155話--組合せ--
部屋に戻ると皆が一斉に私を見た。
空気が一段だけ引き締まる。戻った部屋は静かなはずなのに、皆の視線が集まるだけで息が詰まる。
私がドアを閉める音さえ、やけに大きく聞こえた。
カレンと沙耶が小声で何かを確認し合い、二人で短く頷いた後、私に問いかけてきた。
「あのさ……さっき、このホテルのビル全体が揺れてたんだよね。地震かと思ったんだけど、カレンさんが地上で大きな魔力が二つぶつかり合ってるって言ってて……」
「ん。抑えてたと思ってるけど片方は絶対にあーちゃん。何してた?」
「高層ビルの上階って小さな揺れでも結構大きくて……めっっっっっちゃ怖かったんだよ?」
つい先程の出来事の余波が、ビル全体に影響していたらしい。
沙耶の声はまだ少し強張っていて、カレンの声が淡々としているのが逆に怖い。
揺れの話をされても、私はその瞬間を体感していない。
私は一階のカフェにいたし、戻ってきたのもついさっきだ。
けれど感知能力の高いカレンが私の魔力を感知している以上、誤魔化しは通じない。
ここで変に言い訳を述べれば述べるほど話がこじれるだけだ。さて、どうするべきだろうか……。
「なんかデカい女の人が来て挨拶してたらそうなった……?」
「どういう事……?」
「私にも良く分からないんだよね……知らない人だったし……」
事実だからこれ以上に説明のしようがない。
カフェで珈琲を飲んでいたら、デカい女の人が前の席に座ってきて、握手をしたら、そうなった。言葉に起こすと余計に変で、私自身も納得できない。
沙耶の眉が寄り、七海の目が面白がるように細くなって、小森ちゃんは何も言わずにこちらを見ている。
事実をありのままに言ったとしても意味がわからない。
ただ一つ、分かっていることは……戦闘能力は、ここに居る私を除いた中では一番高いということぐらいだ。
あの場で感じた圧だけでも、相手の基礎が桁違いだと分かった。
魔力の循環だけの膂力でさえ、多分、全力で自身を強化した小森ちゃんですら及ばないだろう。
ただの握手のはずが、力比べに切り替わった瞬間の感触が手のひらにまだ残っている。
彼女のスキル、技能はどんなものだろう。心が逸り、戦うことを想定してしまう。
けれど今は想像しても意味がない。頭を振って、一旦、考えを追い出す。
「そういえば貴女って他国のハンターをどのぐらい知ってるの?」
エマがリシルを抱き抱えながら言った。
リシルは全てを諦めたような表情で、なすがままにされている。助けを求めるでもなく、抵抗も形だけで、腕の中で小さく身じろぎするだけだ。
……他国のハンターか。そう言えば全然知らない。
知っているとしても回帰前にパーティーのメンバーだった者たちぐらいで、今の世界での情報はほとんど空白だ。
「全然知らないや。教えてくれるの?」
「嫌よ、面倒くさい……私は所長さまと過ごすので忙しいの」
じゃあ何故聞いたんだ、とツッコミを入れたくなるが、エマは深く追及するほど頑なに話さなくなる偏屈な性格だ。ここでしつこく聞くと機嫌を損ねて、肝心な時に黙り込むのを知っている。
だから私は肩をすくめて流した。身を引いておけば、気が向いた時に勝手に話し始めるだろう。
「やっぱり先に帰らないで着いていけば良かった……」
「下にあるカフェの珈琲、結構美味しかっーー、あ゛」
「は? 一人でカフェ満喫してたの? 用事があるって言ってたからてっきり相田さんたちと話しをしに行ったんだと思ってたんだけど……」
しまった、余計な事を言った。
カフェに行くことは伝えずに行ったのを忘れていた。言いかけた言葉が喉で詰まり、変な声が出る。
沙耶、七海、小森ちゃんからの視線が刺さる。
「み、みんなで行こっか? 私が出すよ」
「やばいっすよ,沙耶ちゃん。アフタヌーンティーセットが1ゴールドっす」
「お姉ちゃんが出すって言ってるから値段気にせず沢山頼もっか」
「食べるのなら得意です。任せてください」
三人がひそひそと相談している。口元を寄せているだけなのに、結論だけは一瞬で決まっていく。
まあ、カフェに連れていくだけで機嫌が良くなるなら一番簡単だから助かる。叱られるより、買収の方が手早い。
稀に謎解きゲームのように正解が分からない時があるので、その時は本当にどうしようもない。
色々試して正解を当てるか最終手段を使う。どんな手段かは秘密兵器なので内緒だ。
「ん。タダ飯」
「私の口に合うか気になるわね!」
「エマちゃん……ラウンジカフェだって……食べに行こうよ」
「所長さまが私をカフェに……!? 行きます。行きましょう」
どうやら全員来るみたいだ。
エマから解放されたリシルが天に拳を突き上げて喜びを表している。
……リシルがこうなっている理由も、元を辿ればエマを放置してカレンの居る私のところに来たリシルが原因である事は言わないでおこう。これは自業自得だ。
◇
値段が高いだけに、カフェのスイーツは想像以上に美味しかった。甘さがくどくなくて、口に残る香りだけが上品に伸びる。
皿の端に乗った小さな砂糖菓子まで手が抜かれていなくて、見た目だけでなく噛んだ時の軽さが気持ちいい。高いのも納得だ。
皆満足したようで、私が一人で行ったことは水に流された。
その後、夕食のレストランも行って豪勢な食事に舌鼓を打った。
部屋に戻り高いベッドで眠り、翌日、個人戦のトーナメント表が公表された。
「私は……Aブロックの一試合目……?」
「ん。C……」
「Dだぁー……お姉ちゃんと同じブロックじゃなくて良かったぁ……」
「B……!」
Hブロックまであり、各国の代表が同じブロックにならないように分かれているようだ。表に並ぶ国名を見るだけで、どれだけの思惑が絡んでいるかが透けて分かる。
ブロックで勝ち上がった者は、最後に勝ち上がった者同士で総当たり戦があるそうだ。
「対戦相手は……日本人? でも所属は中国なんだね」
「んー? これ、元『開拓者』のリーダーじゃない?」
「お! 因縁の対決っすね! 観戦が楽しみっす!」
「誰だっけな……?」
少し前ぐらいに聞いたような気もするけど忘れてしまった。
どんな奴だったっけな……。紙の上の名前と、記憶の中の顔がうまく結びつかない。
「興味なさ過ぎてウケるっす」
「だって強くなかったんだろうから印象が無いんだよ……」
「向こうは殺す気で来ると思うよ、めちゃくちゃお姉ちゃんのアンチだし」
「何であんなに目の敵にしてるんでしょうね……」
私には分からない。
多分勇者と同じ――自分の信じるものしか正しくない思想なのだろう。試合の順番はAブロックからなので、私の試合は国際交流戦のトップバッターだ。
何か盛り上げたりしたほうが良いのだろうか……? と、考えは浮かぶが余計な小細工はしたくない。
「お姉ちゃん、変なことしなくていいよ」
「そうかな……? 何かした方がいい気がして――」
「いらないよ。普通に戦うだけで盛り上がると思うし、目隠ししながらやるんでしょ?」
「あ、そうだった。確かアイテム袋に……よし、持ってきてる」
沙耶に言われるまで目隠しの存在を忘れてた。
今更目隠しなんて、あってもなくても変わらないけれど……普通の人が観戦する分には盛り上がる要素になるのだろう。
やるべきことをやって、勝つ。それだけだ。




