第十五話《実力者たち》
ペンチの形相はまさしく鬼。睨まれた<うぬす>は縮こまるしか出来ないが、その姿を客観視したらどう映るだろうか。
ペンチの無理なカツアゲにしか見えない。
方や元気なチンピラ。方や貧相でかつ、服も血まみれ、怪我まみれのヒョロガリ。
もちろん<うぬす>に疑いは向かなかった。
イラつき、自分の理性で制御できなくなったペンチが詰め寄ってきた。もちろん拳を握りながら。
「よぉ。昨日の礼はたっっっっぷり返してやらねぇとな!」
不恰好な構え方で顔を守る<うぬす>に、不適な笑みを浮かべるペンチ。今にも昨日の事を口から吐き戻してしまいそうだ。
だけど、これ以上負けっぱなしもダメなんだ。昼間から大事にするほど相手も馬鹿じゃないはず。ここは人の目も多い。きっと大丈夫。
<うぬす>の予想は的中した。
「そこのチンケな格好をしたお前! 拠点での喧嘩は御法度だぞ」
「俺様の格好に文句があるってのかよ! あぁ?」
「そうだ。そう言っている」
振り向いたペンチは青ざめた。断崖絶壁に立たされたかの様に。震えている。その立ち姿も、自然と拳を開き、綺麗に気をつけしていた。
圧倒的なオーラ。ババロアよりも上。<うぬす>でさえ、強者だと感じ取れてしまう。
お祭り騒ぎの警備隊拠点も、いつの間にか静かだった。
「おや、すまない。とりあえず冷静にお互いの状況を聞かせてもらう。別々の部屋に二人を案内しなさい」
先程までは姿を見るのさえ恐れてしまう緊張感を走らせていた声の主。雰囲気が急に穏やかになる。
金縛りが解け、<うぬす>は見上げる。
体長が優に2メートルを超える女の人。この世界の中でも外れ値だとわかる。全身に張り巡らされた筋肉は、暴力性が全面に現れている。
それを踏まえて言おう。
どこまでも穏やかな立ち振る舞いだ。あのオーラの持ち主だと分からない程に。
「動けるか?少年。すまないが、この喧嘩を私たちで仲裁させてもらう」
「いや、……本当に助かりました。こちらの事情に巻き込んでしまってすみません」
「気にはしておきなさい。面倒ごとは避けるのが基本ですから。私は仕事があるので別のに案内させます」
最後の最後までペンチは暴れていたらしいが、すぐに縛り上げられていた。警備隊ってのは凄い。
<うぬす>からすれば、あのペンチを赤子みたいに扱う奴らが大勢いるのだ。これが警備隊。
明日、この肩書きを貰う為の試験に参加する。壁の高さに絶望するのは、違う。どうやって乗り越えるかだ。
案内として背丈が<うぬす>と同じぐらいの鎧を纏った男が選ばれる。部屋に連れ込まれるまで<うぬす>の思考は止まなかった。
「部屋に入れ」
鎧を着た人に案内のお礼を言って、入室する。
奥に一人、座っている。初めてみる不思議な雰囲気だ。優しいでもない。空気に近しいが、何か近寄り難い。
広い部屋に反して、装飾や家具類はなく、簡素な部屋に見える。敷かれた絨毯は新品の様。埃臭さは一つもない。とにかく整備が行き届いている印象を受けた。
土足で上がってもいいんだろうか?
「靴のままで大丈夫ですか?」
奥の人物が頷いた。少し罪悪感があるが、<うぬす>はゆっくりと絨毯を踏む。
「そこに座って。質問にまず答えていただきます」
腰掛けた椅子は柔らかいクッションが敷かれていて、寝てしまいそうになる。家具が無い、というより少数精鋭の物が詰め込まれた部屋と、認識が変わった。
「何でも答えます」
「1つ、あなたはこの件を解決させたい? 2つ、あなたと相手の関係 3つ、なぜこの様な状況になっているのか」
顛末を整理しよう。裏路地で絡まれた→殴られた→ババロアに助けられた。
どこから話すべきか……? 昨日の恐怖は鮮明に覚えている。しかし、細かな状況が記憶から抜け落ちていた。
それでも絶対に答えられる質問がある。
「俺は解決して欲しいです。正確には、相手との因縁を無くしたい」
「わかりました」
それにしてもこの人、男か女か定まらない。声の高さも微妙に判断しかねる。そして、深く被ったフードで顔は見えない。
華奢だと思ったが、それは認識を改めるべきだ。今まで会ってきた人物との比較は避けよう。
分からない。考えるべきで無い事象も追ってしまう、変な性だとは<うぬす>自身も理解していた。
「つかぬ事をお聞きしますが……」
やっぱり辞めておこう。流石に急だし失礼だ。口から漏れ出た言葉までは仕舞えない。だけど、まだ発していない部分なら大丈夫だと思っていた。
「こちらの情報についてはお答えできません。これが回答になります」
エスパーかよ! と<うぬす>は驚いた。
これ以上、質問の回答に推敲を重ねていても仕方がない。ありのままを全て話した。
人気の少ない大通り。そのチンピラ達と、助けてくれた人。
「ご回答ありがとうございます。お節介ですが、あちらの通りは管理が届きづらいので夕方以降の通行はお控えになってください」
「わかりました。これで質問は大丈夫でしょうか?」
「いや、最後にもう1つだけ宜しいですか?」
拒否する理由なんてないので頷いた。
どんな質問もどんと来い! という様な気持ち。
「ババロアについて。彼は現在、指名手配犯として国から追われています。元々は高レベルのランジェであった事もあり、なかなか捕まえられないのが現状でして、情報の提供をお願いします」
don't来いな質問だった。助けてもらった恩人が指名手配犯と言われた時の感情を知っている人は少ないだろう。第一、<うぬす>の周りには居ない。
コンマ数秒の思案。だが悩み、その末に言葉を決めた。
「助けてもらった後、すぐにどこかに消えてしまって。俺にも行方がわかりません」
「そうですか。ありがとうございます。質問は以上です」
もう日が落ちかかっている。
そして隣の部屋からはペンチの大声が響いていた。まだ終わらなさそうだ。
明日は試験だし、宿でも探してみるか。
背伸びをした<うぬす>は、警備隊拠点を後にした。




