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第60話 全ては戦争のために

 ロボットという言葉は、1923年にチェコで生まれた。

 カレル・チャペックの戯曲「RUR」の中で使用された造語であり、robota――つまり『強制労働』から派生した言葉である。その本質は人工的な原形質の発明に基づいた、文字通りの人造人間である。

 だが高度に進む工業化は、自動化の流れの中で人間以外の物、――否、寧ろ()()()()()()()としての強制労働者をロボットとして認識するなど、語義の多様化は20年近く経った今に至る。



 機械仕掛けの自動人形。

 金ぴかの米国製機械人形『エレクトロ』は、煙草も吸うし、風船を膨らませられる。

 だが、瞭然(ハツキリ)と分かる。

 所詮は機械だと。

 非人間的で簡単な、つまりは歩くことすら出来ない木偶だと。

 だが、ミエコが見たそれは――常識も嘲りも全て吹き飛ばす、完璧な人造人間(ロボツト)であった。



「アレはただの機械ではない。人の意識を依代(よりしろ)に駆動し、手も足も人工筋肉も――、様々な怪異現象を人工的に組み込んで駆動する。あぁ、人間の作った化け物(フランケンシユタイン)だ」

 ミエコは肌が粟立つのを止められなかった。

 今更になって絶望的なあの光景――幾人かの無惨な死が、まざまざと脳裏に蘇った。鼻を突く死臭、ぬらぬらと光る真っ赤な血肉、放った水の異能に切り裂かれ、踏み潰され――。

 胃の酸物がぐっと込み上げるのが分かる。

 必死に左手で鳩尾(みぞおち)を押さえながら、乙女は気を張った。

「軍の決戦兵器……。で、でも、それじゃなんでよ! なんで――」

 ()()()()()()()()()()()()

 と、声を荒げようとしたところで、御影は白手袋の人差し指をゆっくりと振ってから口に添えた。

 声に出すな、と。

 闇に白い指が聳え立った。



『あの男が中宮冴子を依代として使い、強奪しようとしたのだ。足立区の工場は足がついた。あの男から離れるため、態々横浜まで移設したというのに……』

 あの黒い化け物が居たアジト近くの工場。

 ミエコは「あぁ」と声を漏らして納得した。

()()()()()()()()()()って訳ね。それを奴らが狙ったと。――でもおかしいわ。御影大佐、どういうこと? 奴らはアンタ達が金を』



『――君達「羅刹」は、使()()()()()()()のだ』

 あまりに唐突な批判だった。



『臣民の安寧のため、というお題目は分かる。しかし既に近代化して久しいこの国(大日本帝国)でだ。機械力が当たり前のように空から爆弾を落とし、原子力兵器すら研究を急いでいるこの今に、だ。尚も軍隊と結びつかず、()()()()()()で収まろうとしている。そんな事は世が許さない』

 ――姫は反対するだろうが、と一言が挟まった。

『怪異を意図的に活性化し、発現した異能や新たに判明した怪異現象を()()()()()()()()()()なら、多少の犠牲はやむを得まい。怪異をも巻き込んだ大戦争に備えるため、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……だがあの男は、あの男なりの目論見があったのだろう。それで強奪を試みたのだろうが――』

 そこまで呟いたところで、御影大佐は口の端をぎゅっと強張らせた。

 そうして、冷たい瞳が乙女を貫いた。



『今は言わぬ。知らなくて良い事もあるだろう。だが――、これだけは言っておこう。アレは()()()()()()()()()代物だ』

 えっ、と小さく声を漏らした乙女は、瞳を大きく見開いた。

『ど、……どういうことよ! アンタ達の兵器が』

『いずれ分かる。お前の周りは関係する人間だらけだからな』

『それって』



 背中越しの電灯が、理由もなくパチパチと瞬いた。何の意味もないはずなのに、まるで後光のように在るだけで意図を持つように見える。冷たい男の声色は更に冷たくなった。

『話はここまでだ、お転婆娘。さっさと仲間の下へ帰れ。然もなくば』

 と、御影は外套に隠れた刀の柄に手を掛けた。



 安い脅し――、ではない。

 瞭然(ハツキリ)と瞳に宿る殺気に、乙女は反射的に銃把(グリツプ)を強く握った。じっとりと汗が滲み、滑りそうになる。指先が自然と引き鉄の側面をつるりとなぞった。さっきのように銃口が勝手に上向いたかと思うと突然ピタリと止まり、間もなく力無く地面に向いた。

『それでいい。()()()()()()()()銃じゃないか』

 ミエコは怪訝な表情で暗闇に浮かぶ己の拳銃を見つめた。

 人道銃――。

 ソロエが言っていた、人を殺せない優しい銃。教祖の背中を的確に撃ち抜いた強い意志を今になって乙女は掌に感じ入った。眼前の非人道的な冷たい男に、一瞬の反抗かそれとも降伏か、将又何か別の意図を見いだしたか――。

 ミエコは、ふぅと溜め息一つに髪を掻き上げた。

『癪に障るけど、……分かったわ、帰るわよ。だけどね御影大佐。アンタ、大きな勘違いをしてるわよ』



「ほぅ?」

「世の中敵だらけって認識してると、誰も『心』を開かないわよ。私には滝夜叉姫の意図なんて全然酌めないし、伊沢達が色々裏で動いているのも分かる。でもね――、最後に信じるべきはどうやったって『心』なのよ。救わなきゃいけない『心』がこの世には幾らでもある。でも()()()()()()()()()。そこを履き違えると、足を掬われるわよ」


 くはっ――と、御影は童のように破顔した。



「面白い。嗚呼、面白い! ――ははは! 御転婆令嬢は慈悲深き(かん)(とく)の乙女であったか。ははははは!」

 青白い貌が歯を剥き出しに笑う。闇にぽっかりと穴を空けたように浮かんでいる様は肌が粟立つほどに異様で、ミエコは反射的に眉を潜ませた。

「いいだろう、神宮司家のご令嬢。ならば精々救ってみせろ。あの操られた娘の()()()()も救ってみせろ。あの()()()()()()()を救ってみせろ! ご令嬢。無様に膝を突くことがないよう祈っているぞ、はははは」

 高笑いを闇夜に響かせながら、御影は外套を翻し横浜の夜に消えていった。融けゆく影を見送りながら、乙女は一人、口惜しそうに名前を零すことしか出来なかった。



「中宮、冴子――。あんたまさか――」



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