第22話 封じられた二つ目の塔
母エレナの帳簿から「息継ぎ塔は全部で四基ある」という事実を掴んだ数日後。
私とフェリクス殿下は、バルド隊長率いる数名の精鋭と共に、領内の西側に広がる険しい山岳地帯へと足を踏み入れていた。
「……魔力圧の歪みが、徐々に強くなっています。この方角で間違いありません」
先頭を歩く殿下が、片眼鏡の観測器から目を離さずに言った。
足元の悪い岩場を進むのは骨が折れたが、私の身体は日々の『限界管理』のおかげで、以前とは比べ物にならないほど体幹が安定している。荷を背負う護衛に歩調を合わせ、私も途中の休憩で水を飲んだ。
なお、セシリアは館に置いてきた。彼女の高い予備測定値では、魔力圧の濃い発生源に近づくのはまだ危険だと判断したからだ。彼女には今、ティナをコーチにつけて低出力の制御訓練を徹底させている。
数時間の過酷な探索の末、私たちは切り立った崖の陰に、周囲の岩肌に溶け込むようにして建つ古い石塔を発見した。
「あれが、第二の息継ぎ塔……」
東の森で見つけた第一塔とほぼ同じ構造だ。
しかし、近づいてみてすぐに決定的な違いに気がついた。入り口が、分厚い石の扉で完全に閉ざされているのだ。
「隊長、あの扉に何か彫られています」
兵士の一人が指差した先。苔むした石の扉の表面には、複雑な幾何学模様が深く刻み込まれ、それがかすかに赤黒い光を放っていた。
「……王冠魔導局の、正式な『封印刻印』です」
その紋様を見たフェリクス殿下の声が、かつてなく冷え込んだ。
「自然な老朽化などではない。王都の中央機関が、意図的にこの塔の機能を停止させ、隠蔽していたということです」
「意図的に……。どうしてそんなことを」
私が尋ねると、殿下は眉間を揉み解すようにしながら答えた。
「分かりません。しかし、この扉を開けなければ、内部の回路を修復することもできない。強引に破壊すれば、塔の内部回路ごと吹き飛ぶ危険性があります。……私が、術式を一つずつ解きほぐします」
殿下は手袋を外し、扉の前に立った。
彼が銀色の魔力を指先に集め、封印の紋様に触れた瞬間だった。
『――侵入者ヲ排除セヨ』
機械的な音声が響いたかと思うと、塔の周囲の大気から急速に土と岩が組み上がり、三体の巨大なゴーレムのような自律防衛機構が姿を現した。
「チィッ! 防衛用の罠まで仕掛けてやがったか!」
バルド隊長が剣を抜き、兵士たちに陣形を組むよう指示を飛ばす。
三体のゴーレムは重い足音を響かせ、扉の前に立つフェリクス殿下に向かって巨大な岩の拳を振り上げた。
「殿下!」
「私は解除作業に集中します。私の背中を頼みます、リディア嬢」
殿下は振り向きもせず、扉の術式から目を離さずにそう言った。
王族の命を、魔力二十七の私に預けるというのだ。
「ええ。隊長、重い拳は私では防げません」
「分かっています。足を止める。崩れたら全員、扉の脇へ!」
三体が迫る。岩の拳が振り下ろされ、殿下は指を紋様から離さず、横へ一歩ずれた。拳が足元を叩き、石床が割れる。
私は飛んだ破片を一枚で逸らした。拳そのものへ張っても、砕けるだけだ。
「右の関節、隙間がある!」
バルド隊長が声を上げた。二人の兵が側面へ回り、剣先を継ぎ目へ入れる。装甲は割れないが、脚の動きが一瞬止まった。
「殿下、左からもう一体!」
「見えています。あと二つ、刻印を解きます」
扉に触れる位置を変えながら、彼が作業を続ける。その背後へ、隊長が投げた空の資材箱がぶつかった。ゴーレムが振り向く。
箱を砕いた拳が、地面へ深くめり込んだ。その間に兵が殿下の横へ入り、次の一撃を避ける場所を空ける。
私にできるのは、破片を逸らし、見えた攻撃の方向を伝えることだけだ。
一度、間に合わず兵の額が切れた。彼は自分で後ろへ回り、隣が場所を引き継ぐ。私は障壁を切り、狭くなった息を戻した。
「残り、一つ」
殿下の声で、皆がもう一度動いた。
「……解除、完了」
殿下の静かな声と共に、石の扉が重々しい音を立てて内側へと開いた。
それと同時に、封印の魔力を動力源としていた三体のゴーレムが、砂のようにボロボロと崩れ落ちた。
「はぁっ……ふぅっ……」
私は魔力を切り、大きく深呼吸をしてフォームを解いた。
殿下が振り返り、汗ばんだ私の顔を見て、安堵したようにふっと微笑んだ。
「見事な支援でした。君が後ろにいてくれなければ、とても作業に集中できなかった」
「殿下こそ、攻撃を避けながら、指を術式から離さないなんて、度胸がありすぎますわ」
二人で苦笑しながら、私たちは開かれた第二塔の内部へと足を踏み入れた。
そこには、第一塔と同じように「休止」の刻みを持つ制御台が存在していた。しかし、殿下が観測器で調べると、この塔の回路は老朽化による目詰まりではなく、物理的に切断され、魔力が流れないように細工されていたのだ。
「王冠魔導局の封印。そして、意図的な回路の切断……」
殿下は、埃にまみれた制御台を見つめながら、苦渋に満ちた表情を浮かべた。
「王家は……中央は、三十六年前のあの大魔潮の時に、この土地で一体何をしたんだ……」
その横顔には、自分の所属する王家という巨大な組織が、この辺境を切り捨てるような暗部に関わっていることへの、静かな怒りと責任感が滲んでいた。
***
第二塔の応急処置を終え、領都への帰路につく馬車の中。
揺れる車内で、私たちは無言のまま向かい合って座っていた。殿下は腕を組み、疲労からか少し目を閉じている。
彼が背負おうとしているものの重さを思うと、私には軽々しい言葉をかけることができなかった。
「……リディア嬢」
ふと、目を閉じたままの殿下が、無意識のようにポツリと口を開いた。
「はい」
「次も、君と来たいですね」
次も。塔が開いた後のことまで、一緒にいるつもりで言ってくれた。
次も一緒にいたい――その言葉が仕事だけを指していないことくらい、もう分かる。分かるからこそ、まともな返事ができなかった。
「はい。次の遠征までに障壁の展開速度を上げます。殿下の背中は、私が守りますから」
また仕事へ逃げた私に、殿下は数秒だけ瞬きをした。それから、困ったような、愛おしむような笑みを浮かべる。
「……ええ。頼りにしていますよ、私の優秀な教官どの」
私は自分の恋心を測れる。けれど、扱い方だけはまだ少しも上達していなかった。




