換えない盾
昼から、炉を強く焚いた。
昨日は、煉瓦を起こすだけだった。今日は、鉄を打つ。
リタがふいごを押す。炭がはぜて、炉の奥が黄色くなっていく。
ハンナさんが、炉の横の釘から火箸を外した。昨日、前掛けで錆をこすって、掛け直していた物だ。
黙って、俺に差し出す。
「お借りします」
車輪の外枠は、赤く錆びた鉄の帯だった。輪のままでは、炉に入らない。
継ぎ目のところを焼いて、金床の角に当て、鏨を打ちこむ。帯が一か所で切れて、輪が、長い一本になった。
星銀の棒の長さは、朝、外したときに革紐に写してある。結び目が二つ。前腕の長さと、二の腕の長さだ。
帯の端を、炉に入れる。
赤から、黄色に近づいたところで、火箸で引き出した。金床に載せて、壁に掛かっていた槌を振り下ろす。
かん、と高い音が、屋根に跳ね返った。
帯は、添え木の棒にしては幅が広すぎる。縁から叩いて、幅を詰めていく。冷めて黒ずんだら炉に戻し、また引き出す。叩くたびに、焼けた鉄の匂いが立って、黒い薄皮が金床に散った。
ハンナさんは、桶に腰を下ろして、それを見ていた。
「この音を聞くのは、十年ぶりだよ」
リタが、ふいごを押しながら振り返った。
「親方さんも、ここで打ってたの」
「毎日ね。そのうえ夜も出ていくから、晩飯が冷めてしょうがなかった」
「夜に、どこへ」
「畑の柵さ。猪が破るんだよ。塔が光ってたころは、夜でも柵のとこまで明るかったからね。直しに出られたんだ」
槌が、一つ遅れた。
「柵まで、ですか」
「東の畑の、いちばん外の柵。牧草地の、まだ向こうだよ」
ハンナさんは、膝を叩いて笑った。
「光らなくなってからは、出なくなったけどね。狼が来るから」
作業台の端に、緑の酢の瓶が残っている。首に、炭の線が九本。
八本で、柵まで届いていた。
金床の上で、鉄はもう黒い。俺は、帯を炉に戻した。
◇
日が傾くころ、棒が二本できた。
革紐の結び目に、長さを合わせて切る。赤いうちに、壁の道具掛けから借りた穴あけで、鋲の穴を打ち抜いた。古い革の穴と、同じ間を空けて。
蝶番は、ハンナさんの箱から選んだ。扉の物だから、どれも大きい。たいていは、軸のまわりが片側だけ減っている。
一つだけ、どこも減っていない小さな蝶番があった。
「これは、ほとんど開け閉めされなかった戸の物ですね」
「物置の戸だよ。うちの人が、開けっぱなしにしてたからね」
羽根の幅をやすりで落として、棒の端に鋲で留めた。
リタは、暗くなる前に塔へ帰った。
ダリアさんが来たのは、門の見張りを交代したあとだ。
桶に座ると、何も言わずに、右手だけで三つの留め金を外す。添え木を抜いて、作業台に置いた。
星銀の棒を留めている鋲を、朝と同じように、頭を落として押し出す。
今度は、留め直さない。
鉄の棒を、古い鋲の穴に合わせて革に当てた。一本ずつ鋲を通して、打つ。最後に、蝶番に油を差した。
「巻いてみてください」
ダリアさんは腕を通して、留め金を締めた。左の肘を曲げる。
途中で、少し止まった。
「硬いな」
「蝶番が新しいからです。油がなじむまで、何日か」
ダリアさんは、もう一度曲げた。今度は、止まらない。
見積書を書いた。
――添え木。鉄の棒二本(車輪の外枠から)、蝶番一つ(ハンナさんの箱から)、鋲。銅貨十枚。
――鉄は錆びます。十日に一度、棒と蝶番に油を差すこと。
ダリアさんは、注意書きの行で目を止めた。
「それなら、できる」
見積書を胸の隠しに入れると、ダリアさんは作業台の上を見た。
白い棒が二本と、肘の小さな蝶番。十五年、腕にあった物だ。
ダリアさんは、右手でそれを集めて、金床の上に置いた。真ん中の、浅い窪みの中に。
「受け取ります」
俺が言うと、ダリアさんは一度だけうなずいて、戸口を出ていった。
◇
◆バルド
レオンが組合の窓口へ行ってから、四日たった夜。
王都の酒場は、ダンジョン帰りの冒険者の笑い声でうるさかった。
卓の上で、代理人のヘルマンが細長い包みをほどいた。新しい剣だ。柄に、白い槌の刻印。
「前のお品は、使用者の扱いによる破損でございましたので。こちらは、新しいご契約で」
ヘルマンは、紙を一枚、レオンの前へ滑らせた。
「金貨二十枚、分割で承ります。こちらに、ご署名を」
レオンは、剣を抜かなかった。黙って、紙に名前を書いた。
バルドは、麦酒の杯を持ったまま、それを見ている。
ヘルマンの目が、バルドの背の大盾に移った。
「そちらの盾は、ずいぶん継ぎ目が多うございますね」
にこやかな声だった。
「他所で手を入れたお品は、保証の対象外になりますので。この機会に、新品はいかがでしょう」
「換えろ、バルド」
レオンが言った。
「つぎはぎの盾が隊にいたら、また笑われる」
バルドは、杯を置いた。
「換えん」
セラが、新しい杖を抱えたまま、肩をすくめた。
「意地を張るとこ? 保証がきくのに」
バルドは立ち上がって、大盾を背負い直した。裏の革帯が、肩に食いこむ。ギドの見積書を読んで、替えた革帯だ。
「この盾が直る所へ行く」
「……隊を抜ける気か」
バルドは、卓の上の新しい剣を見た。
「振り終わりで、手首を返すな」
レオンの手が、外套の上から胸に当たった。
口は、開かない。
バルドは、自分の分の銀貨を卓に置いて、酒場を出た。
◇
翌朝、冒険者ギルドの受付で、バルドは一つだけ聞いた。
「修繕係のギドは、どこへ行った」
受付の娘は、帳面をめくった。
「トルンです。三年前の、門番隊の求人の」
娘は、バルドの背の盾を見上げた。
「遠いし、狼が出るって、言ったんですけどね」
「乗合は」
「昼に、一本」
昼の乗合馬車は、北東へ出る。
乗りこむとき、後ろの左の車輪が目に入った。
一本だけ、木の色の新しい輻が入っていた。




