第十三話《ツルの恩返し》
状況は最悪。大通りに出れたのは良かったが、依然として危機は去っていない。むしろ悪化していた。冷や汗と、色々な汗。
この世界の服に通気性を求めすぎるのは良くないが、それでも気持ち悪い。
「けっ、あんなヒョロに負けてだせぇな」
銅貨を喉に詰まらせたチンピラ1号が仲間に笑われている。その姿を見るに、安っぽい結束力でまとまった、哀れな暴力集団に他ならない。その証明。しかし無駄な証明だと言うのが事実。
焦った<うぬす>にQETの様な正しい選択ゲーは無理だ。
「ちょっと待てって。やっぱりお金?」
「なんだ察しが良いじゃねーかよ。ほら、有金全部だせや」
「それは〜、そのっ無理っかもです……」
悪手の中の悪手だった。なんと逃げた方向には、チンピラ1号が拳を構えている。もちろん、殴られた。倒れた<うぬす>を囲うように円が出来上がってしまう。
チンピラ1号vs<うぬす>の特設リングと……。外野があれやこれやと騒ぐ。その度にチンピラ1号のボルテージが上がっていく。
「やったれやったれ! ぶん殴れ!」
「ペンチィィィー次負けたらわかってんだろーなぁ!」
「殺せ! 殺せ! 殺せ!」
オッズがあれば<うぬす>の勝ちに千倍あってもおかしくない。チンピラ1号の名前はペンチらしい。
……それを知ってどうするんだ? <うぬす>の思考は乱雑に掻き回された。
「さっきはよー、よくもやってくれたな!」
強烈な右ストレート。回避コマンドはない。
震えた足は動くそぶりすら見せてくれないみたいだ。せめて腕だけでもと。
「ぐぅ…っ……」
顔面にモロに食らうのだけは避けられた。意外に痛みは少ない? ……生きている実感。もしかしたら!
「うっ、ぐはっ、 うぇぅっ……」
右、左、アッパー、下段蹴り。そこから<うぬす>に覆い被さってマウントポジション。
ペンチの猛攻に手も足も出ない。どこかの骨にヒビが入ったのか、呼吸だけで辛い。
怖い、怖い。
「嫌だっ……!」
殴られる直前に押しのけ、なんとか走る。
チンピラ集団の壁に突き返された。勢いそのままに、ペンチの拳が腹部にめり込んだ。
俯きながら<うぬす>は、吐く。
「嫌だ! 怖い……何で俺がこんな目に、」
外野が騒ぐ。笑う騒音の中にある残虐さ。
「なんでって、そりゃ。理由なんてねーよ」
それは<うぬす>にとってあまりに残酷な宣告。訳もわからず戦うしかない事。頭で理解できる範疇から外れた存在たち。
許せなさよりも、やるせなさが優ってしまう。
なぜ俺だけが、なぜなぜなぜ。<うぬす>は泣き出した。あまりにも幼く、拙い声で。
「誰か助けてくれぇ!! 誰か……」
「助けなんざこねぇよ!」
肋骨の辺りが明確に折れた。骨折未経験の<うぬす>にもハッキリと。
「誰か! 俺を助けてくれぇぇぇ!」
「だから、助けな……んて、」
蹴り……か? 速すぎて見えない。
直後ペンチが吹っ飛んだ。数メートル。囲いになっているチンピラごと転がされた。
助かったのか……? <うぬす>は緊張を解けない。経験によってようやく得られた危機感という物である。
「この状況をどうにかしたらさぁ、貸し借りは無しってなるか? 串焼きサン」
「あなたは……?」
腫れた瞼を広げると、そこには串焼き乞食。あの変な臭いを放っていた男がいた。その顔は見違えるように生気が満ちている。
よく見ると、短剣を腰に携えていた。
「なぁよ、お前たちサン。これ以上戦うかい?」
チンピラ集団は倒れた仲間たちを置き去りにして、足早に逃げていった。
串焼きの男は、剥き出しになった殺意を納めた。
そしてペンチたちのポケットを漁る。
「ほらよ。こいつらの金分けてやる。これは勝った者の権利だから気にすんな。
なに呆けてんだ? 早く取ってずらかるぞ」
「えっ、あ。はい! 助けてくれてありがとうございます。どうやってお礼は……?」
「だぁらぁ。礼がこれなんだって。串焼きの。な?」
漠然と座ったままの<うぬす>を無理やり裏路地に引っ張っていった。
敵意はない……と考えても大丈夫そうだ。
「ジブンの名はババロア。お前サンは?」
「<うぬす>です。本当に助けてくれてありがとう」
「うぬすサンね。了解」
そろそろ意識が朦朧としてきた。このままでは不味い。ここで倒れるのは避けなければ。しかし、いつ強制シャットダウンさせられるのかわからない。
足と脳みそが繋がってないと誤認させられるほど、動かない。動かない。
「とりあえず安全な場所に移しとくんで。ジブンの部下に任せて大丈夫」
【アバターの損傷重度。機能の停止を実行します】
アナウンスの声だ。これには抗えないらしい……。<うぬす>は完全に眠ってしまった。




