164話--全力--
「戻ってきて大丈夫だったの?」
「なんで?」
「だって、次の試合お姉ちゃんだよ」
「……リングの修復するから時間あるでしょ」
考えなしに出ていったので次の試合とか気にしてなかった。手元の端末を取り出して時間を確認する。
モニターにはリングの修復作業が中継されていた。シャーロットが盛大にリングを破壊したので直す人も大変だろうに……。作業員たちが魔法を使って瓦礫を寄せ集めている映像が映っている。
気を取り直して次の対戦相手の情報を見る。画面をスクロールしてトーナメント表の先をタップした。
アメリカのハンターで私より賭けの倍率が高い一人だ。シャーロットと同じパーティーの一員でもある。
それに、さっきからシャーロットと言う名前に聞き覚えがあり、最初に聞いた時からずっと頭の片隅に引っかかっている。視線を画面から外して過去の記憶を探る。
「絶対どこかで聞いたことがあるんだけどなぁ……どこだっけな……シャーロット……」
「何か気になることがあるの? お姉ちゃんが真面目に戦えば勝てるでしょ」
「それはそうなんだけど……うーん……」
「私は次の試合で戦わないといけないんだよね……何か弱点があればいいんだけど、普通に肉体系のパワータイプだよね。ここ最近の小森さんみたいに――」
「それだ!」
回帰前に一度だけ会って話を聞いたことがある。沙耶の言葉で、さっきから思い出そうとしていた名前と顔が一致した。
【支援】スキル持ちで強化効果が自身にしかかけれない代わりに効果量が尋常じゃない者。肉体一つで歩く災害とまで言われた『破壊王』のシャルだ。素手でリングを粉砕していた当時の光景が、モニター越しの映像と重なる。
そうか、シャルは愛称で本名はシャーロットか。海外では名前を愛称にすることがあるのを失念していた。端末に表示されたフルネームの綴りを目で追う。
『破壊王』ならあの実力も納得だ。さっきモニターで見た、一撃でリングを粉砕した光景を思い返す。
常に最前線で戦い続けて目につくものを全て破壊するような奴だ。あの性格もようやく腑に落ちた。相手の言葉を聞かずに拳を振り上げていた姿を思い出す。
回帰前の『破壊王』は戦いを求め続け、その戦いの最中に何者かに殺されていたはずだ。
あの頃はまだ勇者は居なかったはずなので魔族か何かもっと別の存在と相対したのか。当時の訃報を聞いた時の記憶を辿るが、肝心の相手の情報までは出てこない。
「急に大きな声出さないでよ……何かわかったの?」
「うん。自己強化型の【支援】持ちだよ。今の小森ちゃんの数十倍の力はあると思った方がいいかも」
「……数十倍??」
空へ飛ぼうとする風竜の尾を掴んでそのまま地上に引きずりおろすような膂力を持つ小森ちゃんの数十倍だ。呆然としている沙耶に視線を向けて頷く。
そう考えるとさっきの中国ハンターとの試合はかなり手加減していたのだろう。リングの崩壊具合から逆算して本来の出力を推測する。
本当に『破壊王』なら会場全体が吹き飛んでてもおかしくない。多分魔力を込めていない素の力だけで地面を破壊したのだろう……。
「悪いことは言わない。カレンでも勝てるか分からない相手だよ。無理だと思ったらすぐに棄権すること」
「でも、棄権したら……」
そう。決勝の特別ルールで棄権はその試合だけでなく残りの試合全てを棄権することになる。トーナメント表の横に書かれている注意書きの文字を見る。
私と戦うことを目標にしていた沙耶からすると辛い決断だろう。下唇を噛み締めて画面を見つめている沙耶の横顔を見る。
「力、耐久、速度。全てが沙耶にとって相性が最悪だから……まあ、全力をぶつけてみてからでも考えるのは遅くないから頭の隅っこにでも置いといて」
「うん。何もしないで棄権するのは嫌だから最初から全力でやるよ」
「その意気だよ。変なことが起きないようにリング横で見てるからさ」
何かが起きる可能性はゼロではないため見張っておくのが確実だ。何かあればすぐに割って入れる距離を維持しておく必要がある。
モニター越しだと対応が遅れる場合だってある。カメラの死角に入られたり、映像が途切れたりするリスクは避けたい。
「会場の整備が終わったみたいだから行ってくるよ」
「行ってら~。ハンターランキング二位の人みたいだから気を付けてね~」
そうだ、次の対戦相手を調べようとしてたんだった。沙耶が控室を出ていった後、放置していた端末の画面を再び開く。
賭けの倍率が高いというのは世間的に私より期待されてる、という事とさっき沙耶から聞いたハンターランキングが二位ということだけだ。
リングに向かうと既に相手が待っていた。新しく敷き直された石板の中央でこちらを見ている。
武器は双剣、防具は重要な部位だけ守れるような最低限の装備だ。両腰に下げた剣の柄に手を添えて重心を落としている。
「聖女。俺の剣が、どれだけの高みに居るか貴様で試させてくれ」
「……自動翻訳だね。いいよ、私からは攻撃しないであげる」
「――傲慢だな。いや、それも強者の特権か」
相手が双剣を正面に構える。両手で抜いた二振りの刃が日差しを反射する。
私も剣を出して自然体に構えると試合開始の合図がされた。剣を取り出し、剣先を下げたまま開始のブザーを聞く。
それと同時に相手が高速で駆け出して連撃を繰り出し、全て剣で弾く。集中豪雨のような絶え間ない連撃が続く。目まぐるしく変わる刃の軌道を、手首の返しだけで捌いていく。
……なるほど、確かに二位にいるだけはある。打ち合うたびに腕に伝わる重さが増していく。
「流石だ。本気で行かせてもらうぞ」
大量の魔力が相手から溢れ出た。足元の石板が圧力で微かに軋む。
見た感じ私の三割ぐらいの魔力が二方向で循環されている。体内を巡る魔力の流れが、右腕と左腕でそれぞれ独立して加速しているのが視える。
攻撃の間隔が短くなり、速度も上がった。私からも流石と言いたいぐらいだ。金属音が重なって一つの連続音に変わる。
シャーロット以外の二方向の循環を使える者だ。ハンターランキング二位というのも伊達ではないという事だろう。左右で異なるタイミングで打ち込まれる重い斬撃を剣の腹で受け流す。
すべての連撃を防ぎきり、力を込めて押し返す。相手の双剣が交差した瞬間に剣先を割り込ませ、手首を捻って弾き飛ばす。
「ハァッ、ハッ……。頼みがある」
「いいよ。言ってごらん」
「本気を、見せてほしい。制限なしの全力を」
「――分かった」
私の全力……か。黒タイツを球体に戻してリング外に放り投げる。爆音と共に会場全体が揺れた。球体が地面に衝突した瞬間、地面が砕けてすり鉢状の窪みができる。
抑え込んでいた表層の魔力と圧縮して固めていた深層の魔力を解放する。私を中心に魔力の暴風が吹き荒れてリングの結界が悲鳴をあげた。透明な障壁の表面にひび割れが走る。
放出している魔力全てを循環させていく。一、二、四、――八。まだ増やせそうな気もするが……今はこれが限界だ。
ルトリエからの闇、そして【器】から【光】、【風】、【水】、【闇】を引き出して剣に込める。刀身の周囲に五色の光が螺旋状に絡みつく。
腰を落として剣を構える。足元の石板が魔力の余波だけで砕け、足首まで沈み込んだ。
「……バケモノめ」
「――いくよ」
足に力を入れて地面を蹴り、踏み込んだ右足の先から放射状に地割れが走る。
衝撃で地面が窪むよりも早く、すべての音と景色を置き去りにして相手の横で剣を振りかぶる。相手の目が私を見失って正面を向いたままの状態で真横に刃を向ける。
……見えてないな。当てないように剣を軌跡を外して空を切る。手首を僅かに返して刃の向きをズラし、相手の頭上を通り過ぎるように振り抜いた。
魔力と合わさって全ての力の奔流が結界に向かって飛んでいく。それは結界を容易く破壊して観客席にぶつかろうとした瞬間――。五色の光線を纏った斬撃が、ひび割れていた透明な障壁を消し飛ばす。
「大バカ者が!!!」
何者かが観客席と飛んでいる斬撃の間に出てきて真っ黒い剣で斬撃を上に弾いた。
――黒い髪に凛とした声。弾き飛ばされた斬撃の余波で、長い黒髪が後ろに靡いている。
「バカも過ぎて大バカ者じゃ!! こんな力をか弱い人の子に向けて放つとは!!」
「……ルトリエ? 何でここに――」
「何でも何もあるかい!! 妾が間に入らんかったらこの大陸自体が消し飛んでおったぞ!?」
ルトリエの言葉を聞いて事態の大きさに気付く。上に弾かれた斬撃が、遥か上空の雲を真っ二つに裂いていくのが見えた。
いつの間にか私の後ろにラストが居て、肩で息を切らしている。ラストがルトリエを呼んできたのか。
「確かに。空に向かって放つべきだった。申し訳ないことをしたね……」
危うく大量虐殺者になってしまうところだった。相変わらず私は考えが甘い。観客席で固まっている人々の顔を見て剣を下ろす。
ラストが全力でも大丈夫と言っていたのを盲目的に信じてしまった。結界の強度を過信して、出力の調整を放棄した自分の判断を悔やむ。
「……俺は棄権する。力の頂点を見れただけで満足だ」
笑いごとで済まされることではないが、奇跡的に負傷者は居なかった。ルトリエが渋い顔で上を指さしている。真っ二つに割れた雲の隙間から、あり得ない景色が覗いていた。
その方向を見ると日中なのに青空と夜空が同居していた。斬撃が通り抜けた軌跡の周辺だけ、星が瞬く暗闇が広がっている。
「全く……妾が後処理をせねばならぬのか……帰ったら覚えておくんじゃぞ?」
「ごめん。宜しく頼むよ……」
ルトリエが指を鳴らして自身の正面に魔法陣を一つ展開した。親指と中指を弾いた音に合わせて、空中に光の輪が浮かび上がる。
その後、三回連続して指を鳴らすと空が元に戻って、私が踏み込んだことで陥没したリングが元に戻り、新しい結界のための魔法陣が展開された。
見たことのない幾何学的な文様が立体的に描かれており幾つもの魔法陣が重なり合っていた。球体状に展開された複数の陣が、それぞれ異なる方向へゆっくりと回転している。
明らかにラストが展開した結界の魔法陣よりレベルが高いのが分かる。内包されている魔力の密度が違いすぎる。
研究者たちがうるさくなりそうだ、と思ってリシルたちの方を見ると口を開けて呆けていた。VIP席にいるリシルがペンを落としたまま固まっている。
沈黙が支配する会場にアリエスの小さく呟いた声が微かに聞こえた。
「た……多次元魔法陣……???」
その声と共に魔法陣が光って結界が展開され、魔法陣は消滅した。回転していた陣が弾けるように消え、会場を覆う透明な膜だけが残る。
また私の知らない技術であるのだろうが、アリエスですら知らないものだという事は人間が知って良い範囲の技術なのだろうか。ルトリエが展開した術式の残滓を見つめながら思考を巡らせる。
静寂に包まれている会場内では自身の唾を飲む音ですら大きく感じた。観客の誰一人として動かず、ただ目の前の光景に圧倒されていた。




