162話--二人の決勝戦--
控室に戻るとモニターには沙耶が映っていた。
私の方に来ていたのは自身の試合のついでだったのか。まあ、それで国際問題にならずに済んだのだから感謝だ。
沙耶の対戦相手はロシア代表の槍使いだ。槍の柄を両手で握り、肘を畳んだまま穂先だけを沙耶へ向け、足先を開始線に揃えている。
決勝戦まで残っている魔法使いは沙耶一人で他は近接武器を使う者達だけだ。余程、魔法の展開速度と物量の展開ができないと一対一の対人戦で魔法使いは向かい風だろう。
相手が姿勢を深く構えて試合開始の合図を待っている。あの構えは間違いなく技能の【突進】だ。槍先を床につけて体の軸固定している。合図と同時に踏み込むつもりだ。
魔法使いの弱点は速戦即決の一点突破をされることだろう。しかし、想定していたのか沙耶の口角が少しだけ上がった、開始線の位置を一度見てからすぐ相手の手元へ視線を戻している。
できることをしたい、と交流戦が始まってから毎晩、対戦映像から当たりそうな相手の分析をしているのだから流石だ。
試合開始の合図と共に対戦相手がカメラから消えた。槍の穂先が画面の端を横切ったと思った次の瞬間にはもう姿が見えない。
カメラが切り替わると沙耶が宙に浮いて足先が床から離れ、影だけが床に落ちている。
いや、吹き飛ばされたんじゃなくて物理的に……。
「【飛行】……? いや、【浮遊】かな……?」
「ん。頑張って覚えてた。近接武器持ちは空中への攻撃手段が乏しい」
「そうだね。【突進】の発動条件は地面に足が設置していることだから上に逃げちゃえば影響ないし」
沙耶が笑った理由が少しだけ分かった気がした。構えを見た瞬間に地上で受ける判断を捨てて上へ逃げるのは最善の手段だろう。
そもそも技能書の【浮遊】や【飛行】自体が非常に貴重なもので、市場には滅多に出回らない。
回帰前の私でさえ見かけたのは一度だけだ。【飛行】に関しては一度も見たことがない。ただ、使っている者は見たことがあるので実在はするのだろう。
つまり、沙耶の【浮遊】はリリィから教わった魔法の一つなのだろう。宙に留まったまま手の動きが止まらず、指先が次の術式を構築している。
「対戦相手は詰みだね」
「ん。空中への攻撃手段が槍を投げることしかない」
「突きを飛ばす技能もあるにはあるけど、習得してなさそうだし」
その技能を習得していれば初手は【突進】じゃなくてそっちを使ったはずだ。
あの開始位置なら【突進】より弾着が速いから使わない理由がない。
そこからは沙耶の一方的な攻撃だった。
最初、相手は攻撃を防いでいたが、宙から降り注ぐ魔法を槍で受けて足元へ広がる魔法を避けながら一歩ずつ下がっているうちに受ける角度が狭くなっていき、圧倒的な魔法の物量によってガードが崩れたところに差し込まれて戦闘不能。
そうして沙耶の勝利で終わった。
ただ、この試合で見せてしまったので次の試合からは通用しにくくなるだろう。
この決勝戦に残っているのはハンターの上澄みの者たちだ。今の動きを見たなら間違いなく対策を考えるはずだ。
「ん。行ってくる」
「次はカレンか、行ってらっしゃい」
控室でカレンを見送ると入れ替わりで沙耶が帰ってきた。
労いの言葉をかけて一先ず勝利の喜びを分かち合う。
沙耶は椅子の背に指を掛けたまま、座る前にもう一度モニターを確かめてから座って言った。
「お姉ちゃん、私気づいたんだけどさ……」
「何に?」
「魔法使いってもしかして、一対一の対人戦って不利?」
「うん。決勝に行くまで気づかないところは流石私の妹って感じするね」
「お姉ちゃんほど脳筋じゃないから一緒にしないで」
事実なので否定はしない。
なんて言うか悩んでいると沙耶が先に口を開いた。
「実は使う気なかったんだよね、 【浮遊】」
「そうなんだ。笑ってたから最初から使うつもりなのかと思ったよ」
「相手が構えた瞬間から攻撃の意識、なのかな? 殺気かな……。それを感じて地上で戦う選択肢が全部潰れたのが分かったんだよね。どうしようもなくて笑っちゃった。奥の手として取っておきたかったのに……」
「やっぱり決勝まで残ってるハンターたちは一味違うねぇ……」
沙耶に返答してモニターを見やる。
カレンがリングに立っており、対戦相手は敗者復活戦で上がってきたアメリカ代表の一人だ。
武器は巨大な戦斧で全身を重そうな鎧で頭まで固めている。肩当ての縁が重なっていて斧を構えるだけで継ぎ目が擦れて音が鳴りそうな作りだ。
試合開始と共にカレンの姿が消える。相手はどっしりと構えて身動き一つしない。戦斧の刃先だけが僅かに上がって待ちに徹することを決めている。
短剣を使っている者は総じて動きが速く、攻撃が軽いというのが定石であり力のある者はもっと長い獲物を扱う――と思うのが現時点の地球での考え方だろう。
カレンが相手の懐に姿を現す。短剣を地面に放って拳を強く握った。
……ご愁傷さまだ。
鈍い音がして相手の鎧が拳の形に沈む。沈んだ金属の縁が戻らず、そのまま拳の跡が残った。
カレンが短剣を使っている理由は好きだからだ。力が弱いから使っているわけじゃない。
四種族の血を継いでいるカレンは全てを使えるようになるために他の兄妹たちの数倍の訓練をして強くなった。
前までは私だって振りほどけない時があったんだ。そんな者の力が弱いわけがないじゃないか。
そのまま拳を叩き込んでいると相手が盛大に血を吐いて倒れた。吐いた血が鎧の隙間からこぼれて、床に点を作っていく。
地面に倒れ伏した相手は微塵にも動く気配はなく、審判が試合を止めてカレンの勝利で試合が終了した。
無表情でカメラにピースだけしてリングを下りるカレン。
沙耶も試合後にカメラへ手を振っていたが、もしかして何かしないといけない決まりなのだろうか……?
「また変なこと考えてるでしょ。顔に出てるよ」
「いや、二人ともして……まあ、いいか。今までしてなかったのに急に何かしたら変だろうし」
「珍しくまともな考え……。もしかして偽物!?」
「私だって偶には普通の事を――」
「ん。試してみる」
ちくり、と首筋に痛みが走る。
背中を伝って甘い電流のようなものが腰へと響いているのを堪えて、血を吸っているカレンにデコピンを叩き込む。
額から出た音とは思えない音と共にカレンが首筋から離れた。
「ん……本物」
「何で私の防御を平然と貫通して吸血できるの?? 首筋には魔力厚めに流して常にガードしてるんだよ?」
誰であろうと首が落ちたら例外なく死ぬ。
そのためどんな状況でも対応できるように首筋へ魔力を多めに流して強化しているのだけれど、意識しているはずの場所が何故か、カレンとリシルの吸血にはそれが適用されていない気がする。
「ん。血の契約」
「……なにそれ?」
「ん。吸血鬼に血を吸わせた者は吸血行為を攻撃と認識しなくなって牙を受け入れる契約。つまりあーちゃんは噛まれる前に防がないと意味なし。魔力によるガードも防御力も無意識でオフにして噛まれてる」
「そんな契約聞いたことないんだけど……」
「ん……? 言ってない気がする……? でも時すでに遅し」
「ちなみにその契約が発生する条件は?」
「ん。吸血時に本人が自らの意思で血を吸わせた場合のみ契約になる。どっちかが死ぬまで続く」
「そんな重要なこと何で今!? ってかもうカレンとリシルとチルシー……三人と契約済みってこと?」
「ん。そうなる」
深いため息が漏れる。
結構重要なことを今聞かされた……。【全知】、カレンとリシルの契約ってクーリングオフできないかな?
『回答します。できません。契約から八日が経過しているため不可です』
「そこは現実のクーリングオフと同じなんだ……」
前もって知っていれば直接血を吸わせることなんてしなかったに……。
こればかりは己の短慮さを恨むしかないな……。




