第十話《遠い道のり》
「我々が探しているのは、<うぬす>という男だ」
直感は大当たりだ。なぜ狙われているのか、そして理由。全てが謎。額に嫌な汗が湧き出て、それが首元を伝う不快感。じんわりと、にじむ。
「うぬすか? あぁ、それならバオックスで別れてきた所だ。オレらは今年の試験を見るためにバルーナに向かってる」
「今年の新人は粒揃いだと聞く。楽しみだな。
……ま、バルーナに行けば<うぬす>も我々と会うだろう。……置き土産を残しておく」
迷彩柄の一団が、再び森に帰っていく。その後ろ姿はすぐに音なく消える。嵐の前の静けさみたいだ。揺らいだ木々の間からルーシーが戻ってくる。
「ルーシー! 無事だったか?」
「ね、私は大丈夫だけど……。変な紙を渡されたよ」
ライは真っ先に、その2回折り畳まれた紙を広げてみるが、珍妙な顔をして止まってしまう。シエラ、ルーシー、ユリナ、ミーイ、イーラとみんなで回してみても、誰もわからないらしい。
そして順番が流れてくる。
「うぬす。これ読めるか?」
馬車から降りて手渡された紙を眺める。
…………………………………。
「おい、大丈夫か!」
「……読める。これ、日本語で書いてあるんだ!」
突然の出来事に理解が追いつかなかった。久しぶりに母国語を見た。それも、履歴書のような丁寧な字体で記されている。そもそも、この手紙を渡してきたならば、ここに<うぬす>が同乗していると最初からバレていたという訳だ。
内容は、「ここより遥か北、黎明国にて貴殿を待つ。我々は敵ではない、安心してくれ。しかし、この世界には警戒すべき事が多い。しかと、その胸に留意して頂きたい」だと。
内容に関してはピンとこない。「シニスト」に存在しない国についての記述だ。黎明国……?
いや、まずは日本人が存在する事についてだ。存在の可能性は全然考慮するべきだった。自分だけが特別に、などという現象の方が世の中少数なのだから。
ともなれば、黎明国を目指すのが当面の目標になるだろう。警備隊入隊は後回しか?
長い思案の末に、ライに相談するのが先決だと結論付けた。
「ライ、黎明国って知ってるか?」
「レイメイ国……。 あぁ! 最近出来た新興国だな。その手紙に何か書いてあったのか?」
ミーイが口を挟む。
「レイメイ国っすか〜。アタシ的には今向かうのはオススメできないっすね。あそこは魔獣の動きが日を増すごとに活発になってるって聞くんで」
「ね、ミーイの言う通り。それに、ランジェじゃないと確か通行もできないはずだよ」
情報ばかりが先行して、現状が変わらないまま。同じ場所で足踏みをさせられているような感覚だ。これはゲーマーとしても、由々しき事態。
停滞した空気を切り裂くようにユリナが口を開く。
「あなたさっき、ニホン語って言ってたわよね?
この言葉について教えてほしいわ」
「俺の元いた国の言葉。母国語なんだ。
しかしなぜ……」
小言を漏らす以外にしようがない。<うぬす>が日本人だと聞いているのは、ライたち以外は居ないはずだ。それも、信じてもらえなかったあの話。
裏切り物でもいるのか……?
ぎょっと、冷たい視線を感じる。振り向くと、シエラが短剣を構えていた。
「あんた! 私たちにまだ隠し事でもしてるんでしょ! ライ、やっぱり信用できないわ!」
「落ち着け落ち着け。急な出来事に焦るほど、オレたちは未熟か? いいや違う。警戒は大事だが、結果なんともなかった。元々うぬすとはバルーナまでの付き合いだ」
ライは、そう諭した。シエラは急にしおらしくなって、短剣をしまって馬車に乗ってしまった。
ここからバルーナまでは数時間かかるようだ。
「とりあえず皆さん乗るっすよ。そろそろ出発しないと日が暮れちゃうので」
感情が空気と一緒によどむ。<うぬす>は本当に泣き喚きたい気分だった。彼からしたら、変な世界で疑われ、殴られ、疑いを一時晴らし、また疑われる。もう、こりごりなんだ。
疲れは目に出る。
【機能の一部停止を実行します】
久々のアナウンスだ……。早く休ませてくれ。
<うぬす>は眠りに落ちた。
馬が地面を蹴り、走る音。それが床を通じて頭に響く。寝てしまっていた。一応、念のためだ。
クエスト表示。
【進行中のクエストを表示します】
《メインストーリー 帰還》
【クリア条件 この世界の攻略
報酬 現実世界への帰還】
変更はない。ゲームと違って小刻みに、正しい目標が表示される親切設計ではない。自身の居場所に戸惑う。ならずっと寝てたいぐらいだ。
【身体を完全に起動しますか? YES/NO】
YES。
まだ日が落ち切っていない。多分、1〜2時間程度眠ってしまっていた。ミーイが少し大きな声で伝える。
「そろそろバルーナ着くからなー」
みんな武器や装備をつけ始める。すぐにでも降りられる準備。<うぬす>はただ、木製の参加証を握り込むだけ。
「すみません。寝てしまっていました」
「起きたか。ま、この先の旅の方がもっと大変だろうけど頑張るんだぜ」
馬車が停止する。大きな石門そびえ立つ町、ここがバルーナだ。




