161話--決勝一戦目--
その後は特に問題になることなく国際交流戦の二日目が始まった。と、言っても皆の試合は特に代り映えしなかった。
チルシーがブロック内の準決勝で負けてしまい、日本代表として決勝戦へ進むことが出来るのは私と沙耶、カレンの三人になってしまった。
それでも合計で八ブロックある中で三人が日本代表であることは喜ばしいことだ。紙面の端に各国の国旗が添えられていて、日本だけがやけに目に入る。多分、白い背景に赤い丸だから目につきやすいのだろう。
他の進出者の割合はアメリカ二人、中国一人、ロシア一人、イギリス一人となっている。
後は敗者復活戦でアメリカと中国に追加が一人となっている。
交流戦と言っているが資金力による装備の差と控室に用意されている回復薬の質はどうしようもない。上級の回復薬は高いが死んでいなければ傷が塞がる優れモノだ。
連戦となればなるほど試合後に回復薬は使うだろうし、私たちのように傷一つない方が少数派だ。
「あの大柄の女性はアメリカ代表かぁ……」
「え……? お姉ちゃん、あの人知ってるの?」
「そう……なのかな? 前にラウンジカフェで会ったんだよね。沙耶こそ知ってるの?」
「知らない人は居ないと思うよ……? だってハンターランキング一位の人だし」
「――なるほどね」
あの実力なら一位なのは納得だ。
試練場に行く前の私だったら苦戦していたかもしれない。
自身であのレベルまで到達できるのであれば、もしかするとあの時見せた四方向の魔力循環も……いや、二方向から四方向は難易度の差が尋常じゃない。
できないと思うが警戒はしておこう。
「いや、一人で納得しないでよ。全然説明になってないじゃん」
「決勝戦で当たっても無理はしないでね」
「過保護だなぁ……。相当強いのは分かるよ、でも私だって戦わずに諦めるのは嫌だよ」
「そうだね。強い相手と戦う経験は大切だからね」
沙耶は口を尖らせて腕を組んだ。
ただ、無理はしてほしくないのは本音だ。私は控室の掲示された紙に書かれた死傷者十五人という行を指でなぞり、途中で止めた。
この国際交流戦の個人戦に参加したのは合計で約九百人ほどで死傷者は十五人。
刃引きされていない真剣を使った試合で亡くなった者がこの数というのは果たして多いのか、少ないのか。
故意的に起きたことじゃないことを祈りたいが世界はそう綺麗ごとだけではない。思考が変な方向へ行きそうになったので、首を小さく振って沙耶の肩の位置まで視線を戻した。
余計なことを考えるのは止めにして明日の決勝戦に集中しよう。
「何か面白いことがあればいいんだけどなぁ」
「不穏なこと言わないでよ……」
呟いたことを沙耶に拾われてしまった。沙耶の手が私の袖をつまみ、すぐに離れる。
私としてはもう少し戦いになるといいな、と思っている。
◇
寝て起きて懲りずに朝の散歩をして、ホテルに戻るとエントランスで相田さんが待っていた。
今日は襲撃されることはなかった。
「おう、嬢ちゃん。相変わらず朝が早いな」
「まあね、習慣みたいなものだよ。こっちに来たってことは何か用事があるんでしょ?」
「あぁ。決勝戦では目隠しを外せ。と、決勝戦に出る各国から要請があった。ふざけたパフォーマンスに付き合う気はないとさ」
「そうなんだ。じゃあ好きにさせてもらうよ」
私は頷いて足先をエントランスの奥へ向ける。その後、相田さんと事務的な話をして解散した。
私はくじ運がないからか決勝戦でも第一試合を引いてしまったようだった。相手は敗者復活戦を勝ち抜いた中国のハンターだ。
「はい、あげる」
私は目隠しを指でつまみ、沙耶の手のひらへ落とした。
「着けないで戦うんだね。私も手加減はしないから」
「ん。本気で殺しに行く」
「ははっ、じゃあ負けられないね」
沙耶とカレンに見送られて控室を出る。背中の方で手が動いたのが視界の端に入り、私はそのまま歩いた。
リングに上がると対戦相手の選手が待っていた。
「お前が、聖女か」
「日本語……じゃないね。自動翻訳の装置か、助かるよ」
中国語の後に一瞬だけ遅れて日本語が聞こえてくる。耳元の小さな機械が薄く熱を持っていて、声が二重に届くのが分かる。
日本語以外の言語ができない私からすると非常にありがたい。
試合開始の合図とともに相手から魔力と似た力が放出された。
完全な魔力ではなく何か別の力が混ざって性質が変わっている。空気の粒が細かく振れるみたいに、肌の表面がざらつく。
接近して高速で剣を私に突き刺そうとしてくるのを手で払って距離を取る。刃の腹を指先で弾くと、金属が短く鳴って、手のひらに冷たさが残った。
相手の力がどういうものか分からないうちは不用意に接近しない方がいい。
目を凝らして相手の力の流れを読む。
「始まりが胸の中心じゃない……?」
私のように魔力を扱う者は胸の中心にある魔石を起点に魔力を循環させている。
だけれど、目の前の相手は胸の中心に魔石があるのは感じられるが魔力の起点がヘソの下――丹田あたりから循環している。
「貴様らのような者には理解できないだろうな。これは我ら中国の歴史の――」
「効率悪くない……?」
一瞬だけ革新的な何かかと思ったけれど、よく考えたら特別な理由がない限りは効率が悪い。
魔力を魔石に取り入れた後、体内で変換して丹田辺りに溜めている。利点として考えられるのは魔力自体が体外に出るわけではないので感覚の鋭い者以外には気づかれない。
他には……何かあるだろうか。相手の足運びを見ながら考える。
実際に使っている者と話ができれば良いのだろうけど、今の私の発言で相手からの印象は最悪だろう。
「やはり閉鎖された島国に残っている知能の低い奴には理解できないか」
「利点があるのは分かるけど、それを帳消しにするほどのデメリットが大きすぎるよね」
デメリットは体内に溜めるのに変換することを挟む都合上、緩やかにしか溜めれない事だ。使った後の回復も遅い。
メリットは爆発的な力が出せる。しかし、持続力が無いのであれば初手で仕留めきれなかった時点で相手に勝てる確率が低くなる。
「剣を取れ。貴様に我らの歴史の重さを味合わせてやろう」
「はぁ……後悔しないでよ」
望みの通り剣を出して構える。
本気の時は少しばかり人に見せられない動きと構えをしているので、この相手には手加減用で十分だ。
剣の扱いに関しては確かに上手い。
長い年月をかけて色々な者が磨いて伝承してきた感じが伝わってくる。ただ――。
「力が弱い」
相手と剣を合わせた瞬間に力を込めて振る。刃が一度だけ鳴り、次の瞬間には相手の体が後ろへ流れていく。それだけで相手はリング端まで吹っ飛んだ。
力が同じ者同士での戦いの経験しかないのだろうか。対人戦は問題ないがモンスター相手や単純に力の強い相手に対しての想定が甘すぎる。
「折角、剣を出したんだ。すぐ終わらないでね」
魔力を徐々に解放する。三割ほど解放したところで上空からピシッ、と何かがひび割れる音がした。私は天井の方向へ一瞬だけ目を向けて、そこで止める。
……多分、観客席を守るためにリングを囲っている結界だろう。破壊したら面倒なことになりそうなので少しだけ魔力を抑えた。
「人間にこんな力が……ありえん……」
「いくよ」
地面を蹴って相手に接近する。速度に反応できていないのか間合いに入っても無反応だ。剣先が追いつかないまま、相手の目だけが私を探している。
そのまま一刀両断――してしまうと国際問題になり兼ねないので骨に届かない程度に四肢を切り刻む。手首の手前、肘の外、膝の脇、足首の上。刃を滑らせるたび、血が細い線になって飛び散った。
斬り終えて私が動きを止めると相手が血を吹き出しながら苦痛に歪んだ表情で崩れ落ちる。
膝が床に当たる鈍い音がして、剣が指から抜けて転がった。
試合終了の合図が会場に響き渡る。
周囲を見やると沙耶が青い顔をしてリングの方へ向かってきて何かを投げた。それをキャッチして確認する。
控室に用意していた上級の回復薬だ。瓶のガラスが手のひらで鳴り、液体が中で揺れた。
私は必要ないのだけれど、と首を傾げて沙耶の方を見ると、下を見ろと沙耶がジェスチャーしている。
沙耶が指している方向の下を見ると血だまりに沈んでいる私の対戦相手。
医療班は……担架を持ってこっちに向かってきているが遅い。この出血量だと到着までに失血死する可能性があるだろう――と分析している場合じゃないな、これ。
私は瓶の栓に爪をかけ、回復薬の蓋を開けて対戦相手にかけるとみるみると傷が塞がっていく。
死んでいる者には回復薬は効果が無いので、効いたということは生きているのだろう。
沙耶に親指を立ててグッドポーズを送ると怪訝な顔をされた。
久々に剣を振るえたことで頭がいっぱいで出血の事まで考えが及ばなかった。最後に剣を使ってまともに戦ったのはラストとの戦いだ。
斬ってもすぐ治るような相手しかいなかったので斬ったら血が出るという至極当たり前のことを忘れていた。
リングから降りると沙耶が言った。
「できる妹に感謝してね!」
「うん、ありがとう。あのままだと大変なことになるところだったよ」
沙耶の頭を撫でて感謝を示す。
こうして私の決勝戦第一試合は無事に勝利で終わった。




