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04.封印は厳重に

 


 深夜。夜の闇が森の中を支配して、黒森の中はいつにも増して凶悪な空気を醸し出している。

 その森の奥に平然と歩を進めるレヴン。

 手に持つ地図を確認しながら昼のことを思い出す。

 依頼完了直後、町に帰り、教会にて装備品を洗浄して貰っている時間に遡る。


『今回の報酬となります。またしても魔王討伐、おめでとうございます』

『とは言ってもまたハズレ(・・・)だった。残念だ」


 レヴンが勇者になってから最下位を維持し続けているのには理由がある。

 それがレヴンの討伐した魔王の報酬金、その半分以上が無かったことにされているからだった。

 その事実は決してレヴンだけの問題ではなく、ニサッサはしょんぼりと肩を落とす。


『本当に申し訳ないです……。私の力不足で』

『え! いやいや。ニサッサさんにはいつも助けてもらってるからね。気にしないでよ』

『その事だけではありません。ランキングの件です。一人の勇者に肩入れする事が禁止されている以上、私の方からレヴンさんに回している仕事は処罰の規定事項に抵触する事になってしまいますので……その、ランキングに反映されない事実が申し訳なくて』


 ニサッサの話は事実だった。

 レヴンの特殊な体質から、一般的に募集されている魔王や凶悪な魔物討伐に出向けないことが多い。

 そこで、冒険者協会の諜報機関に依頼をしてレヴンが有利な魔物であり、尚且つ他の冒険者には回せないような難易度の依頼を収集して貰っているのだ。

 それは非公式なものになる為、報酬金の総額で順位が変動する勇者ランキングには反映出来ないのだ。

 それ自体をレヴンは苦に思った事はない。

 全身を浄化された清潔なタオルで拭き、顔をゴシゴシと拭きながらレヴンは言う。


『僕の事情に巻き込んでいるんだ。気を落とさないでほしい。助かってるのは事実なんだし』

『でも……まだ目的の魔王は』

『まぁそう簡単に見つかるとも思ってないよ。このまま討伐を続けていれば、いつかは、辿り着けるだろうけど。それがいつになっても僕は構わないさ。最終的に、死ぬ前に見つけさえすれば、ね』


 淡々と言う彼の瞳には光が宿っていなかった。

 遠い闇を見つめるように、どこか空虚。

 ニサッサは自分より五つも歳下の男の子が、そんな業を背負わされる世界に心底嫌気がさした。


『せめてすぐに見つけられるよう、私の部下達に、この魔王領を隅々まで調査させています。五年もかけて未だに見つけられていませんが……漸く、後ほんの少しと言うところまで来ています。魔王の出現箇所も特定出来始めています。恐らく、後少し……の筈です』

『そこまで思ってもらって僕は幸福だね。本当にそう思うよ』


 ほんの少しだけ笑うレヴン。

 自分の持つ祝福は客観的に見て、他者と比較してみて、その人生は非常に辛かったものと言えた。

 罵倒と差別の数々、物を投げつけられ、無視されて、仲間は出来ず、ただ一人の友人さえ自ら捨てて、ただ一人で彷徨い続けたあの頃と比べたならば。

 今はどれだけ恵まれているのか、計り知れない。


『それで、改めて書類の記載事項の確認だけど今回は魔王が出現した訳じゃないんだよね?』

『はい。今回は私の部下達の術式解除能力を持ってしても、開くことの出来ない結界がありました。そちらの調査となります。しかもその結界の入り口、今まで空間自体が隔離されていたのか、小さな幹の穴に極小の反応が見られるだけなんです。何度も調査を繰り返した場所なだけに、我々の見解としては結界に綻びが生まれ、漸く発見出来た強力な結界かと。恐らく現状、この魔王領でレヴンさん以外にこれを突破出来る人はいません。何の結界かは皆目見当がつかない状態です』

『了解した。準備にもよるけど、今日明日には出ようか』

『毎度の事ですが、お力をお貸しいただきありがとうございます』


 そんなやりとりがあった。

 レヴンの魔術を無効化する祝福は術式の等級に関係なく発動する。

 それが例え国家を焼き尽くす最上級の魔術であろうと国が滅んだ瓦礫の中でレヴンは一人生き残れるし、勇者が放ったとされる大陸を割る斬撃もレヴンの体に当たれば霧散する。

 それほどの力があるのだ。

 腐っても神の名を冠した祝福なだけはある。

 それを齢十九にして理解したレヴンであった。


 話は戻って、黒森の中を順調に進んでゆくレヴン。

 深夜の黒森は基本的に誰も立ち入る事の無い危険地帯だ。

 危険とされるのは魔物が活発化する為であり、理由は主に二つある。


 一つ目に、理由は判明していないが魔物は陽を嫌う。

 陽に当たったからと言って弱体化する事などないが、なるべく陽の当たらない場所を好むのだ。

 二つ目に魔物の主要な食物である魔素が、大量に植物から分泌される為である。

 植物は陽の光に反応して酸素を出し、月の光に反応して魔素を出すと言われている。

 もちろん近代になり、測定器を用いる事で証明もされた。

 それを裏づける様に魔物達は活発化する。

 昔から、夜に魔素濃度が高い場所には近寄るな、と冒険者に散々言い伝えられてきた事である。


 それを無視して、案内図を見ながら森を歩くレヴン。

 本来であれば、警戒もせずに森の中を歩く人間など、魔物の格好の餌なのだが。

 なぜか襲われない。

 レヴンを見かけるゴブリンも、獣型の魔物も、その誰もが一瞥くれた後に目を背ける。

 まるで路傍の石でも見つけたかのように、興味を無くし、元々の道へと引き返す。

 理由は明白。祝福の力だ。


「ここら辺は確かに町から離れてはいるけど、何回も探索調査をした辺りだ。妙だな」


 地図に記載のある目印は確かに、大陸の中でも端っこにあるファジティアから更に端の端。

 黒森の中でも最も危険とされる中央部だ。

 恐らく勇者上位の力を持つ人間か、レヴンのように魔物に相手されない特異能力を持った者しか近寄れないだろう。

 故に、レヴンはこの一帯を隈なく探索したことがあったのだが。

 その時に結界など綻びの一つすら見つける事はなかった。


 人里離れた場所に結界が造られる理由は主に二つだ。


 一つ、超級危険指定された物体。人や魔物に手に余る武器、鉱物や植物などがある場合だ。

 持つだけで呪いを課す魔剣、直径一キロの範囲の命を吸い尽くす魔石、一夜で町を植物だらけにした繁殖能力を持つ魔植物等、危険なものが封印されている事例は、レヴンが知るものだけで数十件を超える。


 二つ目に人では対処できない魔物が封印されている場合。

 これは非常に稀なケースだが、大昔の人間では対処しきれなかった魔物が封印されていることがある。

 しかしこの場合、何十年酷ければ何百年と封印されている場合が多く、ほとんどの魔物は封印から解いた瞬間に死ぬ者が多い。


 魔物のエネルギー源は魔素であり、生きているだけで魔素は消費されていく。

 夜中に増加した空気中の少量の魔素で生きていく事は不可能ではないが、極限の空腹状態が続くのだ。

 一種の拷問に等しい。

 その状態で封印から解放されてしまえば、解放直後の激しい運動活動により、身体がついていけずに消滅する。

 故に、定期的に封印を見回る役目が勇者にはあり、レヴンも魔素により身体が構築された、魔力生命体と呼ばれる魔物に対してのみ封印の撤去作業を行なっていた。


 時によってはその通説を破り動き出す強力な魔物もいる。

 それらを討伐する為、基本的に封印された魔物に立ち会う際は勇者が二人付くのだが。


 今回は未発見の封印であり、情報は皆無。

 それも、ニサッサの諜報機関が調べても封印の中身すら知ることが出来ない、超弩級封印である。

 恐らく超級危険指定物ではない。それらはうっかりで解放されると町一つどころか大陸一つが腐敗するレベルで危険なものもある。

 古来より協会関係者がそれらを管理し、場所を一つ一つ明記されている。

 となれば魔物が封印されているのだろう。

 場所の情報が全く冒険者協会にないのだから、魔王級の存在が隔離されていても全くおかしくはない。


 それを知っていてニサッサは送り出した。

 それを知っていてレヴンは歩み出した。


 互いにこれが違法で無謀で、最善でも次善でもない愚策だと知りつつも実行したのだ。

 それは純粋にレヴンの目的のためなのか、それとも違う何かのためか。

 レヴンですらわからなかった。


 そして漸く、目的の場所にレヴンはついた。


「何も……ない?」


 そう思える程に殺風景。

 今まで歩いていた森道と何ら変わりがない、一見するとただの森である。

 一際大きな大木があるわけでもなく、大岩があるわけでも、洞窟があったりするわけでもない。

 本当に何もないただの森だった。


「寧ろ、そういう場所に封印することで絶対発見されないようにしていたってことか」


 元来封印場所は目立つ事が多い。先にあげた大木然り大岩、洞窟の他には城の地下であったり、海深く沈められている事もある。

 理由は簡単だ。封印を持続するだけの魔素を獲得出来る龍脈近くに封印をするからである。


 龍脈とはその近くにいるだけで魔力や魔素濃度が上がるとされる地帯であり、場所によっては聖域、パワースポットなど様々な呼び方がある。


 しかし、現在レヴンが立つ場所は龍脈からはかけ離れている。

 黒森という元々魔素濃度の高い地域ではあるものの、長期間封印を持続するとなれば精々数年がいいとこだろう。

 封印する魔物の力が上がればそれだけ封印に要する力も上がる。


 それはつまり、


「龍脈に移動するだけの時間がないか、数十年以上封印をするだけの力を有する人間がここに封印した……ということか」


 逼迫した状況であれば、そもそも戦う余力もないだろうから、前者のケースは考えづらい。

 となれば後者であろう。

 場所に関係なく、強い魔物を封印する事ができる程の実力者がその場にはいたのだ。


「すると……初代勇者パーティ関係者か」


 数百年前、魔王を討伐せしめた勇者には付き添いの人間が三人いた。

 聖堂協会設立者にして初代女教皇、聖女サマエル。

 西大陸の中で最も大きな王国の初代王、鉄騎士ヒルドル。

 異例の七属性全ての魔術を操る、魔導王アレイスター。


 その三人の中でも、聖女サマエルは回復術式と結界術式に長けていたと伝説が残っている。

 彼女が道中、せんかたない理由で魔物を封印した。

 という筋書きであれば、この結界の隠密性の高さや地理的な面での設置理由も納得がいく。


「この先には勇者パーティですら苦戦した。魔物がいると」


 その可能性が高い。

 魔王すら御した、初代勇者が苦戦した。


「……面白い」


 ニタリと笑う。

 それは純粋に挑戦をしようとする人間の笑みか、それとも死の淵に立つ愚者の嘲笑か。


 レヴンは再び歩み出す。

 何もない木の幹に向かって。

 そのまま歩けばぶつかるだろう速度で木の幹に向かい、そして。

 ガラスが砕けるような強烈な破砕音と共に、レヴンは闇の中へと消えた。


感想、レビュー等、励みになります。

喜びます。

毎日投稿努めますのでよろしくお願いします。

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