第二十六話《理由》
階段を降りコロシアムに戻ろうとした時、ハイルが待ち伏せていた。
「うぬす! 急いで来てくれ。もう試合が始まってるんだ、サヤの!」
「……何か起こってるのか?」
「あぁ!」
この世界に来て、少しだけ鍛えられた足腰に力を入れる。ハイルの前で屈んでみせた。
「乗って!」
迷わず、ハイルは背中に乗った。勢いだけで決めてしまったけど、やっぱり重い。それでも急ぐ。サヤに何があったんだ? もしかして……。
悪い想像を振り切って、走った。
観客席に着くと、キリエが両手で祈りながら試合を見ている。
「どうしたんだ!」
コロシアムを覗き込む。試合というにはあまりに一方的だった。見るに堪えない状況。サヤの志を知ってしまったからこそ、受け入れ難い現実。
弓は折られ、矢は破壊さていた。そこに拳が叩き込まれる。
サヤの相手も女であった。信じられない程の速度を持ち合わせている。アルベルドの蹴りより速いのか、<うぬす>では動きすら追えていない。
「ハイル……一体この試合はどうなってるんだ、」
「……サヤは初めから体調が悪そうだったよな。おそらく、それもある。しかし、それ以上に相手が強すぎたんだ。解熱剤も飲ませたさ! だけど……」
キリエは声を出さないまま。
その時だった。サヤの発した一言。キリエは驚愕の表情を浮かべてしまう。本来の彼女なら絶対に言わないはずだった。
「負けよ…」
「勝者! ルーナン」
すでに限界。心を蝕んだのは体調不良に要因がある。<うぬす>は知らない事だが、サヤは病弱。
ハイルはその事実をキリエから試合前に聞いていた。
◇◇◇
その後の話は覚えていない。
ハイルと<うぬす>は泣きじゃくるサヤをキリエに任せた。そこに介入する余地などあり得ない。
そういう物なんだ。
全試合が終わった頃、コロシアムには半分な人が残っている。皆、疲れを動きに写していた。寝てしまう者、退屈そうに天を仰ぐ者、軽食を口にする者。様々だった。
「実技第一次試験、合格は中央に集まれ!!」
メリゼルナの一喝により、眠気が会場から過ぎ去っていく。<うぬす>とハイル、そしてキリエはコロシアムに入っていった。
サヤは上から結末を眺めるしかない。
「ここに、第二次実技試験を受ける為の参加証を交付する。紛失者は次試験の参加資格を失うと心しておけ。4時間後、コロシアムに戻れ。解散だ」
4人は合流する。
この空気を何と呼べばいいのか。どうやって破るべきか。誰にもわからない……。ハイルの腹の音だけがこだました。
「……みんな、ご飯食べにいくか」
「そうだな。よし、そうするか!」
だんだんと小さくなるコロシアムを背に、階段を上がっていく。長い一日だった。とても長い一日だったんだ……。まだ終わらない今日の一休み。
拠点の上階では、現職の警備隊たちが合格者を楽しそうに眺めている。
それをよそに扉から去る。
4人は大通りを歩いた。
「ねぇキリエ?」
「どうしたの、サヤ?」
「ごめんね」
サヤはおんぶされている。
二人は故郷を思い出していた。嫌になる程、太陽が明るいだけの日々に。
アルクシャン村。穏やかな村だった。黄金の麦と、土の匂いに満ちた土地。経済は農業と裁縫だけで成り立っている。
みんな優しい。そして、ゆっくりと時間が流れていた。そんな村が私たちは少し居心地悪く、愛していたのは確かだった。
「サヤ〜、キリエ〜。そろそろ収穫祭があるから忙しくなるよ。あんた達も頼りにしてるからね」
そんな私たちは、収穫祭が唯一好きだった。このありふれた村に放たれた、唯一の非日常感。酔っ払いの歌が臭くて楽しい。
いつまでも続くと、思っている。
思いたかった。
収穫祭の前日。刈り取り終わった畑に、祭壇が建つ。豊穣を神に願うらしい。私たちは目に見えないそれを信じている。
「来年もおいしい麦を作ってくれますように。ほら、キリエもお願いしないと!」
「お願いしまーす!」
本心では、来年こそは違う日常を送れると願いながら。その祈りを捧げた。
翌日。村の外れに住むお爺さんが噛み殺されていた。魔獣の仕業であることは、大人から聞いた。最近になって、こんな話が増えている。
私たちは自身を恨んだ。
嘆願した非日常は悲惨な物語に塗られる。求めていた物ではない。しかし、二人はあまりに幼かった。自分たちの願いが神様に届いたと自責の念に囚われる。
あくる日も、あくる日も被害は収まらなかった。次第にこの村は穏やかな時間を失っていく。魔獣との戦いを繰り返す。
農民たちは慣れない武器を手に取り、私たちは魔獣の皮を刈り取る。
「二人で全部の魔獣を殺そう」
「サヤ……?」
くだらない非日常が始まった日、サヤは背負っていけない物を抱えてしまった。目に見えて病に伏せる事が多くなっていく。
二つの運命は歪みだす。
全てを背負おうとしたサヤと、過去を捨てようとしたキリエ。魔獣の血の匂いが、鼻につく。
秋風が拭ってくれた。




