第三話《坑夫の町バオックス》
馬車に揺られながら少し眠ってしまっていたようだ。体を起こしたいが、なぜか動かない。
【身体を完全に起動しますか? YES/NO】
起きる度に繰り返されるこのアナウンスはなんだ? そして必ずYES/NOの指示、五感、あと多少体の末端は機能している。
このアナウンスの考察も急ぎたいが、周りの音に耳を向けていると、そうもいかない。痺れを切らしたシエラが、今にも殴り掛かろうとしているらしい。
YES。
「今起きました。寝てしまってすみません。」
「死んだかと思って心配したぜ。こっからは、こちらの質問タイムだ」
ライが穏やかに、しかし確かな圧を持って語りかけてきた。信用なんてされる訳が……ないか。それでも、この尋問の時間はおそらく、命の保障がある。ライたちだって<うぬす>に興味があると考えられる。警備隊でもない、一般人からは到底出てくるはずのない知識を披露してしまったのだから。
この荷台には<うぬす>と、ライと、あとは監視のシエラの3人だけ。相変わらず恐ろしい視線に、足が強張る。
ライが声を張って誰かを呼ぶ。
「ルーシー! こっちに来てくれ」
手前から出てきたのは、銀髪の背の低い美少女だ。しかし、それだけじゃない。特徴的な長く鋭い耳。「シニスト」にはキャラクター制作時に選べる種族の中でエルフがいる。整った顔立ちに、長い手足と耳。樹上での生活に適応した薄い体だ。
ルーシーはその点に、全て合致している。
「エルフ?」
声が溢れた。その美しさも要因だが、それだけじゃない。一番は驚きである。「シニスト」の世界、はたまたそれに酷似した世界ということが、どんどんと確定されていく。
「見るのは初めてなのか? めっちゃ美人だろ?」
仲間がとにかく好きで自慢でたまらないのだろう。ライのその声色は無垢だった。
「確かに美人ですね。ちなみにライって警備隊なんですか?」
「まぁな。じゃ、質問を始めるか」
車輪と馬の走る音だけが響いて、それが太鼓みたいに心臓まで轟かせる。一瞬の静けさだったが、場の空気が変わった。
<うぬす>と対面するようにライが向かって座り、その隣にルーシーが腰掛けた。
「色々聞きたいがまず1つ。オレたちに敵意はあるか?」
「ない! それどころか感謝している!」
ルーシーがライに耳打ちし、そのまま小声で対話をしている。ライは途中、頷きながら<うぬす>に視線を向ける。そして<うぬす>には、どんどん警戒が解かれていったと、空気が伝えている。
「まぁ大丈夫そうだな。次ね、ランジェと関係はあるか?」
「していない。可能ならばするつもりだ」
もう確定で良いだろう。ここは「シニスト」、または酷似した世界。NPCにライなんて名前は1人もいない。後者の可能性が少し高いか。
質問の度、ルーシーが何か呟くが聞き取れない。
「なんとも不思議なやつだな。レベル4以上のランジェと遜色ない知識量を持ち合わせておきながら、ランジェとはの関係はないと」
「ね、私からも質問いい?」
「だそうだ。うぬす、良いよな?」
<うぬす>はすぐに頷いた。高校受験の面接のような気分である。だけど先程までの圧はないので、情報を整理して話しやすいのは、不幸中の幸い。
冷静になればなるほど、口の中の不快感が募っていく。泥まみれの口腔を一度もゆすぐ機会がなかったからだ。
「ね、うぬすって何がしたいの?」
「俺がしたいこと……。とりあえず、」
風呂に入ってエナドリを飲みたい。端的にいうと、家に帰りたい。しかし、日本に帰りたいなんて信じてもらえないのは経験済み。ここは軽く流すのが先決。
「警備隊に加入するために、修行中みたいな?」
「ね、ライ。初めて嘘ついたよ。この人」
初めてルーシーが耳打ちしていた言葉が聞こえた。いや、わざと聞こえるように言ったのだと思う。シエラが短剣に手をかける。
視線が泳いでしまう。
「本当の目的は?」
「……信じてもらえない。ルーシーさんは、おそらく嘘がわかるんだよな? ここから言うことは全てが真実だから、ちゃんと話すよ」
シエラだけじゃないと気づいた。馬車に乗っているライ以外が<うぬす>への敵意を隠そうともしていない。ライは本当に警戒していないのか、隠すのが上手いのかは判別がつかなかった。
「俺の目的は、家に帰りたい。信じてもらえないかもだけど、日本という場所に帰りたいんだ!」
「ね、本当に嘘ついてない。ライ、どうする?」
「ルーシーが言うならそうなんだろーな。ま、敵意もないと分かった事だし、今からバオックスの町に向かうか!」
後から教えてもらった事だが、バオックスの町に向かうのではなく、森の奥地に馬車を停めていたらしい。ライはその雰囲気に反して、抜けていない。この指示も全てライ主導だと読み取れる。
馬車は思いがけない速度でバオックスの町に向かって走った。数時間して森の終わりに着く。
「到着っすよー、ライ」
馬車の先頭で馬を御していた女が告げる。
バオックスはゲームの画面以上に泥臭い、実にリアルな姿を<うぬす>に見せた。




