03.親友は最も面倒くさい友人で
「はぁ……一応魔術なのに毒でも服が汚れるんだもんなぁ。不便だ」
今日も一人、ランキング最下位の勇者はひとりごちる。
魔王領の最東に位置する町、ファジティア。
その町の中で最も大きい建物が冒険者協会支部であり、もっとも活気づいているのもそこだ。
理由は併設された酒場にあり、年間の協会運営費用の約三割以上を賄っている事業である。
それが多少寂れたとは言え、元魔王領という危険地域の酒場なのだ。
集まる冒険者も猛者揃い、朝昼晩喧騒が絶える事はない。
故に、一人で酒を嗜むには向かない場所だが。
その勇者は一人でカウンターに座っている。
冒険者が提供する食事の中でも、最も安い朝の定食(魚)を少しずつ口に運びながらジュースを飲んでいた。
男にしては長い黒髪が片目を隠し、襤褸布のようなマントで半身を隠すように羽織り、腰には使い古されたポーチと両刃剣を佩ている。
一見、気の弱そうな彼も勇者の名を冠した猛者の一人だ。
一際立つ喧騒にビクビク身体を震わせながらも、実力はファジティアに現駐在中の冒険者全員と比べてもトップクラス。
と、思っているのは果たしてどれくらい居るのか。
少なくとも酒場にいる誰もが、『あそこで座ってビクビクしてる男よりは俺は強い』なんて思っているに違いない。
そう少年は心内で被害妄想に耽る。
これが少年の日課だった。
しかし彼はその実力に恥じる事なく、つい数時間前、魔王を倒した。
倒したというにはあまりに呆気ない幕引きではあるが、ヴェレムも魔王と呼称するに足る危険性を孕んでいた。
「本当に君達の情報収集能力はどうかしてるよ」
「レヴンさん、それを言うなら我々はあなた方勇者がいなければ立ち行かないのですから。これくらいはなんとか役立ちませんと。それよりお食事はいかがですか?」
一応少年──レヴンの衣服は洗浄魔術により毒や汚れの類を全て教会で落としてもらった後だが。
それでも女性と会うにはあまりに見窄らしい様相だ。
それこそ勇者ですと名乗られても信じられない程には。
しかしカウンター越しに立つ女性は尊敬の眼差しでレヴンに微笑んでいた。
長髪を頭上で団子に纏めて、眼鏡が似合いかつ制服がはち切れんばかりの双丘を持つ冒険者協会の受付嬢である。
「ニサッサさんの料理は美味しいですから。今日は奮発してステーキにでもしますかね」
「ふふ。調理法は同じですよ」
ニサッサ・サザーランド。
冒険者支部内で、情欲を多分に含んだ視線の的になることが多く、美人という言葉が正に当てはまった女性だ。
冒険者協会の中でも古株らしく、長年勤めたノウハウはサポートの面でもよく現れる。
例えば今回の毒魔王の捜索も、彼女が手引きした諜報部隊により存在を看破したとか。
そんな彼女は仕事の手腕だけでなく、色恋にも強かった。
今の所、告白に成功した冒険者はいないという噂だ。
レヴンも男として、一般的思春期な男として考えるならば、ニサッサは一発で恋に落ちるレベルの女性だ。
しかも経験の少ない男ならば、勘違いするような熱い視線ばかり投げかけるものだから並の男ならメロメロだろう。
しかし、レヴンはあまり気にしていなかった。
「僕みたいな男に好かれる方は困っちゃうだろうしね」
「……また何かネガってますね」
悟ったようにジュースをちびちびと酒を飲むように嗜むレヴン。
むーっと頬を膨らますニサッサ。
これでも両者は長い付き合いだ。
何となく考えていることが分かってしまうくらいには困難を分かち合ってきた。
それは勿論、どちらかといえば、ニサッサの方が一方的にだったりするのだが。
「ネガる事は悪い事じゃない。つまりは未来に於ける危険を予測してるわけだからね」
「とか何とか言いつつ臆病なだけでしょうに」
「何を言ってるんだ。臆病な事は悪い事じゃない。何事にも予測を立てて準備をする事はとても大事で……」
「そういう事じゃなくて。色恋とかそっちです」
「いろこっ!?」
ニサッサから飛び出した言葉が凡そレヴンには刺激が強いものだった。
だってそれではまるで──
「全く。早くしないと貰われちゃうんですからね」
「い、い、いったい何の話を……」
慌てふためくヘヴンの様相は理想の男性像からはかけ離れた狼狽ようだったが。
ニサッサはその様子を微笑んで見つめていた。
二人の空間が形成されて間もなく。
「その位にしといてやれ。レヴンはそういう類の話は苦手だ」
どかりと音を立ててレヴンの横に筋肉質な男が腰掛けた。
オールバックが特徴的な槍を持つ男。
このあたたかな空間を邪魔する者は、人によってはニサッサに殺意を向けられるのだが。
この男に対してだけはニサッサも殺意を出せない。
何せ、
「な! 親友!!」
「っちょ。痛いよ、ヴォルク」
彼らは同僚。しかも“孤独髑狼と呼ばれる程、他者と群れるのを嫌うレヴンが唯一心を許している相手なのだ。
ヴォルク・ヴァイスハイト。
勇者ランキング第三五位の自他共に認める実力者だ。
槍を愛用し、倒した魔王の数は全五体。
どれも強敵で、どれも町を壊滅の危機に陥れる程の脅威だった。
それを一人で撃退したのだから名声も高い。
そんな彼はいつしかこの町にやってきて、先に来ていたレヴンと仲良くなって居着いていた。
「親友も良いが、俺なんてどうよ。顔には自信があるんだがな」
「顔が良い人のアプローチはもう飽きました」
「なるほどな。つまり今は性格重視ってわけだ。好かれてらぁ親友!」
レヴンの背中を思い切り叩き、にししと白い歯を見せつけて笑うヴォルク。
まんざらでも無さそうな顔のレヴン。
この顔を私では引き出せないな、とニサッサは微笑する。
「それで親友。今回はどうだったんだ。目的はいたのか」
「いや。今回もハズレだったよ」
「そうか……そりゃ残念だ」
ヴォルクの前に出された泡立つジョッキを、ヴォルクは、カァッー! と飲みごたえたっぷりの所作で飲み干した。
「ここら一帯の目当てっぽい魔王は全部そっちに回してるんだけどなぁ。なぁ、親友。ここにいないって可能性はないのか?」
「一度は考えたさ。でもね、やっぱりここなんだ」
レヴンは胸元からネックレスを取り出した。
まるで胎動するように、或いは鼓動のように、淡い緑の光を放ち、一定間隔で光らせている。
「形見か……いや、相手の一部だってんだから。仇なのかもしれんが」
「そう。これだけが僕の仇への道案内。こいつがここで光り続ける限り、ここから離れるつもりはないよ」
それをひょいと摘み上げるヴォルク。
じぃーと片目で観察するも気持ち悪そうに顔を歪めた。
「なんとも気味悪い。魔王の一部だってんだから仕方ないか。にしても親友に触れられてるのによくこいつは無事だよな」
「ん? 僕?」
「そうさ。“孤独髑狼と名高く、祝福名こそあまり知られてはいない親友が勇者になり得たきっかけ、だろ? 魔失の勇者さんよ」
魔失の勇者。
それが勇者としての、レヴンの名前だった。
「不信仰力。僕の、僕が持つ神に愛されし者としての祝福だね」
「神に愛されし者ねぇ……愛されてる割にゃあ代償がちとデカすぎる気もするが……」
魔術の効果を一切受けない。
その代わりに自分も魔術に関するものを一切使えない。
大きいメリットには大きいデメリットを。
等価交換の原則としてある意味正しいものではあるが、果たしてこれは、愛されてると言っていいのだろうか。
八年経った今でも、レヴンの中に答えは出ない。
「愛されてるかどうかは分からないけど、この祝福は使い方が難しいだけで凄い便利だよ。毒沼の中を一人進む事が出来るし、閃光とかの目眩しは効かない。魔薬による昏睡もない。暗殺も基本魔術の奇襲や魔術による接近が先だ。それらを感知出来れば対処は簡単だし、即死系の魔術しか使えない人なら完全に無効化出来るからね」
「メリットだけあげればそりゃあな。でもよ、俺みたいな接近戦を得意とするタイプが奇襲して来たら厳しいのは変わりないだろ?」
いつの間にかニサッサが用意していたおかわりのジョッキをチビチビ飲みつつ、ヴォルクは指摘する。
「そう言って僕に負けたの誰だっけ」
「あちゃあ! それを言われちゃあ言い返せねぇや!!」
笑って言い返したレヴンの切れ味は見事にヴォルクを真っ二つに叩き割った。
ヴォルクは額に手を当てて盛大に笑った。
「葬兵の勇者。槍使いのヴォルクさんがレヴンさんに負けた、んですか?」
その様子、というより話の内容が気になったのか考え込むように口を開くニサッサ。
ヴォルクはなんて事ないように手のひらをフリフリしながら答える。
「そうだぜ? ゴリゴリの近接特化の俺が見事完敗したんだ。ある意味感動もんだったぜ。人生観がひっくり返された瞬間だったな」
「それはさすがに言い過ぎだよ……いや、なんならそもそも僕がヴォルクさんを倒してしまったことこそが問題で、彼の名声を著しく貶めた可能性が」
ぶつぶつと頭を抱え込み、呟き始めたレヴンの姿は恒例のものだ。
ヴォルクとニサッサは互いに見合わせて肩を上げる。
「それでよ、親友。今日の夜は空いてるのか?」
「あぁ、死んでしまいたい。どのようにと言われたならばそう、群れる鳥の中に放り込まれて少しずつ啄まれるような無惨な死に方がしたい」
「こらこら戻ってこいって」
「し、死ぬ、死んでやるぅ……は! すいません。またしてもネガりを……で、夜だっけ」
一瞬考えた後、ニサッサに視線を送った。
意図を汲み取るように頷いた彼女の姿を見て、レヴンは首を横に振った。
「ごめん。今日の夜は既に予定が入ってて……」
「お、お、お前ら……」
丁寧に断った直後に、口を手で塞いでワナワナと震えるヴォルクを見て時が止まる。
彼の行動の意味を理解するのに数秒かかり、そして。
理解した瞬間、ニサッサとレヴンの顔が真っ赤に染まった。
「違うよ! 決してやましいことじゃあ!」
「ちちちちちがいますから!!! まだそこまで行ってませんからね!!」
二人が二人で否定するが若干歯車が噛み合っていないような気がして。
「そこまで?」
「はて、なんのことでしょう」
レヴンは本気で首を傾げ、ニサッサはニコニコと流す。
その様子をゲラゲラとヴォルクが笑った。
一生この空間が続けば良いのに。
レヴンはこの楽しい時間をいつまでも過ごしていたいとそう願う。
しかし、そうはいかない。
レヴンには使命があるのだ。
例え命を落としてでも達成しなければならない、命題が。




