第十六話《宿》
人の波が家に帰っていく。この町の活気がおもちゃ箱に片付けられている。目を細めて<うぬす>は宿屋っぽい場所を探した。
文字だと何処か判別できないからである!
右の方に民家とは違う雰囲気の建物。帰宅というには、あまりに入っていく人の数が多い。とりあえず行ってみよう。
おそらく死ぬ事はない……よね。
「すみませーん、」
受付台で話していた、恰幅の良い男が受付嬢に渋々どかされていた。<うぬす>は何歩か進み、男のいた位置に立つ。
「受付ですか? どぞ〜」
木製の受付台と可愛い受付嬢に出迎えられた。気怠げな三白眼。そこそこ短い白髪がよく似合っている。美人と言われる側の人間。
それは置いておかなくては。
「ここって宿屋ですか?」
「ん? 書いてあるだろ。ま、ここは宿屋であってるよ。で、泊まってくなら早くして〜」
「すみません。すぐに書きます」
差し出された紙にサインは必要。しかし、今の<うぬす>にはこの世界の言語、コマン語は書けない。これは困った事だ。
冷静になれば、なぜここまで生きて来れたのか疑問である。完結に言えば人に恵まれた。そういう事だ。それが毎回だとは限らない。
「はよしろ〜」
「俺、文字が書けなくて……」
「そ〜か。なら宿代だけで良いから出してくれよ」
ゴルド硬貨の詰まった財布。そう布袋を懐から出した。開け口を広げ、<うぬす>は銀貨を2枚差し渡す。さっきの男が出したのと同じだけの量。
「あ〜、少し足りない足りない。あと1枚必要だよ。出さないなら帰って〜」
悪魔のような薄ら笑いだ。どこか魅力的に見える。多分、この宿に人が集まる要因でもあると予想した。袋から銀貨をもう一つ渡した。それを受付嬢はこっそりとポケットに入れたのは見逃さなかった。
少し悔しい出来事を追求する気力、今は空っぽ。
「とりあえず一番奥の部屋空いてるんで、どぞ〜」
「ありがとうございますー」
棒読みの感謝を<うぬす>は伝えた。受付嬢は、今日の仕事が終わりだと扉に張り出す。そして上階に上がって行った。
とりあえず奥の部屋。早く寝よう。
「ここかぁ」
想像より遠かった。多分ここだけが空室だったから、部屋は合っている。疲れ切った<うぬす>には嫌な距離。
忘れ物を移動教室にしてしまった時のような。セピア色の懐かしい記憶だ。奇妙な音を鳴らして扉が開いた。
「おぉ〜」
思っていたよりは綺麗。不満があるなら細かい部分が何個か。特に問題なのが窓の建て付けが悪い。中々<うぬす>の力ではスライドしてくれないみたいだ。更に力を込める。
開いた! 開いてしまったのだ。夜風が心地よい。そして外からは怒鳴り声が聞こえる。多分、裏路地とかから。
アメリカなら発砲音もあっただろう。幾分かマシなんだろうか、この世界も。
鈍く心地よい空気を肺に取り込んだ。
ゆっくりと吐き出そうとした時、思わぬ来客。インターホンからではなかった。
開いた窓から<うぬす>に向かって誰かが飛びかかってきている。
「うわっ……。ってゼリさんじゃないですか!」
「いたた〜。何で避けるっすか! 男ならビシッと受け止めるべきっす!」
なぜ怒られているか<うぬす>にはわからなかった。無論、ほとんどの人が納得できない話。仕方なく、ベットの方にゼリを座らせた。
<うぬす>は床に正座である。
「それで用件はなんですか?」
「ババロアから伝言っす! ゴホン、
"うぬすサン元気? とりあえず忠告ね。ランジェは君を追うと思うよ。もちろん、ジブンとの関わりが原因だけど"
だそうっす!」
ゼリから手紙を無理やり手に詰められた。すぐに開いて読んでみると、ババロアからの忠告文なんだろうか? でも急いで書いた事がわかる。
「ゼリさん。読んで欲しいんだけど頼める?」
「良いっすけど、あとタメで行くっす。気味悪いっすから敬語は」
「ゼリさ……了解ゼリ!」
手紙の内容はこうだ。
「デカい女に会ったか? そいつには一番気をつけろ。おだらかで、大雑把に見えて実は粘着質な奴だ。ジブンを捕まえる為なら何でもする。名をメリゼルナ。そこの拠点のリーダー。
もし本当にどうしようもなくなったら、バルーナの町を囲う石壁、その西門に来い。そこの門番と通じてる。
後、ゼリに行ってあいつの財布は拠点の前に落として置いた。今頃は勘違いだと恥ずかしがってる所よ。それじゃあな、うぬすサン」
相当、大きな事件に巻き込まれたらしい。ペンチとのいざこざは解決に至ったと考えて良さそうだ。ババロアへの感謝は伝えきれない。
それと同時に、ババロアへの不信感も募ってしまう。こんなに優しい人がなぜ指名手配にと。
「あ、やばいっす! そろそろアタシは行かないと怒られちゃうんで!」
ゼリが窓から去って行った……。
その後の部屋には嵐の前の静けさを感じる。こんな調子になってしまうと<うぬす>でも眠れなかった。あと、女子と同じ部屋に居たのは少し恥ずかしかったのだ。




