第33話 二基目で予定は崩れます
【安全実証10日目/大魔潮まで48日。】
第一塔を段階試験へ入れてから、九日が過ぎた。
私たち『ローヴェル魔力訓練班』と、王都からの増員を迎えた専門職人たちの合同チームは、西の山岳地帯にある『第二の息継ぎ塔』の修復作業に取り掛かっていた。
しかし、現場の空気は重かった。
「……ダメだ。また魔力流が途切れたぞ」
「バルド隊長! 制御台の左半分の回路が、完全に死んでいます。これ以上の出力をかければ、逆流する危険があります!」
塔の内部で、職人たちと守備隊員たちの焦った声が交差する。
第一塔と違い、長年『封印』という形で魔力の流れを強制的に遮断されていた第二塔は、回路の石化と劣化が想像以上に進んでいた。私の低出力で慎重に流しても、まるでヒビの入った古い水差しのように、途中で魔力が漏れ出してしまうのだ。
「予定より、大幅に遅れていますね」
フェリクス殿下が観測器の数値を書き込みながら、難しい顔をした。
「このままでは、三十日の期限内に四基の段階試験を終え、最終日の連動試験へ進めません。大魔潮までの残り時間も、刻一刻と減っているというのに」
「……もう一度、試してみます。今度はさらに出力を絞って、漏れている回路の隙間を縫うように」
私は焦りを隠し、制御台の前に立った。
深く息を吸い込み、フォームを作る。前回の失敗をデータとして蓄積し、今回はさらに細く、長く、針の穴を通すような精密さで魔力を注ぎ込んでいく。
ゴゴゴ……という低い振動が、塔の深部から響き始めた。
「いいぞ。魔力が通った。そのままの出力を維持してくれ!」
職人の一人が声を上げた。
だが、その直後だった。
――ピキィンッ!
鋭い破裂音が、制御台の奥から鳴り響いた。
それと同時に、塔の魔力圧を物理的にコントロールしていた古い石の安全弁が、経年劣化と急激な圧力の変化に耐えきれずに砕け散ったのだ。
「なっ……!」
安全弁を失ったことで、地下の魔脈から汲み上げられていた高濃度の魔力が、行き場を失って塔の内部へ一気に『逆流』を始めた。
ドワァァァッ! という轟音と共に、目に見えない重い空気の塊が爆発的に膨張し、周囲の職人たちを吹き飛ばす。
「リディア嬢、下がって! ここは危険です!」
殿下が叫び、観測器を放り出して私の方へ駆け寄ろうとした。
バルド隊長も素早く部下たちを下がらせ、私と殿下の前に立って大盾を構える。
だが、私の足は床に縫い付けられたように動かなかった。
頭の中で、激しい警報が鳴り響いている。
予定が崩れる。この塔が直らなければ、王都もローヴェルも終わる。私が、私が何とかしなければ。私が限界を超えて、この逆流を全て押し留めなければ、皆が死んでしまう――!
深夜の過負荷訓練の時と同じ、私の最も根深い悪癖である『抱え込み』の恐怖がフラッシュバックした。
私は安全圏へ下がるどころか、壊れた制御台へ向かって一歩、足を踏み出していた。自分の魔力二十七という極小のタンクを全開にして、あの逆流の奔流に叩き込もうとして。
「お嬢様!!」
ガシッ! と。
私の腕を、バルド隊長が強く、痛いほど強く掴んで引き止めた。
「今のお嬢様の魔力容量では、あの逆流は絶対に押し留められません! ただ吹き飛ばされて死ぬだけです! 下がってください!」
「で、でも……私がやらなければ……っ」
「お嬢様が教えてくれたんでしょう! 限界が来る前に退くのが、一番しぶとい戦い方だって!」
腕を掴む指の痛みで、足元が見えた。前へ出かけた私のせいで、隊長までここに残っている。
また、補助する人の手を振りほどいて重量を上げようとしていた。
「……ええ、そうね」
私は震える息を長く吐き出し、腕の力をスッと抜いた。
そして、振り返ってフェリクス殿下を見た。
「殿下、ここは一度完全に塔を停止させましょう! 全員、外へ退避!」
「了解しました。緊急遮断術式を打ち込みます!」
私が『撤退判断』を下したことで、現場は一気に統制を取り戻した。
バルド隊長が職人たちを担いで外へ運び出し、殿下が制御台に強引な遮断術式を叩き込む。魔力の逆流が徐々に弱まり、私たちは間一髪で塔の外へと脱出することに成功した。
***
「……参ったな。弁につながる回路が焼き切れた。ここの石材も交換だ。今日の稼働テストは白紙だ」
塔の外、安全圏に張られたテントの中で、王都から来た職人の一人が頭を抱えていた。
守備隊員たちも、沈鬱な顔でうつむいている。
第二塔の稼働は失敗し、スケジュールは大きく崩れてしまった。三十日という期限を考えれば、絶望的な遅れだ。
「リディア嬢……」
殿下が、心配そうに私の顔を覗き込んだ。
私がまた、自分の失敗を責めて抱え込んでいるのではないかと思ったのだろう。
だが、私はテントの中央に立ち、泥だらけの顔を上げて、全員に向かって力強く言い放った。
「状況は最悪です。でも、問題に分解できます。顔を上げてください」
声が裏返った。それでも職人の一人が、壊れた弁の図面を開いてくれた。
「予定表が崩れたのなら、組み直すだけです。壊れたことを成長と呼んではいけません。けれど、隠れていた亀裂と破損時の圧力は記録できた。同じ壊し方を繰り返さず、修復計画を立て直します」
私は手帳を開いた。指はまだ震えていたので、図面を押さえる役を隣の職人に頼んだ。
「職人の皆さんは、破損した石弁の代替品のリストアップを。バルド隊長、ティナを呼んで怪我人の再チェックをお願いします。殿下、先ほどの逆流のデータは取れていますか?」
「破損直前まで残っています。欠けた区間は、職人の皆さんの目撃と照合しましょう」
殿下が手帳を開いた。私は空欄を残して、その横へ修復の順番を書き始めた。
失敗は終わりではない。
私たちが生き残るための、次のセットの始まりだ。




