第三十二話《不明瞭:ハイル視点》
グループ6。そこはハイル、名無し、ベランで構成される少人数グループだった。23人を分けて出た余り者たちとも言える。
名無しについては本当にわからない。武器も大きな布で隠されている。
ベランは短い茶髪を上でまとめている。パイナップルの様な髪型。顔つきはどこにでもいる壮年のおじさん顔だ。
ランジェの試験官は鎧を着込んだ若い男。場を取りまとめようとするが、言い出す機会を失ってしまっていた。
「僕はハイル! よろしく」
ハイルの挨拶が流れを作り出す。
次に名無しが口を開いた。若々しい女の声だったが、嫌に鼻につく。
「ハイル・パラディグスだな。ランジェ創設者の一族の生き残り。合っているか?」
「……あぁ。そうだ」
ハイルは目に見えて怒りを露わにしている。拳を握り込んでいた。名無しは、いとも容易く過去の地雷を踏み抜いていく。
試験にそれは持ち込むな。アルベルドと戦った時みたいに冷静さを欠けば二の舞になるぞ。
一度深呼吸をして、名無しから離れる。
「そこのおっさん、ベランってんだよな?」
「おっさんじゃねーーよ! まだ16歳だ!」
「僕と同い年かよ!」
ベランは不機嫌そうにそっぽを向いた。
名無しは無言のまま、同行するランジェの人はまだ来ないみたいだ。気まずい空気になっている。
ハイルにとって一番苦手な状況。
「今回の討伐対象はミミキキオオカミだよな!
あいつらは厄介だしさ、作戦でも練らない?」
ハイルが叫んでみた。それは名無し、ベランにも聞こえていたが欲しかった回答は返ってこない。
「作戦なんて練る必要はない。所詮低レベルの魔獣だって知っているはずだ」
決死の覚悟で切り裂いた静寂は、名無しによって無下にされる。肩を落としながらベランに泣きつくが、もちろん突き返された。
同行するランジェは呆然と口を開けている。
一人勝手に名無しが森に向かい始めた。
「早く着いて来い」
つれねー奴だ。どうにも会話すらやりにくい。ハイルとベランは顔を見合わせる。共通認識で薄らと名無しが嫌い同盟。
二人でゆっくりと森に行く。そこにほぼ空気と化したランジェと共に。
◇◇◇
「なぁベランよ?」
「なんだ?」
「いねぇなミミキキオオカミ」
「我慢して探せ」
会話は弾まないが、しないよりマシだった。地面に突く松葉杖の音が木の根に響く。小さいが中で反響する高音。目の前の木は腐り初めていた。
「少し離れよう。倒木の可能性がある」
ベランは頷いた。奥に進むほど増える倒木の数。低木や雑草も枯れている。異様だ。
ミミキキオオカミは雑食性。ここは彼らが望む食料に満ちていると思えない。名無しはどこに向かっているんだ?
「えーと、ハイル。あいつ見失っちまった。名前言わない奴」
名無しを除いた3人は辺りを見渡す。しかし、名無しの姿はどこにも無い。この場所の光景もおかしかった。ツタに覆われ、木の匂いが染み付いた小屋が寂しそうに建っている。
ベランが首を傾げた。
……この場所を知っている。ハイルは名無しの正体までも察していた。
「ここは僕たち二人の秘密基地。……なぁななし。
いや、ユーファ。8年ぶりか?」
「覚えていたのか。私はユーファ。
ユーファ・ライトブライト。約束を果たしてもらおう」
「約束?」
ユーファの淡い麦色の髪が靡いて鎧を撫でる。紺碧の目は少し悲しそうだった。何度も修復を繰り返えされ続けた剣は、柄がボロボロ。しかし鞘だけは財貨で彩られていた。
記憶にあるのは秘密基地を作った時の事。
パラディグス家とライトブライト家には強い繋がりがあった。互いにランジェ創設者の子孫にして、ただの友達。
家を、そしてランジェを継ぐために鍛錬の日々だった。嫌気がさすのは仕方ない事。
今思えば可愛い家出だった。二人で夜な夜な作っていた秘密基地。ずっとランジェになるための訓練として戦ってきた二人にとって稼ぐのは簡単で、建てる資金は整っていた。
数ヶ月すると何もなかった森には石造りの小屋が完成していた。二人は手を取り合って喜んだ。
数週間ほど隠れて、お腹が減ったら帰った。
くだらない平穏は長くない。
両家の親が身勝手にも婚約を定めた。それから一層鍛錬は厳しくなり、ハイルは真に家出をする。
「ハイル……どこに行くの?」
「すぐ帰ってくる。あの約束はいつか絶対に果たす。僕を信じてよ! 強くなって戻ってくるから」
ハイルは家に戻らなかった。正確には戻れなかった。忘れない"あの日"パラディグス家は崩壊する。
パラディグスの名前を一人背負うことになった。家には執事とハイルだけ。
今でも、約束の内容だけは思い出せない。
「覚えてないや……」
「そうか……。思い出すまで私がずっと居てあげる。ここでね」
試験官とベランは困惑している。ハイルたちの身の上を知らない彼らは、状況がわからない。
「思い出せないはずがないんだ! ハイル……お前は、お前は……。今思えば憎いほど天才だった。
神童ハイル。そう呼ばれたお前が! 一度見聞きした事は忘れない。なんだって真似できる。なぜ私との約束だけ忘れてしまうんだ……!」
「僕はそんなんじゃねーって! 神童ですらないし。一人ぼっちの悲しい青年ってだけだよ。ま! 今はうぬす達も出来たけどなー」
「そんな軽口ばかりの男だけじゃなかった!
私が約束をしたのは誠実で強いお前だった。アルベルドとの試合は見た、実力すら今は落ちているサマだ!」
ハイルは仕方なさそうに松葉杖を構えた。
「今だって僕は誰にも負ける気はない……。だけど、"あの日"より前の事がうろ覚えなんだ。
でも変わっちゃった気がする。僕もユーファも」
「そうか。そうかも知れないな。
私に勝ったならここから出して……やる」
「ユーファ、すまないが本気で戦わせて貰う。ランジェにならないと行けない。そしてアルベルドに会いに行く」
月が隠れ始めた。懐かしい匂いがする。
それでも、二人に出来てしまった溝は簡単には埋まらない。幾千もの剣の道に若き二人。
修羅が微笑むのはどちらか。




