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01.リヴは悩んでいた


 魔物対策機関勇者機構、空挺学園“空星”。

 選ばれた者のみが所属できる空飛ぶ要塞城だ。

 世界で発生する魔物の災害“魔災”に対抗するべく設立された。


 その最上階に位置する部屋の一つは騎士団長リヴ・マリーゴールドの執務室であった。

 彼女は、各生徒の練習メニューの成果の報告、授業内容の精査や学園の設備内容の点検など、主に学園内部を統制する役割を担っている。

 そもそもこの学園を作った勇者機構から派遣された校長は、ほとんど学園にはいない。

 魔災の発生状況や各国との交流など対外的な活動を主としているためだ。

 故に、彼女はこの学園の実質トップと呼べる存在だ。


 スケジュールは業務と鍛錬を除けば自由時間はほぼなく、食事と風呂は一分以内に済ませるほど、効率重視の生活を送っていた。

 そんな彼女は今日もまた、多大な業務を抱えていた。

 机の上に屹立する書類の山がそれを証明していた。

 だが彼女は、虚な目で窓から雲を眺めていた。


「はぁ……」


 大きな溜息を吐く。

 彼女は今大きな悩みがあった。


 誰よりも修行に邁進することで鍛え上げられた肉体。

 天が与えた異性を惑わす美貌。

 それら二つを兼ね備えた彼女であったが、ある問題があった。


 それは彼女が怖がられてることだった。


 城中に響き渡る叱咤は日常茶飯事。

 浮ついた気持ちで近寄ったものは漏れなく修行という名の制裁を受け、撤退を余儀なくされた。

 そんな日々を送るうちに、鬼教官だの人の心がないなど在らぬ噂が幾重にも重なった結果、異性から声をかけられるどころか、同性にすら怖がられて近寄られなくなってしまったのだ。


 付けられた二つ名が、“魔王”リヴ。

 実際に魔王がいた事を考えれば、あまりにも不吉であまりにも不名誉であまりにも不敬な二つ名だが、畏敬の意味を強く持っていることは確かだった。


 そんな彼女が悩んでいた。


「一体何を惚けていらっしゃるのですか。リヴ様」


 どこからともなく呆れたような声。

 リヴにもただ一人、気兼ねなく話せる友人がいた。

 いや、友人と思っているのは彼女だけかもしれないが。

 兎も角。


「ケーラ」


 ケーラと呼ばれた女性は、紅茶と菓子をリヴの机に用意する。

 いつのまに入り込んだのやら。


「どこか、体調でも優れませんか? 目の下に少しクマが。今日は心休まるカモミールティーをご用意いたしました」


 とぽとぽと紅茶を注ぐケーラ。

 黒髪の女性。白と黒を基調としたメイド服を着用し、無骨な丸メガネがキラリと光っている。

 豊満な肉体で男性受けしそうな、ボンキュボンの名に相応しい惠体だが、ケーラの男の噂をリヴは聞いたことがない。


「君は告白をされたことがあるか」


「なんですか。藪から棒に」


「そんなことないだろう。散歩道からワンちゃんくらいの気軽さだ」


「……さては藪から棒への意味をご存知でない? まぁいいでしょう。告白は残念なことにされたことがありませんね。何せリヴ様につきっきりなもので」


「むむ、私のせいだとでも言いたげじゃないか」


「実際そうです。リヴ様の使用人として働いて既に十年。色恋沙汰など探す暇もありません」


「……なんだか少し怒ってないか。ケーラ」


「いえ。全く全然」


 その言葉は確かに、怒りの感情が見受けられなかったが。


「含みがすごい。まるで各家庭のカレーの隠し味くらいに含みがすごい」


「わかるようなわからないような例えですね」


「そうだろう。何せ無駄に長生きだからな。見識が深いのさ」


「リヴ様。今私、褒めてないんですよ?」


「むむ?」


 首を傾げつつ、思考の迷宮に入ったリヴ。

 いつもの癖か、ケーラが入れた紅茶を一口含みながら外を再び眺め始めた。

 話が進まない、とケーラが先陣を切る。


「先日告白されたそうですね」


「ぶばぁっ!?」


 全身で浴びる紅茶は人肌に暖められ、熱くはなかった。

 ずぶ濡れの感想はさすが私が入れた紅茶、である。

 ケーラは動じず、懐に忍ばせた手拭いで顔を拭きながら、


「騎士団長専属執事の家系であるメモーリア家。その情報網を甘く見ないでください。騎士団長の行動の全て記録してます」


「いや、こわ。お前、頼めば暗殺もできそうじゃないか」


「勿論、業務とあれば」


「出来るの!? 十年連れ添って初めての事実なんだが!?」


 基本ケーラの仕事はリヴの身の回りのお世話のみだ。

 そもそもリヴを暗殺しようとするものは返り討ちに遭うし、リヴはこの性格なので面倒な人間を暗殺しようという思考にならない。

 だからリヴは自身の才覚を多分に持て余していた。


「リヴ様と話すと脱線が酷いですね」


「仕方ない。肉体は若く見えても何年生きたかもう数えてないのだ。だからこそ……」


 リヴの容姿は第三者目線で見て、可愛い部類だ。

 肩に届くプラチナブロンドの髪は陽光を通すと赤みを帯びる。人を貫く鋭い眼差しは紅に燃えている。整った顔は幼さを感じさせ、同居する高貴さが彼女を大人たらしめている。

 百六十センチほどの身長に筋肉質な肉体。彼女が装着する鎧は特注式であり、腕部が異様に厚く目立っている。胸部を覆う鎧に装着された金の勲章が彼女が騎士団長である証だった。

 そんな彼女は亜人族ではなく、勿論一人の人間なのだが。

 自身が持つ特異な能力故に、長い間生き続けていた。

 見た目が幼いのも、その頃に能力が発現したからだと、リヴは公言している。


「なんで私が告白されるんだろうなぁ……」


 窓の外を見て黄昏る。

 少し嬉しそうに、しかし疑問に曇った表情で。


「容姿は悪くない。肩書きも十分。しかしその年齢から多くの貴族に求婚されない──と考えているリヴ様ですが、その実、キッツイ性格のせいで告白されないと知らないリヴ様。良い機会なのではないのですか?」


「私をこれでもかと罵倒するメイドの鏡、ケーラよ。その心はいかに」


「単純な話です」


 ケーラはくいっと眼鏡を上げて言った。


「年齢イコール恋人いない歴のリヴ様が可哀想だからです」


「ぶばぁっ!?」


 二度の紅茶噴火。

 それを見切ったケーラはどこから取り出したか、テーブルクロスで完全に防いで見せた。


「悪意! 悪意があるぞ! 言い方をもう少し和らげてだなぁ」


「だって事実じゃないですか」


「ぐぁぁぁっ!?」


 度重なるケーラの毒舌についにノックダウン。

 リヴは椅子ごと背中から倒れていった。

 そんな主人の姿に溜息を吐くケーラもまた、窓の外を眺める。


「いやでもまさか“最強の勇者騎士”……ひいては人類最強、現代の魔王とまで謳われる貴方が」


 次いで主人に視線を向ける。

 リヴの執務用机の下。リヴが転がるそこには大量の恋愛小説が共に散らばっていた。


「恋愛に耐性がないとは……」


感想、レビュー等、励みになります。

喜びます。

毎日投稿努めますのでよろしくお願いします。

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