力が必要になります」
私の試験欄には、弁が動き始める出力へ届かなかった記録が残っている。細く長く流せても、重い扉を押す力の代わりにはならない。
「王都の精鋭たちなら、出力自体は足りているはずですが……」
「環境が悪すぎます」
私の呟きに、殿下が首を横に振った。
「彼らの訓練は、王都の環境で短く大きな出力を出すことが中心です。この湿地帯の、大魔潮直前の濃すぎる魔圧環境に当てられ、重度の魔圧酔いを起こしているのです。今の彼らでは、出力を上げれば制御を失い回路を壊すし、制御に気を取られれば出力が足りない」
実際、精鋭の一人が耐えきれずに膝をつき、激しく嘔吐しそうになって外へ運び出されていった。
手詰まりだ。私の精密な低出力でもダメ、精鋭の制御を欠いた大出力でもダメ。
このままでは、三十日間の安全実証の条件をクリアできない。
「お姉様!」
その時、塔の入り口から澄んだ声が響いた。
振り返ると、泥だらけのブーツを履いたセシリアが、ティナと数名の護衛に伴われて立っていた。
「セシリア? どうしてここに。高魔力者は魔圧の濃い場所に近づくのは危険だと……」
「入口で測ってもらいました。今の波形なら、短い投入はできるそうです。数値が変わったら、ティナさんが止めます」
セシリアはニコリと笑い、私の隣まで歩み寄ってきた。
彼女の顔色は以前のように青白くはなく、しっかりと血が通っている。ティナが持つ計器を、彼女も確かめている。ここへ入れたからといって、長く居続けられるわけではない。
「私の出番ですね。あの重い扉、私が開けてみせます」
「……できるの? 少しでも気を抜けば、回路ごと吹き飛ぶわよ」
「できます」
セシリアは真っ直ぐに私の目を見て、頷いた。
「だって私、お姉様から魔法の本当の使い方を教わりましたから」
彼女はためらいなく制御台の前に立ち、両手を置いた。
そして、目を閉じて深く息を吸い込む。肩の力が抜け、肋骨が広がり、体幹が真っ直ぐに安定する。ティナと何度も確かめていた姿勢だ。力が入りかけた肩を、自分で下げ直した。
その細い身体の内側から、予備測定値824に見合う途方もない熱量が練り上げられていくのが分かった。
セシリアは弁へ続く経路を一つずつ開いた。量だけ増やさず、流すのに必要な幅も確保する。ティナが計器を読み上げ、妹はその声に合わせて出力を上げた。
「ふぅぅぅ……っ、開けっ!」
鋭い呼気と共に、セシリアの手から凄まじい密度の魔力が放たれた。
――ドォォォォンッ!!
塔の深部から、地鳴りのような重低音が響き渡る。
計器の針が上限へ届く前に、奥の弁が動いた。セシリアは自分で出力を落とし、開いた状態を保つ分だけを流した。
直後、塔の頂上部から目に見えない空気の柱が天に向かって吹き上がり、湿地帯の重い魔圧が一瞬にして晴れていった。
第三の息継ぎ塔の、再起動成功。
「はぁっ、はぁっ……」
セシリアは魔力を切り、制御台から手を離した。立ってはいたが膝が震え、駆け寄ったティナに肩を支えられる。
「やりました、お姉様。暴走させずに……」
「報告は休養台で聞きます。今日はもう出力禁止よ」
不満そうに口を尖らせながらも、セシリアはティナに連れられて腰を下ろした。
「……ええ。お見事よ、セシリア」
私は休養台の横に膝をつき、座ったままの妹を抱きしめた。
王都の魔術師が一人、少し離れて手順を書き留めている。あとで教えてほしいと言われ、セシリアは私の肩越しに頷いた。
私には開かなかった扉が、開いている。
それを悔しいと思う気持ちまで消えたわけではない。それでも今、妹の手が震えるほど働いてくれたことを、先に喜びたかった。
「すごいわ、セシリア。あなたは本物の天才ね」
私が心からの称賛を口にすると、セシリアは嬉しそうに目を細め、私の胸に顔を擦り付けた。
「ふふっ。さあ、残るは領都の地下にある第四塔だけですね、お姉様。……みんなで、終わらせましょう」




