第二十三話《アルベルド》
ある小さな村に男の子が生まれた。名を、アルベルドと言う。その子はすくすくと育ち、立派な大人になり、農業を営んでいた。
そして、いつからか傭兵へと身を転じる。
彼の戦場に負けは、無い。
戦場の悪魔、狂兵、死神。アルベルドの戦果は平原を超え、山を越え、この中央都市バルーナにまで届いていた。
迷わず、彼は軍人としての道を辿る。その兵役の期間は1年。されど、アルベルドに勝る価値を生み出した者は一人もおらず。
少しして、警備隊が世の中に浸透してきた。時間と共に軍よりも大きな戦力を持ち、国の防衛の第一線となる。その時代ではもう、人同士の戦乱はなくなっていた。
誰しもが血を流し望んだ平和。しかしアルベルドだけは退屈だった。その平和の礎となった張本人がだ。そしてまた、彼は身を転じる。次は賞金首狩りとなる。
◇◇◇
「……バルーナに大きな犯罪者が少ないのは、アルベルドがいるからかもな。
って馬車のおじさんに教えてもらったの」
サヤの説明を聞いても、一向に<うぬす>の疑問は晴れない。なぜハイルが怒るのか。聞く限りでは、この国にとっては英雄なんだろう。
試合に目を戻す。
「ハイルゥゥゥゥ、私が憎いか? あぁ憎いだろう。お前は"あの日"の事が知りたくて仕方がないはずだ、くくっく」
初めてみた人だが好きになれない。真剣になってしまったハイルとは対照に、いつでも薄ら笑いをしている。この状況に快楽を覚えているといったような。そんな顔だ。
「どうやってくじ引きで僕の番号と合わせた?」
「簡単。奪えば良いのさ。もちろん、本当の11番は犯罪者じゃない。殺しはしないがね」
ハイルがやけに冷静になっている。しかし、その表情は悲しい。胸が張り裂けそうになる。酷い憎悪に身を震わせていた。
ハイルが剣を抜く。アルベルドが剣を置く。
ハイルが斬りかかった。その剣先は心臓の位置を正確に狙っている。
「殺す……!」
「いいねぇ、表情!」
一進一退の攻防。そんな綺麗なストーリーではなかった。圧倒的なハイルの負けである。
ハイルの斬撃と同時、その剣が一発の蹴りによって折られた。勢いそののまま、ハイルはコロシアムの壁にぶつかる。白目を剥いた。
「返してぇぇ、あげる!」
折れた刃は蝶の様にコロシアムを舞う。アルベルドはその刃の断面に合わせ蹴り飛ばす。それは気絶しているハイルの髪をかすめ、頬に少しの切り傷を与えた。まさに神業。人の成せる事に見えない。
<うぬす>の隣で座るサヤとキリエも絶句していた。
「……はっ、くっ!」
意識を取り戻したハイルは酷い痛みに襲われた。
ハイルの唇から血が出ている。それは、アルベルドの攻撃に起因しない。執念が漏れ出してしまい、自ら噛み切ったに他ならない。
再び折れた剣を握りしめる。両手を地面に突き立て、よじりながらハイルは立ち上がる。
「まだ立つか……。これは困ったね」
よからぬ方角に曲がったハイルの足。それは現に戦いの存続を否定した。もはや当分、踏み込む事すらままならない。
再びハイルは倒れた。砂埃と一緒に。
アルベルドが歩み寄る。
「んっ!」
驚きながらアルベルドは後退した。
ハイルの拳に握り込まれた砂が、アルベルドに直撃する。砂の煙幕と共に、折れた剣はアルベルドの足首を裂いてやろうとしていた。
「おぉ、危ない……」
アルベルドの服に。そう、服だけにダメージが入っていた。すでに勝負は喫している。ただハイルが負けと言うのを待つだけの時間に、皆が思っていた。
「私が告げよう。この私、アルベルドを"負け"と言う事で処理をしておいてくれ」
アルベルドは意識を失ったハイルに近づいていく。
「そうそう、少しだけ」
見事な手捌きで曲がった足に処置を行なっていった。もちろん治るわけでない。ただ、回復が早まるだけ。それ以上ないほどに完璧な応急手当てだった。
「審判、メリゼルナも近くにいるんだろう? 最初のシワ顔。あれ、犯罪者だから。拠点の裏に捨ててあるって伝えておいてね」
驚異的な跳躍で観覧席に飛び、アルベルドはコロシアムから出ていった。
恐ろしい嵐だった。それが過ぎ去った。
戦いは終わり、<うぬす>は急いで階段を駆け下る。人の目もくれずにコロシアムの中に入った。
「……ハイル!ハイル!」
「ちょっと! 勝手に入るな!」
待機していた警備隊に制止される。くそっ……。いや、医療室があるはずだ。そこに行くべきだ。今はただ労いたい。
「焦ってしまってすみません。ハイルはどこに運ばれるんですか? せめて」
「……拠点の上階に運ばれる。自身の試験に遅れないのならば着いてこい」
◇◇◇
そこから覚えていることをまとめよう。この会場にいた皆が、奇妙な表情をしていた。アルベルドを知っている者は恐れ、知らない者も恐れ、好奇心に満ちた者も恐れていた。
<うぬす>も例外ではない。
急ぎ<うぬす>はコロシアムを後にする。サヤとキリエも付いてきていた。
「大丈夫か!?」
ハイルは少しして目を覚ました。<うぬす>たちが駆けつけてから10分も経っていない。見上げた時、3人の顔が見えて安心したのだろう。表情が柔らかくなっていた。
「いってぇぇぇ……。てか、僕の足折れてるっ」
こんな軽口を叩く必要なんてないのに。3人は思った。思うしかできなかった。
ハイルの顔から悔しさが滲んでる。
これを含めてハイルと言う男なんだと、知ってしまったから。




