第二十五話《世界の広さ》
警備隊拠点の上階に戻る途中、松葉杖をついたハイルに出会った。彼は一歩一歩に苦悶を浮かべながら歩いている。
「うぬすじゃねーか! こんな所で何してるん? 試合は見なくて良いのか?」
人前だとハイルは空元気を振り絞っている。自身に対しては難儀な質だ、そう<うぬす>は思った。
「少しやる事があって……。あ! あとキリエが初戦に勝ったよ」
ハイルは頷いた。
彼の中ではこの結果は妥当だった。長年続けた武の鍛錬に鍛えられた眼識。キリエと初めて会った時からハイルは強さを見抜いていた。
「うんうんって、当たり前みたいに」
「キリエの勝ちは当たり前だからだよ。歩き方見たか? 一切重心がずれなかった。そして華奢に見えて相当鍛えてるな、あれは」
「それでもギリギリだったんだぜ?」
「……もしかして、今医療室に向かってた奴が相手とか?」
戦いの転末を事細かく話した。身振り手振りで<うぬす>は伝える。キリエの弓術、ポポの人並み外れたタフネス。爽やかな戦いの結末まで。
純粋な目でハイルは聞き入っていた。
「そんな事があったのか。ま、勝てたなら良しだな。だけど一つ問題が……」
<うぬす>は首を傾げた。
「サヤの方だよ。キリエと比べてひ弱に見える。あと、ずっと歩き方が変なんだ。体調が良くないんじゃないか?」
「本当か? それなら結構まずいな……。ハイル、サヤの方は頼むわ」
「任せとけ!」
ハイルとの会話を終え、階段を駆け上がる。
よく見ると、その手には薬ような物が握ららている。とにかくそっちは任せた。
◇◇◇
息を切らし、袖で汗を拭う<うぬす>は医療室の扉の前に立っていた。ここの礼儀はわからない。学校の職員室と同じ作法で入室する。
「失礼します」
「どうぞ。怪我ですか? 体調不良ですか?」
「さっき医療室に入ってった人いませんでした? その人に聞きたいことがありまして。ポポって言う人なんですけど……」
中にいた白衣の職員が、奥のカーテンで区切られたベッドを開き、誰かと話をしている。会話途中、何度か頷き<うぬす>を見つめる。
「はい。問題を起こさないか監視させていただきますが、会話は可能です。確認が取れました」
カーテンが開かれると、そこには巨体があった。ポポだ。改めて間近で見ると、本当にデカい。
「初めましてポポさん。試合を見学させていただきました。お疲れ様です」
「誰だぁ? んん、あ! 卑怯な奴だな
何しに来たんだ?」
<うぬす>は苦笑いを浮かべた。あの試合ちゃんと覚えている人が目の前にいる。しかし、くだらない羞恥を<うぬす>は捨てた。これは知りたい事だ。
ゲーム「シニスト」において、竜人族には大きな意味がある。
「急にすみません……単刀直入に聞きます。竜人族との関わりがある方ですか?」
ポポの筋肉が隆起する。竜人族という単語に反応しての事だ。白衣の職員に少し宥められ、ポポは落ち着いた。
「それが、どうした?」
「西の地でも何かあったのかと。それと、個人的に話して見たくて」
「……そうか。お前は竜人が嫌いか?」
突然の質問だった。<うぬす>は迷いなく答える。
「嫌いじゃない。俺はこの世界の常識がないですから」
ポポの険しく、暗い顔が一転した。にこやかな笑顔とは程遠いが、それでも表情筋が緩んだとわかる。雰囲気がそう伝えてくれる。
白衣の職員も警戒を解いていた。
「話せる分だけだ」
「ありがとう」
冷たい医療室に、ゆったりとした空気が舞い込む。ポポが口を開いた。あの短気な男からは信じられないほど、理性的な声だ。
「おれは純粋な竜人族じゃないんだ。人族と竜人族との間に産まれた。最初は不思議だった、みんなよりずっと体が弱い自分が嫌だった。
そしておれだけが外の世界に興味があったんだ。村のみんなは外の町を恐れて連れて行ってくれなかったな。だけど、いいや。お前が聞きたいのはそんな事じゃないんだろ?
おれたちの村は焼かれた。巨獣にな。それでも、皆んな巨獣を最後まで信じてた。だから、死んじゃった。それが連鎖していって、気付けば周りの村もなくなっていた。
おれだけが故郷のあった地を捨てて、この町に来たんだ」
ゲームではない事が恐ろしい。たかが信仰心のために、自分の命まで投げ出す彼らの狂信。それを傍観するしか出来ないポポの心境は察してやるには、あまりに重く、<うぬす>ではわかってやれない。
初めは、何があったのか。ポポは竜人なのかと言う好奇心だけだった。それが変わる。
「なぁ、俺は故郷探しの途中なんだ。一緒に旅してみないか?」
戦いを見たんだ、ポポが一緒なら心強い。打算もあるが、それだけでは説明が出来ない熱を言葉が持っていた。
「ありがとう……だけど、おれは着いて行けない。この町で自分の力で生きてみたいんだ。
今度はただの話し相手として会いに来て欲しい、竜人だとわかった上で友達になってくれるなら」
「もちろん!」
ポポと<うぬす>は握手を交わす。
なぜかポポの身の上話で白衣の職員が泣いていたのは、追及しない方がいいだろう。
そろそろサヤの試合が始まるかもしれない、医療室から<うぬす>は出ていった。




