第二話《商人》
まただ。折れるような音? それと何故か頭から指先まであったまっている。状況はよくわからない。とりあえず体を起こそう。
【身体を完全に起動しますか? YES/NO】
YES。
「…が……でな…」
背後から男の声がした。それに賛同するように数名の女の声。ハッキリとは聞き取れないが、何人かの集団だ。
パキパキと異音がしていて、それが温かみの発生源である焚き火であることは、少しして理解した。
「よぉ、起きたか?」
覗き込んできたのは、金色のトゲトゲ頭に、金属製のピアスを耳に10個以上はつけている、顔立ちの整った男だった。派手という言葉の体現者といっても過言でない。
その派手男を囲うようにして、5人の若い女が覗き込んでいるが、皆、その男にしか視線が向いていないと気づいた。
「寝起きのところ早速だが、質問に答えてもらうぜ。年齢、どこから来たのか、職業、あと名前を聞かせてもらう」
「日本生まれ19歳無職、名前はかず……」
頭に電撃が走る。名前が思い出せない。というより口に出せない。南京錠がかかった部屋の扉みたいに記憶が閉ざされている。
【その????は使用できません。別の名前を使用してください。
代替候補 <うぬす>】
また例のアナウンスだ。しかし痛みが伴うのは初めて。痛覚を直接的に刺激されたような、あり得ない頭痛が響いている。
「おいっ、しっかりしろ!」
男が揺さぶる。無理に起こそうとする訳ではなく、ゆったりと安心させるリズム。頭痛が和らいできたのがわかる。
アナウンスの声、<うぬす>って。まさかな。
「警戒しときなよライ。いくら私たちが付いてるからって見知らぬ人に関わりすぎない方が安全」
赤髪の細身だが、筋肉質な体型をした女が短剣に手をかけながら再度<うぬす>に問いかける。その間に、他の4人に何らかの指示を出したのか、それぞれが散らばっていった。
「もう一度聞くが名前は? それと私たちは長いこと旅をしてきたがニホンなどという地名は聞いたことすらないが」
「日本……って、今話してるのも日本語だろ!
俺だって何も知らねぇ!!」
ぶん殴られた。赤髪の女はその華奢な体から出力されているとは思えないほどの拳だった。<うぬす>は、また地面に倒れ込む。
今度は血を流して。
「本当にわからないんだ! そもそもこんな場所は知らない!」
「まだ口を割らないか。ここが"禁足地 白夜の大森林の竜湿原"だとわかってるはずだ。一般人は立ち入る事、そもそも正確な場所すら知る術がない」
竜湿原? 「シニスト」にそんな秘境ポイントがあったはずだ……。それならば、さっきの羽虫にも心当たりがある。
顔を動かすだけで痛い、それでも辺りを見ると羽虫の死体が転がっていた。
「そこの……確かライさん。あの羽虫を見せて欲しい。触らない、そして俺の腕を縛って貰っても大丈夫。だから、お願いします……」
女が手を出す前に、ライが静止する。
「待て。逃げられても困る。そちらの提案通り拘束は続けさせてもらうぜ。シエラ頼む」
赤髪の女、シエラと言う名前らしい。<うぬす>の腕をロープで結ぶ時、イライラしているのが伝わってきた。肩を無理やり後ろに回され、その状態で固定されているのだ。
「見て何か思い出したか?」
真紅の甲殻に、とても鋭く尖った口先の末端。胸部は細長く、腹部にかけて膨らみがある。その中に溜まっているのは生物の血と内臓だろう。
「こちらから質問しても大丈夫か?」
「あぁ。何でも聞け。こちらとしても、お前の素性を特定したいからな」
体は拘束されて動かせないが、深々と頭だけでも下げた。ここがもしも、本当にもしもの話だが、「シニスト」の世界ならば……。
嫌な汗が流れる。不思議な話だが、興奮もしている。
「その生物の名はアカチツイバミか?」
「そうだ」
「大抵、3〜6匹の群れを形成するか?」
「あっている」
「生物の血と内臓を好み、狩りを行う雄はその獲物を腹部に溜め込む習性があるか? そして主な生息地はここ、竜湿原。危険度は4。人里に逸れてきた個体は警備隊がすぐに動員される。危険生物」
「全てその通りだ。それで、何かわかったか?」
危惧していた事が実証されたと考えるべきだろう。それならば辻褄が合う。ここは高レベルの警備隊しか立ち入れない。
ここでしか取れない鉱石など資源面で秀でた環境の為、シエラが警戒するのも無理ない。ならば近場の街は坑夫の町バオックスだろう。
「ありがとうライさん。それと名前は………
<うぬす>だ。わがままで申し訳ないのだが、バオックスまで案内を頼みたい。その代わりと言っては何だが、出来る限りの事を話すと約束する」
「了解した。もう町に戻るつもりだったからな、その程度なら任せときな。あとライさんは辞めろ、ライと呼べ!」
「ありがとうライ」
ライは仲間たちを全員集め、帰還の準備に取り掛かった。その時のシエラの視線には命の危機を感じた。一番まずかったのがライを呼び捨てにした時。
シエラの手によって、<うぬす>は荷物のように馬車に乗せられた。傷口は痛むが、とりあえずは一安心だ。




