表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/67

第61話 目指すべきものは同じなのよ

「今日ばっかりはアンタらしくない、とは言わないわよ」

 喫茶ろまねすくの片隅である。ボックス席で向かい合う二人の乙女の間には、外の陽気と対照的に空気が淀んでいた。ヒノエは瞼を細め、対座するミエコを見遣った。

 先日の人造人間(ロボツト)逃亡劇は散々な結果に終わった。肝心の人造人間は激しい銃火をものともせず、夜の闇に紛れて遁走した。どうやら川へ潜ったらしく、残留する感情や意思を辿れるヒノエの千里眼を以てしても、そこからの追跡は困難だった。

 巨大ロボットを見失い。

 教祖を逃し、中宮を奪われた。

 調査は失敗。追跡も空を掴んだ。

 しかも――。


「……知ってたんでしょ、ヒノエ」

 ミエコの声は沈んでいたが、責める語調ではない。級友が事件に巻き込まれた――例のブローチを見つけた時点で共有されるべきだった。生と死が常に隣り合う、紙一重の世界に身を置いているのだ。些細なほころびが致命傷に繋がることは、ミエコ自身よく知っていたはずであった。

「そりゃあね」

 黒衣の巫女はあっさりと呟いた。弁明も躊躇もない、いつも通りの声色である。

「知ってたんなら――、なんて言わないわ。隠してた私が悪い、……そうでしょ?」

「……」

 激情に溺れることはない。ただ、透き通るほどに澄んだ乙女の意識の周縁に、積み重ねられた事実があまりにも暗いのだ。

「私はね、ヒノエ。アイツ(中宮)のこと嫌いじゃないのよ」

 ぼつりと言葉を落とした。

「いつもぶつかってばっかりだったけど、アイツはアイツなりに真正面からぶつかってきた。陰口を叩いたり、逃げたりする訳でもなく、自分の矜持を確り持ってた。その中宮が、よりにもよって――、邪教の教祖に」



 ――利用されたのだろうか?

 ()()()()()()

 どうして中宮なのか?

 怪異や異能に利用される、素質? 家柄? それとも――。



「深く考えたら駄目よ」

 ヒノエがキッパリとミエコの懊悩を斬り捨てた。

「見たでしょう、あの様子を。中宮冴子に意識はない。どう見ても操られてるじゃない。なら、やることは一つよ。――あの男をぶん殴って中宮を取り戻す。それだけでしょ」

 それはそうなのだ。

 あまりに単純な答え。冷静な乙女達は、言葉にするまでもなく疾うに理解している。それでも他者の口から言葉を求めてしまうのは、人間の弱さである。

「分かってるわ。でもね、……あぁ、ダメね。怒られるって分かってるけどね。私はね、まだ聖ウルスラ高等女学校の生徒でいたいのよ。中宮が――事件に巻き込まれて、平穏な日常から、私みたいに踏み外しているのを、認められないのよ」

 語るほどに言葉が乱れていく。話ながら分かっている。感情の波が揺らす語彙の乱れに、揚げ足を取るような愚か者はここにはいない。

 ヒノエは深い溜息をついて、茶を静かに啜った。


「昔の私だったら、さっさと『羅刹』を辞めろ、って言ってたわ」

 態々の前置きに込められた優しさを、ミエコも即座に理解する。

「級友ってのが私にはよく分からない。アンタがそれを認めたたがらないのも、正直ピンと来ないわ」

 けどね、と黒衣の巫女は凛と瞳を見開いた。

()()()()()、でしょ、ミエコ。()()()()()()()()()()()、命を懸けて戦わなきゃいけない。アンタの守ろうとしている場所は、『羅刹』の()()と、何も違わないわ」



 人の世を怪異から護る――。

 何も悩む必要なんてなかった。級友という事実に苦しむ必要なんてなかった。自分達は()()()()()()()()()()のだから。

 ミエコは小さく息を漏らすと、視線を上げてヒノエを見た。

「……そうね。ありがとう、ヒノエ」

 お転婆娘の大人びた微笑みに、「そういうの、アンタらしくないから」と黒衣の巫女は口を尖らせた。怒ってやろうと思ったが、ミエコは軽く流すように歯を見せて笑った。


「ミエコ様も、随分とご成長なさいましたねぇ」

 奥から現れた近堂が、穏やかな調子でコーヒーを差し出した。

「マスター、そういうのは面と向かって言われると恥ずかしいのよ」

「これは失礼を。ですが、謝意や賛辞というものは、直接言葉にしなければ中々相手に伝わらないもので御座います。言霊石であろうと、声でも同じで御座います。形を得た言葉こそが本来在るべき意思疎通――、というもので御座いますよ」 

 心を読めてもそれは傍証に過ぎません、とマスターは微笑んだ。ヒノエへの嫌味に聞こえたミエコは僅かに眉を顰めたが、ヒノエは

「それはそうね」

 と微塵も動じずに茶を啜った。

「言葉は意志の表明だもの。これに勝るものはないわ。……ところでマスター、この間の戦いでカガチの舌(九七式車載重機関銃)はどうなったの?」

「損壊致しました」

 近堂は眉ひとつ動かさず、微笑みの(まま)に答えた。

「装弾に相変わらず難が御座居ましてねぇ。機構的な問題でしょうが、壊れたらなば代わりを用いるだけで御座います。皆様をお守り出来たのであれば、壊れた武器も本望でございましょう?」

 なるほど、()()()()()()もあるか。

 ミエコがヒノエに目配せをすると、心を読める漆黒の乙女は僅かに唇を緩ませていた。

 笑っているのだろう。

 誰かさん(ソロエ)を思い浮かべて。

「そうね。いつか問題が解決(ソロエと和解)すると良いわね」

 ヒノエの評に一瞬だけ首を傾げた近堂を見て、ミエコが小さく笑みを漏らした。

 ――その時。

 カランコロン、とドアベルが店内に響き渡った。

 振り向けば、珍しい組み合わせの3人組が随分と辟易した顔で入ってきた。



「伊沢に丸島さん、それに――どうして猿渡がいるのよ」

 デコボコどころではない。長方形に三角形に円形である。ミエコが半ば呆れ気味に笑うと、伊沢は口の端を歪ませた表情のまま、隣のボックスに腰掛けた。丸島も猿渡も続いて座るが、珍しいほどに無口である。

「あぁ、ミエコさん。この度は災難でしたね」

 疲労を滲ませた声色が珍しい。

「知ってた癖に。悪い男ね」

 ミエコの冷たい物言いに、ヒノエはくくっと笑い、伊沢は苦笑した。

「まぁそう仰らないで。組織の上に立つ者の務めです。……まぁ、だから骨が折れるんですがねぇ」


 いつもの伊沢らしくない。

 それを言ったら全員そうだ。意気揚々と自分語りをする猿が、挨拶をする丸島が無言を貫くなどあり得ない。誰もがどこか沈んでいる。

「雁首揃えて随分と陰気じゃない。――何? 貴方達が裏でコソコソ動いてた関係の話かしら?」

「それこそ陰気な言い方やなぁ、ヒノエはん」

 ようやっと丸島が口を開いたが、普段より一段調子が鈍い。

「何か御座いましたか、伊沢様」

 いつもの調子の近堂が静かに声を掛けた。

「――いえ、大した事ではありませんよ。ただ――少々厄介なだけです」

 伊沢はネクタイを緩め、深く息を吐いた。



「ヒノエさんに、ミエコさんにも伝達致します。姫からの依頼です」

 一瞬の静寂が挟まった。

「――最近、帝都上空に出没する『赤い稲妻』について対処せよ、とのことです」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ