第三十話《ミミキキオオカミ》
それぞれのグループは、同行するランジェによって離れた位置に誘導された。狙っている標的が被らない為にだろう。
ミミキキオオカミの群れは基本4〜9匹。何度も戦闘する必要はない。
森は根と草に覆われて歩きづらく、その上断層のような切れ目まであった。
ボイラーがグループの前に立ち塞がる。
「ここのリーダーは俺様だ。それ以外あり得ない。文句はあるか?」
「構わないさ。それ相応の実力が君にあるならね」
質問に興味すら無い様子で標的を探しながらニックが答える。余裕そうに振る舞う腰には、長い片刃剣が携えられていた。
ボイラーは服と、最早メリケンサックまではち切れんばかりに力を込めている。
「俺様に文句があるという事だな」
「今、一つ出来たよ。その理解力は確かに大きな問題さ」
「まぁまぁ二人とも落ち着いてくだ……」
<うぬす>の制止には、息ぴったりで振り向いた。ボイラーは怒りが目に見えて増した。ニックはやっぱり興味がないのかすぐに振り返る。
怒りの矛先が変わってしまったらしい、ボイラーは<うぬす>に詰め寄った。
「てめぇみたいな雑魚は黙っていろ!」
「すみません……。ですけど俺たちは一時的には仲間ですから! このままだと他に先を越されるだけです!!」
「彼のいう通りさ。あぁ、デカい図体の割に脳みその割合は小さいようだね。すまない配慮するよ」
ニック……それ以上煽るな。<うぬす>は願い続けるしかなかった。ジルの震えは更に酷くなっている。戦闘前から問題まみれ。
助けてメリゼルナさん。
メリゼルナは知らぬ存ぜぬだ。わかっていた事だが、少し残念。
<うぬす>はジルの震えを止めるのが先決だと考え、歩み寄る。
「ジルさんですよね? 一回深呼吸してみてください。少し楽になります」
「あ、ありがとうございます。私がまた迷惑かけちゃって……」
また……?少し引っかかる。自信には理由がある。逆もまた然り。ここまでの気の弱さにも理由があるのだろう。
それでもジルは1次試験を合格している。
深呼吸を二人でしたらジルも<うぬす>も落ち着いてきた。
「すみません助かりました。うぬすさん」
「落ち着いたなら良かったです」
ジルは何度も頭を下げてお礼してきた。恥ずかしいような……そんな気持ちになる。それでも悪い気はしなかった。
不和を残したままグループ3は進む。森の中では何かの気配は感じても姿は見えない。
空気感に我慢できず、ジルが話しかけてきた。
「さっきあの二人の間に入れたの凄すぎます」
「あの時は咄嗟だったし、結局ね……」
目線を左に向ける。今だに睨みながら歩くボイラーがいた。ニックは喧嘩の事をもう忘れてしまったかのように標的を探し続けている。
「こっちに来て。ほら、あそこ」
ニックが指差した方向にはオオカミのシルエットが見えた。「シニスト」の世界と同じなら、この森に狼型の魔獣はミミキキオオカミの1種類。
しかし、ここは場所が悪すぎる。
右奥手には崖、左には高い段差。地面の裂け目も一層多くなっている。
<うぬす>が前進しようとした時だった……。
「危ない!」
背後からミミキキオオカミが襲ってきていた。ジルが守ってくれたらしい。全く気づかなかった、助かった。
ジルの体はまた震え始める。しかし、ミミキキオオカミは首を正確に切り込こまれていた。
「ありがとうございます! 本当に助かりました」
「まだ気をつけて。……多分囲まれた」
ぽつりと呟やかれたジルの一言に、ニックとボイラーも反応する。そして、全員が一ヶ所に集まった。
やる気に満ちたボイラーが一人前に出る。
「ここで狩った数が多い方がリーダーだ!」
ボイラーは拳を構えた。ミミキキオオカミがここぞとばかりに一人を狙う。
「みなさん、背中を合わせてください!
ボイラーさんも早く!」
「うるせぇ! そんなに俺様からリーダーを奪いたいか!!!」
<うぬす>、ジル、ニックは背中合わせの陣形を取る。呼んでもボイラーは聞かない。仕方ないが痛い目を見てもらおう。
「おらぁぁ!」
拳を振り抜くボイラーの背中には、爪によって切り傷が残された。ミミキキオオカミには単調な習性がある。知性は高くない。個々の力も強くない。しかし、仲間が攻撃を喰らいそうになると、必ず他のミミキキオオカミが介入してくる。
「シニスト」でも厄介な魔物だった。
「いってぇぇ……なっ!」
後ろを殴っても、空気に触れるだけ。
ボイラーは片腕をミミキキオオカミの眼前に差し出す。もちろん噛み付かれた。
「捕まえたぞ、クソオオカミ」
ボイラーに首根っこを掴まれたミミキキオオカミは足を空中で掻いている。一向に逃げ出せる様子はない。
満足そうにニヤけながら拳を握り直すボイラーは、一発だけミミキキオオカミを強打する。
「ふぅ」
背中の傷が増えている。しかし、目の前のミミキキオオカミは頭が潰れていた。光景を喜ばしそうにボイラーが眺めている。自分の世界に入ってしまったのか、拳だけを見つめていた。
「ボイラー! 後ろ!!」
<うぬす>が慌てて声を上げるが遅かった。
残ったミミキキオオカミはボイラーの後頭部あたりに体当たりをかました。
「こんなて、いど……か………?」
よろめき、足どりがおぼつかないボイラーは木の根に足を引っ掛けてしまう。頭から転び、気絶した。
空に浮かんだ雲が晴れ、森に月光が差し込む。
6匹の炯々とした眼光を持つミミキキオオカミがこちらを狙っていた。




