第三十五話《女子会:キリエ視点》
弓を構えたまま。キリエは矢を放たない。木々の影に隠れるミミキキオオカミだけに当てるのは至難の業。相手から出てくるのを待つ。狩の基本。
不幸中の幸いなのは、ここはまだ森の浅い部分。成長しうねり伸びた枝は少なく、倒木も無い。その上、自身が立っている場所は開けている。遮蔽物はわずか。
一歩でもミミキキオオカミが前に出てきたら撃つ。キリエの集中力は高まりきっている。
「木が邪魔なんでしょ? ボクに任せてよ」
ルーナンは肩に大剣を掛け、腰を低くする。大腿部には自らの踏み込みによって壮絶な圧力が加わっていた。
それが解放されると同時に、視界からルーナンが消える。見えたのは、森に茂る木々に大きな斬り込みが加わった後。
「メェフォ。後は頼むよ」
「我に任せておけ」
大槌はメェフォの手足の様に、自由気ままに蛇行しながら折れかかった木を打ち飛ばしていく。その木の通り道に居たミミキキオオカミが1匹倒される。
なんとか逃げおおせたミミキキオオカミも、ルクの槍術に狙われていた。
「こっちに来るのは3匹ね。ルっちゃんにお任せあれ!」
ルクに空中から襲いかかるミミキキオオカミ。地面に前後両足が着く時にはもう、心臓が貫かれていた。しかし、1匹だけ取り逃がす。
残ったミミキキオオカミは4匹。
キリエは矢を多く取り出す。
「雨万射っ!」
雨万射。己のセンスとイメージ力、非常に優れた空間把握能力によって生み出された射法。
雨の様に空から降り注ぐ矢を相手は自然と避けるしかない。避け続け、気づけば逃げ場を失う。
そこにキリエ渾身の矢が放たれる。
「やっっっったぁぁぁ!」
グループ2、完全勝利。森には戦いの余韻が漂っている。耳を澄ませば、どこからか剣がぶつかり合う音が聞こえた。早くランジェ拠点に戻れば合格間違いなし! だと思いたい。
シエラが後方の森から出てくる。
「ミミキキオオカミの討伐、確認が取れました。解体、または討伐した死体の全てを回収して拠点に戻ってきてください」
シエラは再び森に隠れ、試験を見届ける。
この解体作業が苦手なのがただ一人いた。
「ごめん! ルっちゃん無理かも……」
キリエが迷わずミミキキオオカミの首にナイフを突き刺し、切り裂き始めた時だった。流れる血と、赤い血管は確かに慣れていないと相当な物。
「いーよー。キリエに任せなって! 小さい頃から慣れてるから」
その手捌きに一切の無駄と戸惑いが無い。ルーナンとメェフォも解体は出来るが、その比じゃない速度でミミキキオオカミが綺麗に分解されていった。
パーツごとにまとめられている。
アルクシャン村での経験が大いに生きた。
「よっし。拠点に戻ろ〜」
「ごめん……少し待ってて」
ルクが背の高い草に身を隠す。ゲロっていた。先程までの甲高く、元気な声からは想像できない程、低く野太い嗚咽が響いていた。
数分後、恥ずかしそうにしながらもルクが戻ってきた。気分が収まった様に見える。
「それじゃボクたちは戻ろうか。他のグループに先を越されては行けないからね」
獣の血で血生臭い女子会になってしまったが、帰りの会話が弾んだ。メェフォとルーナンは友達になっていた。確かに二人の実力は互いに拮抗していた。
ルーナンから聞いた話では、メェフォは「キリエとルクは可愛い庇護対象」にしか見えないみたいな事を言っていたらしい。
「お茶会行く人ー!!」
ルクが町に戻ってから完全に元気を取り戻していた。ルーナンとメェフォは手を挙げるが、キリエは首を横に振った。
「キリエは行かないの?」
「誘ってくれて嬉しいけど、キリエは人を待たないとだから!」
「じゃあまたいこーね! 次会う時はランジェになった後のクエストで!」
グループ2は拠点に戻った。
拠点に着いた後は、何事もなく合格を貰った。2次試験は3組目までのグループが合格。枠は残り一つ。でも、ハイルなら大丈夫だと思う。
それでも一番目を丸くしたのは、うぬすが一番乗りで拠点に居た事。ハイルが圧倒的だと予想していたから、尚更驚いた。
「試験お疲れ様。ハイルがまだっぽい?」
「だね〜、ハイルが戻って来たらキリエとまた4人でどっか行く?」
「いーじゃん! 俺結構美味い串焼きの店1つだけ知ってるから皆んなで行きたいな」
何も知らないうぬすが知っている店。それは気になるしかないな。キリエは頷きながら、時計を見た。今は夜だが、あと1時間半もすれば明るくなってくる。
拠点の扉が開かれる。ようやくハイルが帰って来たのか。うぬすとキリエは入口に視線を寄せた。
「いやぁー、疲れたぜ」
「初めてにしては上出来だったな!」
「うふふ、今度ランジェになった後も一緒に戦いません?」
「もちろんです!」
集団の中にハイルは居ない。試験に合格したのはグループ5。確かハイルはグループ6だった。
ハイルが不合格……? にわかには信じられないが、メリゼルナの言葉によって信じるしかなくなる。
「皆、よくやった。グループ2、グループ3、グループ5に属する12名を2次試験の合格とする。ただし、この後呼ばれた者は別室に来るよう。
うぬす。奥の部屋に三分後に入れ」
うぬす以外は金属製の札?を渡される。
うぬすは背伸びをしていたまま固まった。何も、心当たりのない呼び出し。そんな表情。
少しして、うぬすが立ち上がった。
「とりあえず呼び出しされたし、行ってくるわ」
「おっけ」
◇◇◇
まだ暗いうちにうぬすが帰ってきた。どっと、肩を落として疲弊している。そして、2個並べられた椅子の上で寝転がった。
「とりあえず俺も合格……。筆記試験が悪すぎて追試だった。……あっ、アナウ……」
急に変な事を言いかけ、うぬすは眠ってしまった。確かにキリエもあくびが出そうな安心感に包まれ、緊張が解けている。
休もう。
◇◇◇
キリエは目を覚ます。短時間の仮眠によって、気だるさは無くなったが、そのせいで暇だった。
明るくなってもハイルはまだ戻ってこなかった。うぬすは、退屈していたキリエに叩き起こされる。
そうして二人は拠点で待ちぼうけ。
町に活気が見え始めた時間帯。拠点に誰かが入ってくる。ようやくハイルの登場。
「おかえり〜」
「ハイル遅いぞっ!!!」
うぬすとキリエは眠い目を擦りながら、元気いっぱいに出迎えた。




