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163話--挑発--

 そうこうしているうちに決勝の一戦目、最後の試合が始まろうとしていた。

 ラウンジカフェで会った大柄な女性と中国のハンターだ。控室の会話が途切れて皆の視線がモニターへ揃い、私もモニターを見た。

 

 中国のハンターは剣を手に持っており、重心のズレから服の内側にも武器を仕込んでいるのだろう。

 大柄な女性は拳にバンテージを巻いて、防具は身に着けていないTシャツにチノパンという軽装だ。

 

 試合開始の合図とともに中国のハンターが剣を正面に構える。

 わずかに剣先が揺れている……? 力の入れすぎか、それとも恐怖か。大柄な女性が一歩、一歩とゆっくり歩みを進めた。

 それに呼応して中国のハンターも後ろに下がっていく。

 

 やがてリングの端まで中国のハンターが到達してしまい、これ以上下がることはできなくなってしまった。

 観念した顔をして雄叫びを上げて地を蹴った瞬間――大柄な女性の拳が中国のハンターの剣が自身に到達するよりも早く相手の顔面を打ち抜いてそのまま地面に叩きつけた。

 爆音と共に会場全体が揺れる。その揺れは私たちの居る控室まで届いた。

 

 土煙が晴れ始めると大柄な女性を中心に直径十メートルほどのクレーターができていた。

 中国のハンターは……生きているのか? これ……。

 土煙の切れ目に、倒れた体の輪郭だけが見えた。

 

『えー……視聴中の皆さん、安心してください。対戦相手の中国代表は先ほど生存が確認されました。地面に当たる寸前にアメリカ代表――シャーロット選手が拳をズラしたそうです……おや? シャーロット選手が日本の実況席に向かってきてますね? えっ、あっ、はい! どうぞ!!』

 

 カメラに映されている姿は日本の実況席に近づいて行ってマイクを受け取ったところだ。

 大柄な女性――シャーロットが口を開いた。

 画面の端に映る手が、マイクを片手で包んで持ち上げている。

 

 ……ん? 待て。シャーロット……? どこかで聞いたことがあるような無いような……。

 

『――聖女。数年前に、日本だけで開催された大会の再現したんだけれど、気に入ったかな?』


「めっちゃ日本語流暢になってる……」


『私は早くお前と戦いたい。私が、どれほど対等な相手との戦いを望んでいたか知らないだろう。お前との戦いは一番最後だ……今すぐにでも――そうか、当たった相手を皆殺しにすれば試合数が少なくなってすぐに戦えるか?』

 

 会場が静まり返る。

 国際交流戦の規則で故意的に相手を殺すことは禁じられているが誰もルール違反だの文句を言う者が居ない。

 いや、言ったとて意味が無いのだ。あの場にシャーロットを止めれる者なんて居ないのだから。

 

『仕方ないな。では手始めに次に当たる聖女の身内を――』


「【神速】」

 

 シャーロットの目の前に一瞬で移動してマイクを奪い取る。

 私だけに危害が加わるのならば黙って見ているつもりだったけれど、周りに危害を加えるつもりなら話は別だ。

 

「ちょっと言葉が過ぎるんじゃない?」


「ははっ! どれだけ私が無理を言っても他の奴らは黙って首を縦に振るしかできないんだ。私に勝てないからな」


「そう。私の居ない間に一位を取れてただけなのに良く言うね。日本には弱い犬ほどよく吠えるって言葉があるんだよ。知ってる?」

 

 私とシャーロットの間の空間が魔力で歪む。実況席に居た人たちはこっちに来る前に移動させている。

 シャーロットが一歩踏み込んで拳を私の顔を目掛けて繰り出してくる。瞬きせずに拳を待っていると鼻先でぴたりと止まった。

 

「何故避けない?」


「当てるつもりのない拳を避ける必要があるの?」


「はははっ! それもそうだ。――次は当てるぞ」

 

 先ほどとは打って変わって拳先がブレるほどの速度で逆の拳が繰り出された。特に難しいことをしていない素の状態の拳だ。

 拳の当たる場所――腹部の前に手のひらを差し込んで拳を受け止める。そのまま拳を掴んで力を込める。

 受け止めた瞬間、拳が当たったとは思えない爆発音と衝撃波が発生した。

 

 掴まれた拳を引き抜こうとしたがそんなことはさせない。ぐっ、と力を込めて固定しているとシャーロットが舌打ちをして魔力を解放した。それに応じて同量の魔力を開放する。

 同じようにシャーロットが魔力を循環させたら同じ速度で循環させる。私の意図が伝わったのか額に青筋を立てて更に魔力を解放した。

 間髪入れずに同じ量の魔力を解放した瞬間、ガラスのようなものが割れたような音が会場中に響き渡った。

 観客席の上で結界の線が走って、端の方から光が消えたまま途切れた。

 

「「あ゛……」」

 

 私とシャーロットの声が重なった。

 お互いに何が起きたか理解しているようだ。そう、観客席を守っている結界が壊れてしまったのだ。

 一気に興が覚めていくのが分かる。私が魔力を抑えるとシャーロットも魔力を抑えて気まずい空気が流れた。

 

「やっちまったなぁ……これ張るのに錬金術師共が三日三晩かけてたんだよなぁ……」


「他の会場は使えない?」


「無理だ。四連循環式って方式らしくてな、一つが完全に壊れたら全部ダメになっちまう。少しなら他に負荷を分散して何とかなるらしいんだが……」

 

 二人して頭を抱える。

 シャーロットが挑発したと言え、破壊したのは私たちだ。観客席にいるリシルを発見して視線を送ってみるがものすごい勢いでエマと首を振っていた。

 隣に居るアリエスも目を瞑って首を振っているので錬金術師組は打つ手無しだ。

 

 少し離れたところで観戦している小森ちゃん、七海と視線を移すが二人とも首を横に振っている。

 騒ぎを聞きつけて入場口の近くで立っている沙耶とカレンも見やるが同じように首を振られた。

 二人とも肩を落として、こっちへ近づく気配がない。

 

「全力が出せないのは難儀なものだな……」


「日本語めっちゃ上手くなってるよね。数日前まではカタコトだったのに」


「私は頭も良いからな」

 

 気分転換に談笑をしたが解決策が出てくるわけではない。悩んでいるとシャーロットが言った。

 拳を開いて閉じたりしながら自身がクレーターを作ったリングの方を見ている。

 

「こんなの神が出てきて理解できない力で何とかしてくれないと続行できそうに無いな」


「……神?」


「例え話だ。現実逃避みたいなものさ」

 

 神、と聞いて真っ先に浮かんだのは青いウィンドウの神々。でも、あの神々は見ているだけで干渉はできない。偶にしてくるのもいるけど。

 

 次に浮かんだのはルトリエだ。残念ながらルトリエ達は拠点で留守番をしている――一人を除いて。

 

「……ラスト。聞いてたでしょ?」

 

 応答がない。前にリビングで出てきたときは呼んだらすぐ出てきたのに……。

 気は乗らないがルトリエから聞いた奥の手を使うときが来たようだ。

 首元のチャームを指で探って、位置を確かめる。

 

 ネックレスのチャームの部分を口元に持っていき、そのまま口づけをした。

 すると、ネックレスが歪んで私の後ろにラストが現れた。私に密着するように手を前に回して頭を肩の上に乗せているラストの頬に手を添えて言う。

 

「ラスト。何とかできない?」


「ううむ……できなくはない。条件次第じゃ」


「えぇ……対価取るの……? 私にできることなら一つだけしてあげるから何とかして」


「うむ。承った」

 

 ぱちん、とラストが指を鳴らすと複雑な形の魔法陣が空中に出現した。膨大な魔力で魔法陣が形成されていて、ここと他に三か所で感じられる。

 沙耶が展開しているような平面的な魔法陣ではなく、ひとつの魔法陣に複数の魔法陣が縦、斜めに重なり連鎖している。

 

「りっ、立体魔法陣!?」


「噓でしょ!??」

 

 観客席からリシルとアリエスの絶叫にも似た声が聞こえてきた。ラストの横顔を見ようと頭を回したらこっちを見ており、目が合った。

 

「うわ、びっくりした。何でこっち見てるの……」


「妾の仕事はここまでじゃ。お主が全力で一点に攻撃せねば壊れることはないじゃろう……」


「ありがとう。助かったよ」


「うむ。くれぐれも報酬の件を忘れるでないぞ」

 

 そう言うと音もなくネックレスにラストが戻った。 観客席の二人が立ち上がって何やら騒いで指示を出している声が聞こえる。

 浮かんでいた魔法陣がひと際輝くとリングに結界が展開された。

 遠くの方から人だかりがこっちに押し寄せてくるのが見える。報道陣ではなく、皆が白衣を着ているようだった。

 

 どうやらラストの展開した魔法陣は世に知らされていない技術な気がする。

 面倒ごとになる前に逃げよう。

 

「シャーロット。ふざけた事したら私が貴女を殺す。どんな手を使ってもね」


「ははっ、悪かったよ。アメリカンジョークさ。殺す気なんて元から無いさ」

 

 中指を立ててシャーロットに向けてから入り口で固まってる沙耶たちを回収して控室に戻った。


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