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158話--四回戦--

 三回戦目を終えて四回戦目の最中、予想していない事態に遭遇した。

 これまでと同じ様に一撃で終わると思って、防具のある場所を狙い、いつも通り拳を叩き込んだ――はずだった。殴った感覚は確かにある。

 硬い物を叩いたときの反動も、肉を叩いたときの感触もない。拳がふっと軽く戻ってきて私は反射で次の動きを止めてしまった。

 その止まった一拍のせいで、反撃を許した。


「ハハッ、硬スギダロ!」


 ダメージは全くなく、頬の内側が少し揺れただけだ。

 ただ、反撃されるとは思っていなかったせいで思考が一瞬止まった。

 殴ってきた対戦相手の男は殴った方の拳をぶらぶらと振りながら、カタコトの日本語で言う。

 金属の擦れる音が鎧の隙間から混じって動くたびに嫌に目立っていた。目の奥は笑っていないのに口元だけが楽しそうに歪んでいる。


「目ハ覚メタカイ? サア、戦オウ」


「驚いたよ。それで思い出した。その装備、その言葉遣い……『城塞』のランドルフだね?」


「ジョウサイ……? ランドルフ、ハ合ッテルガ紹介デハ『鉄壁アイアンウォール』ダゾ」


「今はそうだったね。そう遠くない、未来の話さ」


「『聖女』モ冗談ヲ言ウンダナ」


 『城塞』のランドルフ。回帰前、彼は一人でダンジョンの氾濫から都市一つを守り切った英雄と呼ばれていた男だ。

 瓦礫の写真の横に、鎧姿で立つ記事を見た記憶がある。守った都市の名前だけが大きく見出しに踊って、内容は妙に淡々としていた。

 当時の記事には守護の神とやらから加護を貰っている、ということだった。確か効果は――。


「受ける攻撃の最大値を固定するんだよね? その加護。あとはダンジョン産装備の効果で受けるダメージの八割を軽減するんだっけか」


「ソレハ何処ニモ公表シテナイゾ……?」


「ははっ、理由は言ったじゃん。さあ、戦おうか」


 笑みを浮かべて言われた言葉を、そのまま返す。

 拳を握り締めて叩き込む。鎧を叩く音が幾重にも重なって会場に響いた。

 音が鳴りやんだところでランドルフが片膝を着いた。膝が床を擦る乾いた音が鎧の音に混じる。


「バケモノメ……!」


「酷いなぁ、同じところを一瞬で二十五回殴っただけじゃん」


『こちら解説席です。本人はそう言ってますがスーパースローでも一発分しか殴ってないように見えます!』


 まったく本気でないのに酷い言われようだ。

 どう考えても私なんかより、ダメージ固定でその固定分を八割カットするランドルフの方がズルいだろ。

 

 眼前に迫ってくる拳を最小限の動きで躱す。視線を外さず、肩と腰だけをずらして、拳の軌道をすり抜けさせる。

 頬のすぐ横を掠める風が遅れて来て鎧の匂いが鼻に残った。

 

 そのまま同じように蹴りを高速で叩き込む。鎧を叩くたびに鈍い音が遅れて返ってくる。

 一回で与えられるダメージが少ないなら回数を与えればいい。至極単純だ。


 かなりの回数の攻撃を与えているはずなのにランドルフの勢いは衰えない。踏み込みの強さは変わらず、攻撃の角度も最初から崩れていない。

 回帰前で英雄と呼ばれていただけはある。思わず笑みが零れた。これなら武器を使っても――。

 抑え込んでいた魔力を少しだけ開放して剣を出そうとした、その瞬間にランドルフが言った。


「降参ダ」


「……どうして?」


「ソノ剣ハ、無理ダ。守護ノ神カラ、オ告ツゲガ来タ」


『守護の神が自分の使者を殺させないように全能の神へ頼み込んでます』


 久しぶりに青いウィンドウが出てきた。ランドルフの言っていることは本当のようだ。

 ちゃんとした戦いができる、と思った矢先にこれだ。拳を緩めたまま、がっくりと肩が落ちた。剣を出そうとしたところで試合が終わってしまった。


「ナニガ『聖女』ダ。『狂戦士』ノ方ガ合ッテルダロ」


「……何か言った?」


 悪口のようなことが聞こえた気がしたのでランドルフを睨んだ。

 ランドルフは肩をすくめて笑い、リングを降りていった。実況の人がマイクを持って私に近づいて来る。すぐ横で金属が触れる音がして、視線の先に黒いマイクの先端が入ってきた。


『勝利おめでとうございます! 全グループの中で一番最初に明日への切符を得ましたね、何か明日への抱負みたいなものはありますか?』

「抱負……? 特にないかな……。あ、決勝戦なら武器を使っても戦いになってほしいと思うよ。以上」

『二日目の相手なんて眼中にないということですね! ありがとうございます!!』


 何やら悪意のありそうな受け取り方をされたが、無視して手を振ってリングから降りようとしたところで、嫌な気配を感じ取った。

 控室に向かう通路のところで大量の報道陣が待ち構えている気配がする。

 一般人には目で追うことのできない速度で会場から姿を消して控室に戻った。


「おかえり~、早かったね」

「囲まれそうだったから走って戻ってきたよ」

「お姉ちゃんさ……あ、いや何でもないや」


 沙耶が何かを言いかけて止めた。

 そこまで言われると少し気になるのだけれど……。沙耶は黙ったまま視線を逸らした。


「うーん……何で戦闘中に笑うの?」


「……楽しいから、かなぁ」


 互角の相手と相対した時は高揚感から、格下の相手でも戦い甲斐がある者の場合は好奇心。

 格上との戦いのときは自身を鼓舞するために笑みが零れる。

 ……もしかして戦闘中に笑うのって変なのか?


「うん……楽しいならそれでいいよ。お姉ちゃんはお姉ちゃんらしくしてるのが一番だよ」


「そう、かな? 沙耶がそう言うなら別に気にしなくていいか」


「それより、これから四回戦目に行く妹へ労いの言葉は?」


「がんばれ~」


 得意げな顔をして沙耶が言ったので、そのまま撫でまわして髪の毛をぼさぼさにする。指先に髪が絡んで、いつもより柔らかい感触が残った。

 下を見ると少しばかり手が震えているのが分かった。

 多分緊張しているのだろう。指先だけが落ち着かなく動いている。


「沙耶なら勝てるよ。私と決勝で戦うんでしょ? ここで負けたら戦えないよ?」


「うん、そう、そうだよね! ありがとう! 行ってくる!!」


 元気を取り戻した沙耶の背中を見送って椅子に座る。

 凛花さんは毒を食らっていたので念のため病院へ運ばれていったそうだ。チルシーとカレンも四回戦目へ向かっており、控室は私一人だ。

 モニターを見やる。もうすぐ沙耶の試合が始まろうとしていた。

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相手をッ!殴りながらっ!笑う聖女ッ! あっやばっ
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