第14話 元婚約者は三分で息切れしました
「数発撃つたびに背を向ける。これがローヴェルの新戦術か?」
演習場へ現れたロベルト・クロイツは、休養線へ下がる隊員たちを鼻で笑った。
彼は王都の視察団に同行し、ローヴェルの防衛報告が誇張ではないかを確かめに来ていた。泥の上に腰を下ろす兵、火球一発で割れない標的。王都式の演習しか知らない彼には、怠慢に見えるのだろう。
「退いて回復し、戻っています」
「戦場で敵が待つものか。貴族の魔法は、一撃で終わらせるためにある」
彼は嫌がらせで言っているのではない。魔力四百二十の自分が、撃ち負ける場面を知らないのだ。
「では、三分だけ証明しましょう。遠距離魔法のみ。枯渇か降参で終了です」
「君の二十七で、私と?」
「怖いならお断りください」
ロベルトは外套を投げた。
フェリクス殿下が衝撃吸収結界を張り、致命域に達した時点で止める条件を提示する。救護班を置き、私たちは署名した。
「お嬢様、面の攻撃は逸らせません」
ティナが小声で止める。私は頷いた。公開試合だから安全なのではない。安全策を重ねても、判断を誤れば火傷も骨折もする。
「分かっているわ。三分で私が立っていられなければ、私の負けよ」
「始め!」
人の背丈ほどある火炎球が飛んだ。
私は横へ跳び、直撃を避ける。余波で飛んだ石片へ障壁を一枚だけ差し込む。熱までは防げず、頬がひりついた。背後の地面が爆ぜる。
「逃げるだけか!」
火球、風刃、岩弾。どれも受ければ終わる。視界内の一点しか逸らせない私に、正面から防ぐ選択肢はない。
岩弾が地面へ刺さり、砕けた石が頬を切った。風刃は髪を数本さらう。観客の歓声は消え、訓練班もようやく、魔力四百二十が虚勢ではないと知った。
一分を過ぎたところで、ロベルトの狙いが変わった。
杖から扇状の炎が広がる。点ではなく面を焼く攻撃だった。
(障壁では無理!)
私は訓練用の土塁へ身を投げた。炎が肩を舐め、袖が焦げる。露出した前腕に赤い水疱が浮いた。
フェリクス殿下が停止具へ手をかけた。私は片手を上げ、継続の意思を示す。痛みはある。腕も動く。続行基準の内側だ。
笑っていられる相手ではない。高魔力者の一撃は、こちらの工夫ごと消し飛ばす。
「これが現実だ、リディア!」
ロベルトは勝機を見て、さらに出力を上げた。
だからこそ、私は土塁を挟んで走った。彼は私を捉えるたび大技へ切り替え、外すたび次を急ぐ。威力は落ちていない。間隔だけが、目に見えて伸びていった。
二分。
彼の肩が上下し、杖先の火が揺れる。
私は無傷を装わず、土塁の陰で三呼吸だけ待った。こちらも追われ続けている。消費が少ないことと、疲れないことは同じではない。
「呼吸を止めたままでは、三分も続きません」
「黙れ!」
最後の火球は、形になる前に霧散した。
ロベルトが膝をつく。開始から、きっちり三分だった。
「勝負あり!」
私も無傷ではない。腕は痛み、呼吸も速い。それでも立っている。
「持久戦の配分を、覚えた方がよろしいですわ」
歓声が上がった。救護班へ腕を差し出しながら振り返ると、ロベルトは泥の上で拳を握っていた。高魔力の怖さを見せたうえで、使い切って負けた。それが訓練班には何より分かりやすい証明になった。
バルド隊長は浮かれた若者へ、焦げた土塁を指した。
「勝ち方を間違えるな。あれを受ければ終わりだ。お嬢様が示したのは、高魔力を馬鹿にしていいという話じゃない」
歓声が少し静まり、全員が頷いた。
***
執務室で治療を終えると、フェリクス殿下が模擬戦の記録を机へ置いた。
「勝者だけでなく、火傷と回避経路も載せました。低出力なら大火力を無効化できる、という報告にはしません」
「ありがとうございます」
正直に言えば、ロベルトが泥に膝をついた瞬間は気分が良かった。私はそのまま白状した。
「醜いでしょうか」
「傷つけられた相手に勝って喜んだ。それだけです」
殿下は慰めの美辞麗句を足さず、報告書の責任者欄へ私の名を書いた。
私は、人間臭い優越感ごと温かい茶で飲み込んだ。
翌日の訓練表には、面攻撃への退避経路と、障壁支援が途切れた場合の行動を新しく加えた。勝利より、火傷の方が次の課題をはっきり教えてくれた。




