第八話《出発前夜》
ライの手配によって、塔の中で衣食住を提供してもらった。代わりと言ってはなんだが、料理人たちに知っている料理のレシピをいくつか紹介した。
明日の朝にはライの馬車に乗り、バオックスを立つ。中央都市バルーナ。「シニスト」で最初の町であり、警備隊入隊試験を受けるという、最初の試練が待ち構える場所。
夜景と共に黄昏ていると、ドアが叩かれた。
「うぬす。ちょっと相談ってか、まぁ良いもん見せてやるから着いてこい!」
強制連行には慣れた。ライと言い、シエラと言い、ここの町は個性が強い。それでも悪い気は一切しなかったし、スキップしながら着いていく。
途中下りの階段があって、異様に長い。
いかにも重厚そうな扉だ。ライが隣にあるバルブを回すと、ゆっくり開く。中は、真っ白な謎の施設。イメージで語るなら、有名漫画によくある、だだっ広い訓練場のような。
「ランジェになるには武器が必要だろ? 試験では支給されるが、先に慣れておくに越した事はないと思わないか?」
<うぬす>は興奮気味に首を縦に振った。この世界に来て、いや、人生の中で武器に触れる初めての体験。今日が記念日になってもおかしくない気分。
「とりあえず気になった武器を持つのがオススメだぜ」
後ろを指で指しながら、ライはにかっと笑っている。その武器たちは、塔で初めてみた、あの輝きを遺憾なく放っている。
蛍光灯に吸われる虫のように、右往左往と迷いながら、<うぬす>は夢にまで見た太刀のような剣に触れる。
「おっと、初めからそいつとはな」
驚かれるのも無理はない。<うぬす>は誰がどう見ても、非力な部類。しかし、彼自身には浅はかな一縷の望みを捨てきれずにいた。無駄な全能感ゆえに冷静でない。
異世界物というのは、大抵、主人公は強く設定されているのだ。この状況を異世界テンプレに投影してみろ、転生者が初めて武器に触れるシーン。ここが見せ場じゃないなら何というか。駄作だろう。
「ふんっ……!」
数センチばかり机から太刀が離れた後、すぐに落としてしまった。手首が痛む。<うぬす>の全能感は、汗と共にすっかり抜けてしまった。
次に考えるべきは、どんな武器なら扱えるかだ。
大剣やハンマー、大型の銃器は使えない。第一、使える可能性が現れたとして、それがいつになるのかも分からない。確実性がないのだから、選んでしまうのは愚鈍である。
よくよく振り返れば、これが特に危惧すべき事象だったと思う。ゲーム「シニスト」で得てきた戦いの知識の流用。その大前提の礎となる、運動能力が皆無。もっとも重要な点だし、その解決策をすぐに見いだせない。
繋ぎだ。だからこそ命を繋ぐ最低限の実力を発揮できる武器が望ましい。思考しながらも、武器の重量確認は怠らない。
最終的に残ったのは、短剣、弓、銃。ギリギリの線引きでメイスが候補にあがる。
「ここで試していいのか?」
藁人形が数個並べてある。軸が固定されていて、強く押したが、びくとも動かない。
それを数回叩いてみる。
<うぬす>に向かって、ライが答えた。
「あぁ、もちろん」
まずは短剣を手に取る。持ち上げて、そのポジションのキープは可能。ゲーム「シニスト」での動きをトレース。不可能。二振りで身体のバランスが崩れ、呼吸が早くなり始める。それでも藁人形は無反応である。
この調子だと、短剣より全然重いメイスは候補から外すべきだ。
弓は察しの通りの結果だ。的に一切当たらなければ、弦を引く事すら精一杯だ。
「最後は……これか」
残されたのはシリンダーに三発まで球を込められる、無器用な鉄製のリボルバー。ずっしりとした重量が手首に伸し掛かるのは珍しい感触だ。
かっこよく片手で撃つなど、理想に等しいと経験で理解させられた。両手で握り込み、まっすぐと構え直す。
鈍い火薬の爆発音と共に、目を瞑ってしまう。手首から肩にかけて少し痛む。その拍子に銃を落としてしまった。
「いてて……」
瞼をひらくと、風穴を開けられた藁人形が立っている。その姿は、無反応と形容するには酷い。ただ、それは<うぬす>にとっては良い知らせだった。
「これだな! ありがとうライ!」
元あった定位置に借りていた武器たちを返し、深々と頭を下げた。
「良い武器が見つかったなら良かったぜ。あと、ランジェ拠点には行っとけよ」
「っ……わー、わかりました!」
そういえば、警備隊拠点に行って、恥ずかしくて帰ったことを伝え忘れていたし、後生知られたくもない。軽い秘密だ。
「ちなみに試験は受けられないのは知っての通りだが、試験を受ける為に必要な参加証は作れる。明日の朝にでもな」
ライはあくびしながら、この真っ白な部屋から退出した。今宵、<うぬす>は自身の無力さを静かに叫んだ。この先に待ち受ける不安を拭えない可能性の恐怖と共に。




