第十九話《実技》
深々と頭を下げて願う。その姿は宗教の敬虔な信徒に見える。しかし、<うぬす>は無宗教だ。改めて思い知らされるが、人間は縋っていないと落ち着けないんだ。
そう、現世では「シニスト」だけが居場所だと思っていた。だけれども、祈るしかない。無力だからだ。
集められた入隊希望者。
警備隊拠点の入り口の扉が開かれる。それは出口とも取れた。
メリゼルナが急に現れる。そして、大声で語る。
「次の試験は実技である。例年通りならば現職の者が相手だ……。しかし今年は私の裁量でやらせてもらおう」
軽々と、それが空気かの様にメリゼルナは大きな箱を掲げる。嫌な笑いを浮かべた。
「命の保証を私はしない。残る奴は残れ。去る者は今のうちだ」
臆病なやつらが数名逃げた。とても恥ずかしそうに、肩をすぼめながら。<うぬす>に引き下がる選択肢は取れない。
あの3人も残っていた。
「試験内容は希望者のトーナメント。試合内容は問わない。ただ、決められた相手に勝てば良い。"負け"を言わせるだけ。簡単な試験だ!」
その祈り手は解かれた。いとも容易く。
トーナメントの相手はくじ引きで決まる。ここが最後の望みだ。
順番が来て、箱の中に腕を入れる。<うぬす>たち入隊希望者は中の紙を弄った。少しでも自分に有利があると願って。
ハイルとサヤたちとは戦いたくない。紛れもない本心である。
書かれた番号は7だ。
それなりに上の番号になってしまうらしい。一息つく暇すら与えて貰えないのか。
<うぬす>の体は刻一刻と限界に近づいている。
「君……? 相手になってくれるのは」
振り向くとメガネの女が居た。その印象はどこか偏屈そうだと思う。長く、手入れの行き届き終わっていない髪。曇っているメガネ。
幸運なのは、外見は<うぬす>と変わらないほど貧弱。しかし、世の中はわからない。警戒に越したことはない。
「私……この試験初めてで、へへっ。あっ、名前はシーシです」
「よろしくお願いします」
言葉と対応に<うぬす>は困る。
割り振りが終わったらしい。
それにしても、やりにくい人だ。距離感というか、今から戦う相手に対して馴れ馴れしい。
変な感じに<うぬす>は戸惑い、緊張が悪い方向で緩んできてしまう。
◇◇◇
全員が番号を書かれた紙を握っている。
「くじ引きは終わったな。着いてこい」
メリゼルナが先導し、警備隊拠点の地下へと階段を下っていく。薄暗く、石の冷たさを鮮明に感じる様になってきた頃。
先の曲がり角から明かりが漏れていた。
「ここが試験会場だ。自分の番号が来るまではゆっくり座っていな」
まるでコロシアムだ。石造の壮大な装飾に、真ん中には砂だけが照らされた円形の舞台。その舞台を囲うように大量の椅子が並べられている。
大量に吊り下げられた明かりが、本来は暗いはずの地下を満遍なく照らしている。発光により生まれる熱で、少し暖かい。
「普段はランジェ同士の模擬戦。または余興に使われる。中々入れる機会はない。とくと楽しめ」
豪快な笑い声をあげて去っていくメリゼルナからは、圧を感じた。<うぬす>以外のほとんどの入隊希望者も同じく。
それで決意が揺らぐ者たちは居ない。軟弱者は上階にて去ったから。ここからが本番だ。何を残して、どう見られるか。
勝負の内容は相手と自分で決められる。ここがポイントだろう。考え続けろ、<うぬす>。
「両者位置に着いて、
第一試合 開始!!!」
早速、第一試合が始まっていた。
一旦試合に集中しよう。何かわかるかも知れない。<うぬす>は試合に釘付けになった。
袖のない服の筋肉質な男と、飄々とした細身の男の戦い。火蓋を切ったのは筋肉質の方。
「この試合は殴り合って負けた方が負け、それでいいよな」
「良いとも。その形式でやろう」
筋肉質が地面を踏み込む。その勢いのまま殴りかかった。この試合なら目で追えそうだ。<うぬす>の集中力も高まる。
飄々は避けだけで反撃に出ない。
「おらっ!おらっ! 攻撃しねぇと勝てねぇぞ!」
「そうかい……じきに分かるさ」
攻撃が止むところを知らない筋肉質の男。殴り、蹴り、そして回避の隙をついたアッパー。
それさえ当たらない。何故か当たらないっ。試合の内容は捉えているはずなのに理解ができない。頭を掻きながらも<うぬす>は予想する。
飄々は、スタミナ切れを狙っていると。
「攻撃をやめてしまうんですか?」
「ハァハァ。くそっ! この野郎!」
どんどん勝つ可能性を、自ら失っていく筋肉質。動きに無駄が増えている。一度引くべき、最後の機会が今であった。
「そろそろですね。お望み通り反撃に出るとしますよ」
筋肉質が休もうとするタイミングで、飄々が攻撃を仕掛ける。対応し、疲弊。それが繰り返され続けていた。
筋肉質が地面に倒れ込む。
飄々はその頭上に足を運ぶ。
「負け、と言えばこれ以上の攻撃はしませんが、どうしますか?」
「……参った、俺の負けだ」
第一試合終了。なんとも恐ろしい試合だった。<うぬす>の観察によってわかった事がある。
飄々は半端ない目をもっていた。筋肉質の攻撃の後、わざと隙を作って誘発させる。そう見えて仕方がない。
「第一試合勝者、ニック・ナンペレー!!!」




