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02.八年は恐ろしく長い刻

 今から数百年前、世界の半分を支配した魔王が勇者によって倒された。

 魔物を従え、数多くの国を落とし、人類を絶望の底に叩き落とした魔王は、呆気なく勇者一人によって討伐された。

 それより数十年、世界には安寧が訪れた。

 魔王を倒した勇者も老いて死に、世界から強者が居なくなった頃、魔物に強い個体が度々確認されるようになる。

 魔王がいなくなったことで、勢力圏が分断された魔物陣営では魔王を名乗るものが多数現れ、複数体の魔王が魔王同士争いながら人間の驚異として君臨。

 それに対抗するように、勇者もその数を増やしていった。

 それに乗っかる形で冒険者協会は勇者同士に競わせ民衆の指示を得るランキングシステ厶、世界勇者位列を開発した。

 リアルタイムで算出される、クエストによる報酬数の大小により決定されるランキングであり、一位から百位まで存在している。


 ランキングは現代まで採用され、未だ魔王達の脅威に脅かされる日々を人類は送っていた。


 そして、

 そのランキングで、

 勇者登録されて以来最下位である百位から変動しない勇者がいた。


 民衆曰く、

 陰気な勇者。


 冒険者曰く、

 懦夫だふの勇者。


 本人曰く──

 最低の勇者。


 彼は誰とも組まず、群れず、馴れ合わない。

 他の勇者からパーティーを組もうと声かけられる事もない、はぐれ者っぷりに世間は彼をこう呼んだ。


 ──“孤独髑狼ローン・ウルフ”と。


 —


 ミハ暦四五六年。


 最果ての土地。

 かつて暗黒大陸と呼ばれた現魔大陸フィルザン領は、人間にとって過酷な環境下にある。

 長い間人間に狩られる事のなかった強力な魔物達に、迷宮化した様々な土地群、極寒灼熱行き交う気候の崩れた“人が住むには適さない”大陸、それらが魔大陸と呼ばれる所以であった。

 その魔大陸にある広大な森、黒森にて。

 黒森が黒森と呼ばれる所以は一日中暗雲が垂れ込める土地故だ。

 陽光が森を照らす事はなく、立ち込める濃厚な魔素を吸い取った動植物は、異様に成長を遂げおどろおどろしい森に成った。

 それが黒森である。


 その黒森に小さな城が建てられていた。

 森の木々を、無理やり薙ぎ倒したように城の周りには倒木が捨てられている。

 石が無造作に積み上げられ、黒い粘着物質で接着させられた安普請な建築は、なんとか城の様相を保ってはいるものの、(はた)から見れば、美意識のかけらもないゴブリンが作った要塞と見間違うほどの出来だった。

 しかしそれは立派に“城”だった。

 複雑に入り組む通路の最奥、乱雑に積み上げられた石が玉座の形を成し、そこに鎮座する王。


 ──毒魔王、ヴェレム。


 彼はそう自身を呼称していた。

 見た目は毒液塗れのゴーレムだ。

 背中の噴出口から噴き出すのは高濃度の毒ガスで、毎分一L以上の毒液をその岩肌から垂れ流し、城が完成してからまだ二日と経たずに、城内は毒に耐性がないものでは生きて行けない極限環境に変わってしまった。

 森に住む屈強な魔物でさえも、猛毒振り撒く城に近づく者は居らず、考えなしにも近付いてしまった者は皆同じ末路を辿った。


 つい最近力を得たヴェレム。

 突然変異を起こし、魔王と名乗った。

 そもゴーレムという魔物自体が突発的に生まれるタイプの魔物であり、基本は魔素濃度が高い地域で鉱物に生命が宿るものだ。

 今回は魔大陸の豊富な魔素に毒性の“何か”が反応して産まれ出たのであろう。

 怪しく輝く胸の魔核が彼の生命の強さを証明していた。


 そしてその強さは意思にも反映される。


『オレガ 世界ノ王二 ナル』


 生れ出た理由など知らぬ。

 しかし成さねばならぬ事は自ずと理解した。


 魔王として、人間を征服する。

 魔物の敵である人間を一掃し、世界の王となり、自身の版図を広げてゆくのだ。

 さすれば自身が生まれた意義も自ずと見つけ出すことができよう。

 身体の節々から毒霧を噴出し、己が興奮を示す。

 まだ彼の侵略は始まったばかりだ。

 手始めに近くの人間の町でも襲うか──そんな計画をたてていたヴェレムの元に、自身の体液から生み出したポイズンスライムがやってきた。

 何やら急いだ様子で。


「大変です! 侵入者です!」


「シン二ュウシャ ?」


 おかしい。

 そんなはずはない、とヴェレムは疑念に頭部に輝く赤い一つ目を窄めた。

 城は無様で見窄らしい出来ではあるが、反面防衛性能はそこらの都市でさえ引けを取らない。

 半径一キロにわたって散布された毒霧は即効性の麻痺毒であり、吸い込めば最後、心臓までが麻痺して死に至る。

 城内部は酸性の毒液が天井から壁から床まで浸されており、とてもじゃないが準備なしに通れる環境ではない。


 しかも城が完成したのは二日前だ。

 例え人間が準備を完了させて攻略に来ると考えてもあまりに早すぎる。

 それらを踏まえての“そんなはずはない”なのだ。


 だが、()はやってきた。


「ぐぎゅぇっ! も、申し訳ありません……魔王しゃま……」


 瞬間、音も気配もなく突き出された剣に貫かれ、ポイズンスライムは消滅した。

 どろりと溶けるスライムの身体の先、剣を持つ襲撃者の正体があらわとなる。


 黒髪に漆黒の瞳の少年。長い黒髪は片目を隠し、身体全体に肩からかけられた襤褸布は、どこか浮浪者を思わせる見窄らしさ。

 装備は革の胸当て革のブーツのみの超軽装。腰につけたウエストポーチも小さく、とても魔王の城を攻略しにきた装備には見えない。

 極め付けは一人というところだ。軽んじられている。そう判断せざるを得ない状況だが、一つ疑問に思う。


「オマエ ドウヤッテ ココ二キタ」


「普通に歩いて」


「チガウ ドク ドウヤッテ」


「あぁ……それについては──知らなくて良い」


 爆ぜるような音を置いて、少年はヴェレムに肉薄する。

 飛び散る毒液も、空気中を満たす毒霧も、何もかもが目の前の少年には通用しない。

 毒を無効化する術が少年にはあるのだ。

 ならば──


 突き出す拳は岩塊を難なく破壊出来るだけの破壊力を誇っている。

 人間が真正面から食らえば木っ端微塵になる事は必至。

 しかし空中で回避行動など、魔術を用いたとしても緊急回避の出力調整を出来るレベルの距離にない。

 それこそ高度の魔術師であれば可能かもしれないが少年はそう見えない。

 故に少年は、魔術以外の回避行動をとった。


 噴き出す風。拳の軌道から外れ、少年は真横へと吹き飛ぶ。


「ナ二!」


 その風は少年のうちより出でたもの。

 腰の辺りに見える絡繰の筒から煙が噴き出ていることから、その道具を使った事は明白だった。

 しかし高速で移動する人間を真横に吹き飛ばすだけの風力を、少年はまともに受けたのだ。

 そのまま力に流されたならば、岩壁に激突するのもまた運命だが。

 少年は冷静に左腕に装着された打込型固定移動装置(ボルトショット)を起動。


 勢いよくガス噴射により放たれた釘のような先端が天井に刺さると、真横へと吹き飛ばした風力を利用して滑空する。

 丁度ヴェレムの真後ろに回り込んだ時点での切り離し、二、三転受け身を取りすぐさまヴェレムに向けて疾走。

 ヴェレムはしかし、その鈍重な身体で振り向くにはやや遅く。


「相性が悪かった。派手な技じゃない事は謝らないよ」


 ヴェレムが振り向き様に拳を振り抜くより若干早く、少年の手のひらがヴェレムに触れた。


 その瞬間、事切れたように。

 或いは電池が切れたように。


「ガ──ナ 二 ガ」


 毒のゴーレムはその身体を崩し始め、内から心臓にあたるコアを露出させる。

 流れるような所作で少年はそれを剣で貫いた。

 生後二日の毒魔王は静かにその命を落としたのだった。





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