盾の分
二本目は、次の日に、前腕の棒の残りから打った。
三本目は、その次の日に、二の腕の棒から。
どちらも、一本目と同じ手順だ。切って、叩いて、平らな面を出して、溝を回す。蝋の型と並べる。
作業台の布の上に、二本が並んだ。
困るのは、その次の日からだった。
残っているのは、二の腕の棒の残りと、前腕の棒の最後の端と、肘の蝶番。蝶番は、軸の頭を落とすと、羽根が二枚と軸一本に分かれた。
全部、瓶に沈める。
水は、二本目の線に、ちょうど届いた。
「二本ぶん、あるね」
リタが言う。
「線の上では。でも、どの切れ端も、一つでは一本に足りません」
ばらばらの切れ端を、一つの塊にしなければならない。
鉄なら、沸かして付ける。白く光るまで焼いて、重ねて叩けば、二つが一つになる。
「うちの人も、言ってたよ。鉄を沸かす、って」
桶の上で、ハンナさんがうなずいた。
「星銀を沸かしたことは、ありません。付くかどうか、分かりません」
だから、まず爪ほどの切れ端を二つだけ使った。継ぐ面をやすりで光らせて、火箸で挟んで炉に入れる。
「もっと?」
「もっとです」
リタが、ふいごを押す。炉の奥が、黄色から白に近づいていく。
引き出して、金床の上で叩いた。
かん、と鳴って、切れ端は二つに戻った。
足もとに転がったのを、拾う。熱が足りなかったのか、面が汚れたのか。
もう一度、面を光らせた。今度は、さっきより長く焼く。
二度目は、叩いても離れなかった。
冷めてから、継いだ所を金床の角に掛けて、槌で曲げた。曲がるだけで、割れない。
伸ばし直して、残りの切れ端と一緒にした。
その日は、塊を一つ作るだけで暮れた。
「一日に、一本は、守れませんでした」
その晩、門でダリアさんに言った。ダリアさんは、何も言わずにうなずいた。
◇
四本目は、その塊から打った。
日暮れ、リタと塔へ上がって、一つ目の穴の留め具を抜いた。代わりに、四本目を差す。
継いだ物で、地の力が渡るか。それを確かめたかった。
しばらく待つと、台座の奥が唸りはじめた。水晶の奥に、白い点。一本目のときと、同じ大きさだ。
「渡ります」
「じゃあ、二本とも差しとけばいいのに」
「差したら、光が伸びます」
リタが、首をかしげた。
「伸びたら、どこまで届くか、みんなに見えます」
「見えたら、だめなの?」
俺は、答えなかった。
抜いた一本目は、布に包んで持って帰った。
五本目を打ったのは、次の日だ。
塊は、一本ぶんしか残っていない。やすりは、いつもより少しずつ当てた。
蝋の型と、並べる。
平らな面。先細り。根元の溝。足りた。
金床のまわりに残ったのは、白い粉だけだった。
「……六本目は」
「ありません。少し、は、やすりの粉になりました」
リタは、布の上の四本を、指で一本ずつ数えた。塔に、もう一本。
その晩、門でダリアさんに会った。五本目のことは、言わなかった。言えば、灯す日を決めなければならない。
◇
空き家に戻って、卓の上で見積書の束をほどいた。
塔を見た次の晩に書いて、金額の欄を空けたままの一枚がある。
「八本打つ」の横に、「五本」と書き足した。材料の行には、「ダリアさんの添え木から」。
金額の欄に、銅貨六十枚と書いた。
それから、注意書きを書く。
――八本のうち、五本。届くのは、たぶん町の真ん中まで。東の畑と牧草地には、届きません。
――
二行目の頭で、炭筆が止まった。
いつもなら、ここに書く。持ち替えること。強く閉めないこと。油を差すこと。
光の届かない家に、書くことがない。
灯せば、どこまでが明るく、どこからが暗いか、町じゅうに見える。その線を引くのは、俺だ。
四日たっても、その行は白いままだった。
リタは毎朝、戸を叩いた。
「書けた?」
「まだです」
ダリアさんは、毎晩、門から塔の明かりを見ている。そう、リタが言った。
一度だけ、門で聞かれた。
「何本だ」
「打っています」
ダリアさんは、岩山の小さな明かりを見上げて、それ以上は聞かなかった。
◇
四日目は、朝から雪がちらついていた。
夕方、作業場に、門番の若い衆が駆けこんできた。
「修繕屋さん。東門に、乗合で来た男がいる。でかい盾を背負って、あんたを出せって」
門へ走った。
くぐり戸の前で、松明の火が揺れている。その横に、大きな背中があった。
大盾の左下が、火を受けて銀色に光る。
「……ギド」
「バルドさん」
ダリアさんが、松明を持ったまま、俺とバルドさんを見比べた。
俺は、道具袋の底から革袋を出した。中で、銀貨が鳴る。
「これを、お返しします」
「盾の分だ」
「盾には、まだ何もしていません」
バルドさんは、背中から大盾を下ろした。俺の前に、立てて置く。
「なら、見ろ」
松明を借りて、盾の前にしゃがんだ。
銀の継ぎ目は、どれも割れていない。裏の革帯は、新しい。
左下に、知らない跡が二つあった。浅い、尖った窪みだ。
「いつ、どうやって壊れましたか」
「灰岩の、中層。蜥蜴の牙だ」
バルドさんは、少し間を置いた。
「レオンの剣が、根元から折れた。そのときだ」
俺の指が、窪みの上で止まった。
「どこから、折れましたか」
「鍔から、指三本」
欠けを、何度も直した所だ。
「組合は、使用者の扱いによる破損だと言った。保証は、きかん」
ダリアさんの右手が、左腕の添え木に触れた。
「レオンは、二本目を分割で買った。金貨二十枚だ」
「手首は」
「返すな、と言ってきた。聞いたかは、知らん」
「見積書は」
「読んだ。折れたあとの、野営の火で」
俺は、牙の跡を指でなぞった。窪みは浅い。奥までは、届いていない。
「割れていません。これは、仕事の傷です。直すところは、ありません」
バルドさんは、黙って盾を背負い直した。
それから、目を上げた。町の向こうの岩山に、白い明かりが小さく一つ、ともっている。
「あれは」
「塔です。留め具を、一本だけ差してあります。五本、打ちました」
ダリアさんの松明が、こちらを向いた。何も言わなかった。
バルドさんが、塔を見上げたまま言った。
「なぜ、全部差さん」
俺は、見積書の束から、あの一枚を抜いて渡した。
バルドさんは、松明の下で、ゆっくり二度読んだ。白いままの行で、目が止まる。
「書けんなら、言え」
紙を、俺の手に返す。
それから、ダリアさんのほうを向いた。
「門の手は、足りているか」
ダリアさんは、雪の向こうの森を見た。
「足りん」




