第二十八話《久闊と暗雲》
「おーい! うぬすーーー!!」
その声の主はライだった。
ライ一行もバルーナの町にいる。慣れ親しんだ空気に<うぬす>は少し安心した。
夜の町を覆う暗雲も、少しは晴れていく。
「数日ぶり!」
「うぬす〜、1次試験受かったってな! それと、ここからが本番だぜ。注意しときな!」
「どこから知ったんですか!?」
「どこでもいーだろ? ま、無事でなによりだ」
笑い飛ばしながらライは歩み寄る。奇妙な不安と共に暗さを増す町。それでも身構える事はない。<うぬす>はポケットに手を入れたまま。
街灯に照らされたライの顔は真顔だった。
「一つだけ。警告しに来た」
「警告って?」
「ランジェになってもレイメイ国には行くな。……詳細が気になるなら試験に合格した後で話してやる」
ポケットから出した手は夜風で少し冷たい。ちょうど良い涼しさだが、状況のせいで感覚が敏感になっている。後ずさる<うぬす>に対し、ライは止まった。
「いやいや。別に何かするつもりはねぇって!
ただ……なんかオレの予感は前から当たるんだよ。
初めて森で会った時もなんとなく人が居ると思ったから向かったし」
「そう、なのか?」
「あぁ。良いも悪いも当たるぜ。……結局100%じゃねーから、今のは忘れてくれ。それじゃ」
黎明国には何かがある。やはり目的は変わらない。それどころか<うぬす>の決意は一層固くなっていた。
ランジェになって現世に帰る手がかりを得る。
ライには悪いが、今のは忘れてしまおう。
◇◇◇
また一人になってしまった。大通りだと言うのに、人の気配どころか生命の一つすら感じない。暗雲が町全体を覆ってしまっている。
夜が無限に続いていると思ってしまう。恐ろしい事だ。次の試験まで休むのも出来ない。
単調な黒じゃなく、少し紫がかった空。歩き進む足がためらっている。ライに頼んで一緒に居てもらえば良かった。後悔する。
人の発する気配は感じない。幽霊のような類に対する恐怖心が心臓の奥の方から湧いてくる。鼻につく路地の匂いと、空気の冷たさ。全てが嫌に調和していた。
不安を隠すように<うぬす>は止まらない。大ぶりに歩幅を広げて、やけに明るい鼻歌を奏でている。
「ん?」
数歩先に、何か輝いている。大通りのど真ん中にポツリとそれだけが主張していた。
屈んで、それを<うぬす>は拾う。
なんらかの硬貨に見える。……メダルかも知れない。唯一分かるのはゴルド硬貨ではない事。
湿っている?液体が裏側に付いているみたいだ。
ゆっくりと慎重に裏返した。
「うわあぁ! なんだ、これ……?」
そのメダルの裏には、人の顔のような装飾が刻まれている。奇妙なほど剥き出しの歯茎の笑顔。なのに表情は泣いている。
その眼から液体が滴っていた。
気味の悪さに<うぬす>は投げてしまう。
【"哭くメダル"は捨てる事ができません。】
哭くメダルなんて「シニスト」に存在しない。初耳だ。怖い。そしてアナウンスが気絶時、睡眠時以外に出現した。
なぜだ。理解が出来ない。
<うぬす>は再びメダルを投げる。もっと遠くに。
【"哭くメダル"は捨てる事ができません。】
【"哭くメダル"は捨てる事ができません。】
【"哭くメダル"は捨てる事ができません。】
【"哭くメダル"は捨てる事ができません。】
【"哭くメダル"は捨てる事ができません。】
【"哭くメダル"は捨てる事ができません。】
【"哭くメダル"は捨てる事ができません。】
【"哭くメダル"は捨てる事ができません。】
【"哭くメダル"は捨てる事ができません。】
【"哭くメダル"は捨てる事ができません。】
【"哭くメダル"は捨てる事ができません。】
何が起こったのか。幾度と捨てたはずのメダルは、必ず<うぬす>の手の腹に戻ってくる。異常事態に周囲を見渡す。誰も居ない。
「……あれ?」
再び手元に視線を戻すと、メダルは無くなっていた。人の声がする。さっきまで一切なかった生き物の気配が満ちていた。
そろそろ試験時間が近いだろう。全く持って休めなかった。空の色は黒く、星だけが光っている。
疲労と不安を抱える中、<うぬす>は警備隊拠点へと向かった。




