保証の対象外
◆勇者レオン
灰岩のダンジョンから戻って、二日目の朝。
勇者レオンは、王都工房組合の窓口に、折れた剣を置いた。
柄と、鍔と、指三本ぶんの刃。その先は、ダンジョンの暗がりに落としてきた。
「お預かりいたします」
代理人のヘルマンが、両手で剣を受け取った。髪は、いつものようになでつけてある。
剣は奥へ運ばれていき、レオンは長椅子で待たされた。
壁には、組合の新品の剣と鎧の絵が掛かっている。どの絵の鎧にも、継ぎ目は一本もない。
四半刻ほどして、ヘルマンが戻ってきた。剣と、紙を一枚持っている。
「検品の者の所見です」
ヘルマンは紙を窓口の台に置き、一行を指でなぞった。
「折れ口の右側にだけ、欠けが重なっております。振り終わりで手首が流れる方に、よく見られる折れ方でして」
レオンは、紙を見なかった。
「……それで」
「はい。使用者の扱いによる破損は、保証の対象外になりますので」
ヘルマンは、にこやかだった。酒場で新しい剣を差し出した夜と、同じ顔をしている。
「壊れたら新品と換える。そういう契約だったはずだ」
「契約書の三枚目に、ございます」
ヘルマンは、それ以上は言わなかった。
「直せないのか」
「当組合では、修理は承っておりません」
代わりに、別の紙が一枚、台の上を滑ってきた。
「新品のお求めでしたら、金貨二十枚。勇者さまでしたら、分割も承ります」
レオンは、外套の上から胸に手を当てた。
懐に、紙が一枚入っている。
野営地で荷物から出てきてから、何度も開いた。折り目は、もう白く毛羽立っていた。
――欠けたまま使い続ければ、根元から折れます。
同じことが書いてある。
奥の検品の者は、たぶん、ギドの顔も知らない。
レオンは、懐から手を出さなかった。
台の上の二枚の紙を、ただ見ていた。
ヘルマンは、笑ったまま待っている。
◇
◆ギド
「リタ。蝋燭の燃えさしは、ありますか」
「おじいちゃんの小屋に、いっぱい」
「何本か、もらってきてください。それと、火も」
リタは、らせん階段を駆け下りていった。足音が、塔の中で何重にも響く。
そのあいだに、俺は穴をもう一度見た。
八つとも、同じ形だ。丸ではない。片側だけが平らに削いであって、差しこむ向きが決まっている。向きを間違えて差さないための形だろう。
戻ってきたリタは、燃えさしを両腕いっぱいに抱えていた。後ろから、オスカーさんが手燭を持って上がってくる。
蝋を火であぶって、指でこねる。冷えた部屋では、すぐに固くなる。手の中で温めながら、穴に油を一滴たらして、蝋を押しこんだ。
少し待って、まっすぐ抜く。
蝋の先に、穴の形が写っていた。
平らな面が一つ。先へいくほど細い。根元に、ぐるりと浅い溝が一本。長さは、俺の小指ほどだ。
「それが、留め具の形?」
「留め具が入っていた穴の形です。同じことです」
二つ目の穴も、三つ目も、同じ形が写った。八本とも、一つの型で足りる。
四つ目の穴で、蝋が途中までしか入らなかった。
奥に、何かある。
蝋を強めに押しこんで、固まるまで待った。それから、ゆっくり引き抜く。
蝋の先に、小さな金属のかけらが埋まっていた。
爪の先ほどの大きさだ。片方の端が、ちぎれたように荒れている。抜くときに折れて、先だけが穴の奥に残ったのだろう。
手燭の明かりにかざす。
白っぽい銀色だった。二十年、この冷えた部屋にあったのに、錆が一つも浮いていない。
「星銀だ」
王都の工房街で、一度だけ見たことがある。組合の魔導具の芯に使う金属だ。めったに出回らない。
「せいぎん?」
「地の力を通す金属です」
俺は、台座から床へ潜っていく銅の管を、指でたどった。
「管が、地面の下から力を吸い上げる。留め具が、それを台座へ渡す。台座の上に、水晶がある」
「だから、留め具がないと光らないの?」
「たぶん」
リタは、しばらく考えていた。
「じゃあ、ハンナばあちゃんのところで作ればいいよ。鉄で」
「形だけなら、作れます。でも、鉄では力が渡らない。同じ形の留め具を八本差しても、塔は光りません」
リタは、蝋の型と、かけらを見比べた。
「そのかけら、ギドさんの【繕い】で元に戻せないの?」
「戻せるのは、元は一つだった物どうしだけです。このかけらの残りは」
俺は、空いた穴を見た。
「抜いた人が、持っていきました」
手燭の火が揺れた。
オスカーさんが、穴を見下ろしていた。
「抜いた、と言ったか」
「はい。工具で、まっすぐ。八本とも」
「誰が」
「それは、分かりません」
板と刻印は、ここにある。でも、板を打った人と留め具を抜いた人が同じだと、俺はまだ見ていない。見ていないことは、言えない。
オスカーさんは、長いこと黙っていた。
「台座には、触るなと言われとった。わしは、掃くだけだ。穴の中までは、見とらん」
手燭の火が、少し下がった。
「秋に来た技師さんを、ここへ上げたのは、わしだ」
白い髭の下で、口だけが動く。
「上は冷えるから、茶を出した」
リタが、祖父の袖をつかんだ。
オスカーさんは、手燭を持ちかえて、穴の縁を指でなぞった。さっき俺がしたのと、同じ動きだった。
技師が来たのは秋で、塔が止まったのは冬だ。秋の技師が抜いたのなら、冬まで唸っていたのはなぜか。それも、まだ分からない。
「……直るのか」
「分かりません。材料が、ないんです」
◇
翌朝、ハンナさんの作業場を、もう一度見せてもらった。
蹄鉄の木箱と、車輪の外枠を三つどける。その奥から、煉瓦の炉が出てきた。横に、金床がある。
金床の面に手を当てた。冷たくて、平らだ。真ん中だけが、浅く窪んでいる。十年前まで、毎日ここで鉄が打たれていた跡だ。
ふいごの革は、乾いて、ひびだらけだった。
ハンナさんが柄を握って、一度押した。
ひびから、埃が噴き出す。ハンナさんは咳きこんで、それから笑った。
「使えるかい」
「革を張り替えれば。炉は、まだ生きています」
「で、何を打つんだい」
俺は、布に包んだかけらを見せた。
ハンナさんは目を細めて、長いこと見ていた。
「星銀かい。名前は知ってるよ。うちの人が、一生に一度は打ってみたいって言ってた」
かけらを、布ごと俺の手に返す。
「この町じゃ、見たことないねえ」
昼のあいだ、列の人たちにも聞いてみた。鍋のおばさんも、手押し車の男も、首を横に振る。星銀という名前を初めて聞いた、という人もいた。
◇
夜、空き家の卓で、塔の見積書を書いた。
――結界塔。留め具八本、抜き取り。
――代わりの留め具を、元の寸法で八本打つ。寸法は取った(蝋の型)。
――炉は、ハンナさんの作業場。ふいごの革の張り替えが要る。
――材料、星銀。
そこまで書いて、炭筆が止まった。
材料の値段が分からなければ、代金は書けない。どこにあるかも分からない物なら、なおさらだ。
卓の上に、蝋の型が並んでいる。その端に、爪の先ほどの星銀のかけら。
俺は、金額の欄を空けたまま、炭筆を置いた。




