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歴史を修正しないと出られない部屋  作者: 久能のの
五稜郭に落ちる誠の火

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6話

 昌幸の残酷なほど真っ直ぐな問いかけが、底冷えのする五稜郭の夜気の中に鋭く響き渡り、青の胸の奥底を激しく打ち据えた。


「信念のために最後まで剣を振るうのが、あの人の生き様だったんじゃないのか」


 昌幸の放ったその言葉は、暗闇の中で鋭利な刃となって青の鼓膜を貫いた。歴史の真実を誰よりも深く愛し、膨大な史料を読み解くことで、誰よりも土方歳三という人間の美学を理解しているはずの彼女自身にとって、それは決して目を背けることのできない絶対的な真理であった。


 土方歳三という男は、時代の激流に無抵抗に押し流されることを良しとしなかった。彼は自らの信念のために剣を振り続け、滅びゆく徳川幕府に最後まで抗い続けることを選んだ孤高の武人である。鳥羽・伏見の戦いから甲州勝沼、宇都宮、会津、そしてこの北の大地に至るまで、数多の同志を失いながらも、決して戦いを諦めなかった男だ。その彼が、戦いを途中で投げ出し、敵に膝を屈して降伏するという生き恥を晒すことなど、彼の美学が、そして何より彼自身の武士としての誇りが絶対に許すはずもない。降伏して生き長らえ、新政府の役人として帯刀を許されず、かつての敵の配下として不遇の晩年を過ごす。それが土方歳三という男にとってどれほどの屈辱であり、精神的な死を意味するのか、青には痛いほどに分かっていた。


 それでも、生きていてほしいと願ってしまった。この血みどろの戦場から無事に帰り、天寿を全うしてほしいと、一人の人間として、彼に憧れる少女として、身勝手なエゴを抱いてしまったのだ。

 自らの身勝手なエゴで彼の生き様を無残に捻じ曲げ、誇りを奪ってまで無理やりこの世に生き長らえさせることが、お前の愛した『鬼の副長』に対する本当の誠なのか。

 昌幸の放ったその痛切な問いは、青の心を分厚く覆い隠していた迷いの霧を、まるで一陣の強風のように鮮烈に晴らしていった。彼女の切れ長の瞳が限界まで見開かれる。彼女の胸の内で、土方への純粋な情愛と、彼の気高き歴史を汚してはならないという理性が激しく衝突し、そしてついに、理性が完全に勝利を収めた。彼女の陶器のように白い頬は夜の冷気の中で青ざめていたが、その瞳の奥に宿る光は、決して揺らぐことのない強靭な意思を取り戻していた。


 青は、血が滲むほど強く己の薄い桜色の唇を噛み締めた。口の中に広がる微かな鉄の味が、彼女の意識を研ぎ澄ませる。その痛みと共に、彼女の中で荒れ狂っていた葛藤の嵐は完全に凪ぎ、確固たる決意の炎が再び漆黒の瞳の奥に宿った。もう、一ミリの迷いもない。

 彼女は、昌幸の腕を掴んで引き留めていた自らの手を離し、彼を押し退けるようにして泥濘む地面を力強く蹴り上げた。


「やらせないわ……!」


 裂帛の気合いとともに、青は身に纏った浅葱色の羽織を夜の冷気にバサリと翻し、分厚い暗闇を切り裂くように真っ直ぐに飛び出した。彼女の狙う先はただ一つ。極度の疲労に意識を飛ばした老兵のひどく乾いた手から滑り落ち、すでに火薬樽の足元の藁を焦がし始めている、あの小さな火種である。

 彼女の脳内では、その数十秒の出来事が恐ろしいほどスローモーションに引き伸ばされて感じられていた。夜の湿った空気を切り裂く自身の呼吸音、泥を跳ね上げる足音。青は冷たい泥水が顔や制服に跳ね上がるのも構わずに身体を前へと投げ出し、燃え広がる前に火を消し止めようと懸命に右腕を伸ばした。

 だが無情にも、青の白魚のような指先が火種に届くかというまさにその刹那、パチリと小さな、しかし致命的な乾いた音が鳴った。瞬く間にオレンジ色の獰猛な炎が、乾燥した藁を舐め上げるようにして四方八方へと燃え広がっていったのだ。

 その小さな火種は、青の必死の制止を嘲笑うかのように、歴史を完全に狂わせる五稜郭火薬庫の大爆発という絶望的な起点へと、恐ろしい速度で成長しようとしていた。


「くそっ!」


 青がわずかに間に合わなかったその絶望的な光景を見るや否や、昌幸は頭で考えるよりも先に肉体を爆発的に駆動させ、即座に行動に移した。彼はすぐさま反転し、事前の過酷な重労働によって背負子で運び、火薬庫のすぐ脇の物陰にストックしておいた大量の木桶の一つに狙いを定める。

 昌幸は両手でその木桶の縁を力任せに掴み上げ、すでに限界を迎えて悲鳴を上げている全身の筋肉に無理やり最後の命令を下した。たっぷり水を含んだ木桶の重量は、疲労困憊の高校生の腕を引き千切らんばかりに重い。しかし、ここで諦めれば歴史は取り返しのつかない形に歪み、永遠にあの白い部屋に閉じ込められることになる。昌幸は歯を食いしばり、重い水桶を胸の高さまで一気に持ち上げると、泥濘む地面を激しく蹴立てて、燃え盛る炎の壁へと肉薄していく。炎が放つ熱波が顔を焼き、焦げた藁の匂いが鼻腔を激しく突いた。


「消えろぉっ!」


 喉が裂けんばかりの野獣のような雄叫びとともに、昌幸は木桶になみなみと注がれていた冷たい水堀の水を、燃え上がる藁と、そのすぐ背後に積まれた危険な火薬樽の周辺に向けて、全身の反動を使って一気にぶちまけた。

 ザバァァッと激しい水音が夜の静寂を打ち破り、大量の冷水がオレンジ色の炎の核を直撃する。凄まじい温度差によって一瞬にして大量の水蒸気が発生し、白い煙となって猛烈な勢いで立ち昇り、昌幸と青の視界を完全に奪い去った。猛烈な勢いで周囲の藁へと燃え広がろうとしていた炎の壁は、この渾身の一撃によって大きくその勢いを削がれ、辺りを照らしていたオレンジ色の光が急速に弱まっていく。


 だが、これで安堵するには早すぎた。白い水蒸気の奥、昌幸の目を凝らした先で、火薬樽のわずかな隙間に逃げ込んだ小さな火種が、チロチロと不気味な赤い光を放ちながら、再び酸素を求めて息を吹き返そうと執念深く燻っていたのだ。ここで少しでも油断して酸素を与えてしまえば、火薬樽の木の板を焦がし、中に詰まった大量の火薬に引火するのはもはや時間の問題であった。


「西園寺、退がってろ!」


 昌幸は煙の中で咽せる青に向かって鋭く叫び、すぐさまその場を振り返った。そして、今度は水堀でたっぷりと冷たい泥水を吸わせ、万全の準備を整えておいたあの分厚く重い莚を、ストック場所から両手で乱暴に引きずり出した。

 氷のように冷たく、そして水分を含んで鉛のように重くなった莚を、昌幸は歯を食いしばって渾身の力で引き寄せた。重さで背骨が軋むが、構うものか。そして、いまだ燻り続ける不気味な火種と、その背後にある火薬樽を完全に覆い隠すように、空気を叩き出すような勢いで激しく被せた。

 ジュワァァァッと激しい湿った音が鳴り響き、濡れた莚の圧倒的な水分が、火種の持つ熱エネルギーを急速に奪い取っていく。重い莚によって外の空気から完全に遮断され、酸素を絶たれた炎は、最後の抵抗とばかりにもがくように微かな熱を放った後、ついに完全にその命を絶たれ、沈黙した。

 むせ返るような白く熱い水蒸気と、鼻をつく焦げ臭い匂いだけが立ち込める中、暗闇には再び冷たい静寂が戻ってきた。歴史を狂わせるはずだった未明の大爆発は、たった二人の高校生の執念によって、間一髪のところで防がれたのである。


「あ……あぁ……」


 その直後、すぐ傍らでひどく掠れた情けない声が漏れた。

 声の主は、自分の犯したあまりにも致命的な失態と、暗闇の中から突如として現れた見知らぬ二人の若者による、嵐のような激しい消火活動を目の当たりにして、完全に腰を抜かしてしまったあの老兵であった。彼は震える手で泥濘む地面を這い、パニックを起こして今にも大声で助けを呼びかねない状態に陥りかけていた。

 もしここで彼が恐怖のあまり大声で騒ぎ立てれば、ただでさえ神経を尖らせている周囲の警備兵たちが、武器を手にして一斉に殺到してくるのは火を見るより明らかであった。

 昌幸は極度の疲労と焦燥に駆られ、心臓を早鐘のように打たせながらも、濡れた莚から素早く手を離し、即座に老兵の元へと音もなく駆け寄った。


「しっ、声を出すな! こっちへ来い!」


 昌幸は泥だらけになった両手で老兵の痩せ細った腕を力強く掴むと、相手の抵抗を許さずに半ば強引に引きずり起こし、火薬庫の正面から少し離れた、安全で深い暗がりへと素早く遠ざけた。老兵のひどく汗ばんだ身体を物陰に押し込み、昌幸はその場にしゃがみ込んだ。

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