新品の剣
◆勇者レオン
王都の東、灰岩のダンジョン。新しい剣を受け取ってから、四度目の潜行だった。
その中層で、勇者レオンは三体目の岩喰い蜥蜴に剣を振り下ろした。
組合の新品の剣は、よく切れた。
一体目は首を、二体目は前脚を落とした。
刃の根元の右側に、小さな欠けがいくつか増えている。レオンは、そこを見なかった。
「やっぱり違うな。新品は」
息を整えながら、レオンは笑った。後ろで、魔術師のセラが杖を構え直す。盾役のバルドは、何も言わない。
三体目の蜥蜴が、岩陰から跳んだ。
レオンは踏みこんで、斜めに斬り下ろした。振り終わりで、手首が右へ流れる。いつもの振り方だった。
刃が蜥蜴の背の岩殻に当たった。
乾いた音。
レオンの手の中で、柄が急に軽くなった。
鍔から指三本ほどのところで、刃が根元から折れていた。折れた刃が、回りながら暗がりへ飛んでいく。
蜥蜴が、口を開けた。
その前に、バルドの大盾が割りこんだ。
牙が盾を打つ。銀の継ぎ目だらけの盾は、鳴っただけで、割れなかった。
「下がるぞ」
バルドの声で、三人は来た道を走りだす。
◇
野営の火のそばで、レオンは折れた剣を膝に置いていた。
折れ口は、右側だけが細かく欠けていた。何度も同じところに当たって、少しずつ欠けて、最後に折れた跡だ。
「……組合で、新品に換えてもらえばいいでしょ」
セラが言った。
「保証があるんだから」
レオンは答えずに、荷物袋に手を突っこんだ。砥石を探していた。
指先に、紙が触れた。
引っ張り出すと、くしゃくしゃの紙。一度丸めたものを、誰かが伸ばして、たたんだ跡がある。
見覚えのある字だった。
――剣。振り終わりで手首が右へ流れる。新品でも、同じところから欠けます。欠けたまま使い続ければ、根元から折れます。
レオンは顔を上げた。
火の向こうで、バルドが大盾の裏の革帯を締め直していた。新しい革帯だ。
◇
◆ギド
列は、三日たっても短くならなかった。
「いつ、どうやって壊れましたか」
俺はそれを、一人ずつに聞く。
答えを聞いて、壊れた物を見て、見積書を書く。直すのは、それからだ。
柄の取れた鍋は、取っ手の付け根の鋲が、片側だけすり減っていた。
「いつも右手で、鍋を振りますね。中身を返すとき」
「そりゃあ、右利きだもの」
「たまに左で持ってください。そうすれば、あと十年もちます」
おばさんは、笑いながら鍋を抱えて帰っていった。
手押し車は、外れた車輪の軸が曲がっていた。積みすぎだ。それは見積書の注意書きに書いた。
男の子の木の馬は、取れた脚を元の脚とつないだ。銀の線が一本入った脚を、男の子は何度も指でなぞっていた。
午後に来たのは、パン屋のおかみさんのマルタさんだった。
「かまどの扉が、閉まらなくなっちまってね」
店の奥のかまどを見せてもらった。鉄の扉の蝶番が、上だけ、ひどく減っている。下はほとんど減っていない。
「扉を、強く閉めますね」
「そりゃ、熱を逃がさないように」
「上の軸受けだけが、えぐれたように減っています。毎日の閉め方なら、もっと平らに減る。……ときどき、ものすごく強く閉めることがありませんか」
マルタさんが黙る。
店先で生地をこねていた旦那さんが、手を止めずに、首だけを何度も縦に振った。
「……夫婦げんかのあとは、蝶番にあたらないでください」
俺が見積書の注意書きにそう書くと、マルタさんは真っ赤になって、それから大笑いした。代金と一緒に、焼きたての丸パンを三つくれた。
◇
夕方には、ダリアさんが空き家に来ていた。
門の分の、最初の支払いだという。銅貨の入った袋を卓に置いて、ダリアさんは、まだ外に残っている列を振り返った。
「町の金庫から、組合の新品を買う金は、もう出さないことにした」
「そうですか」
「壊れたら、まずお前に見せる。直せないと言われたら、そのとき考える」
それは、俺がこの町で受けた、いちばん大きな注文だった。
◇
四日目の朝、空き家の戸の前に、見積書が一枚貼られていた。
俺の字ではない。子どもの字だ。
――塔 なおしてほしい 代金 ある
その下に、銅貨が七枚、糸でくくりつけてあった。
俺は紙をはがして、その裏に、自分の見積書を書いた。
――結界塔。壊れ方を見るまで、直せるかどうか分からない。調べる代金、銅貨七枚。前金で受け取りました。
紙を、戸の同じところに貼り直す。
昼前には、紙がなくなっていた。
◇
女の子の名前は、リタといった。
結界塔の塔守、オスカーさんの孫だという。
塔は、町の外れの岩山の中腹に立っていた。石の階段を、リタのあとについて上る。
「おじいちゃんは、毎朝ここを掃除してる。二十年、ずっと」
「止まっているのに?」
「動いたとき、汚れてたら困るから、って」
塔の扉の取っ手は、よく磨かれていた。
扉の前で、白い髭の老人が箒を使っている。
「おじいちゃん。修繕屋さん、連れてきた」
オスカーさんは箒を止めて、俺の道具袋と、俺の手を、順に見た。
「門の横木を直したのは、あんたか」
「はい。……塔が止まったときのことを、聞かせてください。いつ、どうやって」
オスカーさんは、しばらく空を見ていた。
「二十年前の冬だ。ある朝、上がってみたら、光っとらんかった。音もせん。前の晩までは、ちゃんと唸っとったのに」
「その前に、何か変わったことは」
「秋に、王都から点検の技師さんが来た。どこも悪くないと言って、帰っていった。……それだけだ」
オスカーさんは、また箒を動かしはじめた。
「上は冷えるぞ。リタ、毛布を持っていけ」
中は、らせん階段になっている。上りきったところの部屋に、結界の装置があった。四方の壁は、大きく開いた窓になっている。
台座の上に、大人の頭ほどの水晶が据えられている。そこから銅の管が何本も伸びて、床の下へ潜っていた。
水晶は、くすんで、何も映していなかった。
「みんな、壊れたって言ってる。二十年前の冬に、急に止まったんだって」
俺は台座のまわりを、ゆっくり一周した。
水晶に、ひびはない。
銅の管にも、割れはない。
管と台座をつなぐ継ぎ手を、一つずつ見た。継ぎ手には、本来、それぞれ金属の留め具が差しこまれているはずだった。
留め具が、一本もなかった。
穴の縁は、きれいなままだ。
割れても、ちぎれてもいない。工具を差しこんで、まっすぐ引き抜いた跡だけが、八つの穴に、八つとも同じ向きで残っている。
台座の裏に回ると、小さな金属の板が一枚、鋲で打ちつけてあった。
点検済。
その横に、白い槌の刻印。
「……ギドさん?」
リタが、俺の顔をのぞきこんだ。
俺は、刻印から目を離さずに言った。
「これは、壊れ方じゃない」
穴の縁を、指でなぞる。冷たかった。
「外し方だ」




