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152話--到着と仕掛け--

 飛んでいる間にモンスターが――なんてことはなく、移動は何もなくアメリカまでたどり着いた。

  一目散に機内から出て球体となった黒タイツを装着した。重さが戻ると足が地に着いた感覚がした。急に体が軽くなって非常に落ち着かなかったのだ。

 

 顔を上げて周囲を見回す。滑走路の端まで視界が抜けていて、軍の基地のような見た目だが異様に広い。

 奥にはドーム状の建物まであり、金属とコンクリートの匂いの中に至る所から魔力の気配を感じる。遠くでジェットのエンジン音が低く唸っていて、それだけ基地が広いことを実感させた。

 

「んー? ここに到着したんだね」


「リシル。知ってるの?」


「私の研究室がある隣だよ~。じゃあ私は荷物取ってくるねぇ」


 そう言ってリシルが姿を消した。仮にも魔族のため、本気を出せばそこら辺の警備に見つからないで移動することなんて容易だろう。

 軍服を身に纏った人に案内されて会場と宿、ハンターたちの露店などの場所を見せてもらった。

 通路ごとに雰囲気が違い、魔力の濃い区画では空気が少しだけ重い。宿、というよりホテルに近いそこは皆の要望通りに部屋が用意されていた。

 エントランスは天井が高く、足音が妙にきれいに反響した。

 

「それでは、私は二十階なので先に降りますね」


「うん。個人戦頑張ろうね」


 元『開拓者』の凛花さんと団体戦に出る『連合会』の人たちが先にエレベーターから降りた。

 ドアが閉まる直前、向こうの廊下の照明が白く光って見えた。私たち『銀の聖女』の部屋はまだ上階らしい。

 

「ってか、チルシーの部屋も二十階に用意されてるのに行かなくてよかったの?」


「……やだ」


 私にしがみついて離れようとしないチルシー。最初に出会ったころのトゲトゲした状態が嘘のように懐かれてしまっている。そうこうしているうちにエレベーターが止まり、私たちの降りる階――三十五階に到着した。

 ちなみにタイツを付けたままだとエレベーターも動かなかったので仕方なく脱いでいる。床が抜けるほどの重量はさすがに機械と相性が悪い。

 

 目の前には大きなドアが一つ。取っ手が冷たく、指が滑りそうだ。

 恐る恐る開けると絢爛豪華な部屋が眼に飛び込んできた。照明は柔らかいのに、置かれている物の一つ一つが主張している。豪華さに目が眩む場所ほど裏に何かあると疑いたくなる。

 

「うわぁ、本物のスイートルームじゃん」

 

 各々が目を光らせて部屋を物色し始めた。

 沙耶たちは化粧品やバスルームの設備、カレンとアリエスは寝具の感触を確かめていた。シーツを指でつまみ、沈み方を確かめる仕草が真剣すぎる。

 私は皆の気づかないほど微量の魔力を部屋全体に行きわたらせて、部屋の全容を把握している。

 壁の厚み、床下の空間、配線の走り方まで薄く触るように探る。侵入経路は一面の窓と正面のドアだけ。地上三十五階だから窓から入ってくる方はあまり警戒しなくて大丈夫そうだ。

 

 問題は――。

 

「多いな……」

 

 観葉植物、時計、ペンやティッシュの箱など至る所に監視カメラや盗聴器のようなものが仕掛けられている。

 視界に入らない位置に、わざと雑に紛れさせているのが腹立たしい。しかも大気中の魔力を取り込んで稼働するタイプだから従来の盗聴器などの発見機では見つからない物だ。

 薄い魔力の流れが部屋の隅でちかちかと脈を打っている。

 

 片っ端から見つけ出して一か所にまとめていく。

 指でつまむと小さすぎて軽いのに嫌な存在感だけは重く感じた。

 私の動きを見て沙耶たちも気づいたのか一緒に探し始めた。ソファの裏、額縁の角、電源タップの影、探す場所が増えるほど数も増える。途中から数えるのをやめた。

 

「よし、これで全部かな」


「警戒はしてたけど、こんなに仕掛ける必要あるのかなぁ……」


 テーブルの上に山のように積まれた超小型のカメラと盗聴器。光を受けて小さく反射し、宝石みたいに見えるのが余計に気持ち悪い。

 一つ一つが魔石を用いた技術の結晶であり、結構な値段がする。破壊しても良かったけれど交渉材料としても使えそうだったので壊さずに集めた。

 

「――聞いてるでしょ? 政府なのかハンター協会なのか知らないけど十五分以内に取りに来ないと全部破壊するからね」

 

 正直な話、来ても来なくてもどっちでも良い。

 けれど、私たちにこのようなおもてなしをしてくれたんだ。どんな奴が糸を引いてるのか気になったので追加で脅しておこう。

 

「もし、来なかったら然るべき場所に報告した上で交流戦までに設置した組織、国を特定して個人、団体戦で再起不能に追い込むよ」

 

 そう言って一つだけ盗聴器を握って擦り潰す。

 内部の魔石が割れる感触が掌に残り、乾いた嫌な音が耳に刺さった。聞いてる相手に不快な音をわざと聴かせるためだ。

 

 沈黙が部屋を支配した。沙耶たちも口をつぐみ、空調の低い唸りだけが妙に大きい。

 得体の知れない者に話が聞かれている、というだけで話す気力は無くなるものだ。盗聴器を潰してから十二分、入り口のドアがノックされた。小さな音なのに、全員の視線がそこへ揃う。

 

「入っていいよ」


『失礼致します』

 

 英語、だけれど少し遅れて日本語の音声が聞こえてきた。

 自動翻訳の機械音。上下黒スーツで金髪をオールバックにしてサングラスをかけた男が部屋に入ってきた。靴底が絨毯を沈ませ、立ち止まる位置だけが計算されている。

 私は座ったまま出迎える。立って迎える義理はない。

 

「言い訳を聞こうか」


『参加するハンターたちの安全を守るために――』


「守る? 面白い冗談だね。誰が、誰を?」


 漏れないように完全に遮断していた魔力を少しずつ解放する。

 空気がきしむみたいに重くなり、窓ガラスが軋んだ。黒スーツの男の頬から大粒の汗が落ち、顎の線を伝ってシャツの襟を濡らす。

 全開で一気に放出すると多分このフロアが吹き飛ぶので少しだけだ。

 

「自分より確実に弱い相手に守られる筋合いなんて無い。それに、許可も取らずコレは良くないよ」

 

 集めた盗聴器とカメラの山を指差して言う。

 男は視線を動かしただけで黙り込んだまま話そうとしない。言葉が出ないのか、出せないのか、その区別はつく。

 

「うーん、選択肢をあげる。一つ目はこのまま何も話さず、何もせずに私がこの山を破壊するのを見て帰る。二つ目は所属を明かして謝る。三つ目はこの場で全面戦争を開始するか。選んでいいよ」

 

 選択を急かすように解放する魔力を増やしていく。

 圧が増すたび、サングラスの奥で瞳が揺れた。一割ぐらいを解放したところで黒スーツの男が口を開いた。

 

『わかった……二つ目だ。ロシア所属の――』


「ただいまー。魔力流してくれてるから場所がすぐ分かった――あれ……何でこんな重苦しい雰囲気なの……?」


「ん。姉上の空気読めなさはいつも通り」


 黒スーツの男が話している途中にドアが勢いよく開いてリシルが入ってきた。

 風が一瞬だけ流れ込み、張り詰めていた空気が少しだけ揺らぐ。きょろきょろ、と周りを見てテーブルの上にあるものに目線を留めてリシルが言った。

 

「あ、これ私が作ったやつじゃん。なんでここにあるの?」


「それなら話が早いや。リシル、そこに座ってるのがこの部屋にコレを仕掛けたらしいんだけど……この人に見覚えある?」


「んー? どうだっけなぁ……。私、作るだけで使い道に関してはエマちゃんに任せてたから……、エマちゃん、これ誰だか分かる?」


 リシルがそう言うとドアの影からヨレた白衣を着た女性が出てきた。

 袖口が汚れていて、深く刻まれた隈から常習的に徹夜をしていることが感じられる。歩幅は小さいのに、目だけはやけに鋭い。

 

「はっ、はい! 所長さま! コイツは……欧州連合の下っ端ですね。うちの顧客です」


「……へぇ。さっきロシアって言おうとしてたけど、嘘だったんだね」


『ちっ、バレちまったなら道連れだ。我々だけじゃねぇ、ロシア、中国、アメリカ……経済力のある国なら皆仕掛けてやがるぜ』


 黒スーツの男が舌打ちをして言った。

 吐き捨てるみたいな声に本音の色が混ざる……が、コレも嘘なのか? 私たちを混乱させるため?

 

「所長さま、コイツの言ってることは本当みたいですね。国ごとに分けて刻印した印が全部バラバラです」


「なんか面倒だね……。エマちゃん! あーちゃんと一緒に何とかしといて!」


「えっ、あっ……はい……」


 リシルにそう呼ばれるのは初めてだ。多分カレンがそう呼んでいたから呼んだだけだろう。

 エマ――と呼ばれた女性が私の方を見る。……かつて回帰前で私とパーティーを組んでいた者だ。私のアイテム袋に骨付き肉から花が咲いているマークを書いた張本人。

 その者が、今、微かに殺意を孕んだ視線で私を見ていた。

 

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