151話--成果物と移動--
国際交流戦の移動が前日に控えた昼頃、私は自室で荷造りをしていた。
床に開いた鞄の口がだらしなく開き、必要な物とそうでもない物が同じ場所に転がっている。
迷ったまま詰めると後で面倒になるので一度全部出してから仕分け直すのが結局早い。
そんなことをしていると廊下の向こうから足音がふらついて近づき、アリエスがよろけながらリビングにやってきた。
肩が少し下がっていて普段のような余裕が無い。多分これは寝ていない顔だ。
指先に黒い染みが残っていて途中まで何かを書きながら作業していたのが分かる。
「……できたわよ」
そう言って私に革の袋を渡した。革は柔らかく、指先に吸い付くような手触りで縫い目の処理がやけに丁寧だ。
指でなぞると引っかかりがなく、使う人間の手を想定して作っている。もっと時間がかかると思っていたが予想よりだいぶ早い。
アリエスから受け取って手のひらで感触を確かめる。口を開け閉めすると、薄い膜みたいな魔力が縁に引っかかっているのが分かった。
【全知】、これってアイテム袋になってる?
『回答します。個体名:アリエスによって作成されたアイテム名:次元の袋です』
「次元の……?」
そうぽつりと言葉を漏らすとアリエスが反応した。眠そうな目が一瞬だけ鋭くなる。
「そうよ。実物と素材さえあれば私に作れないものなんて無いわ」
「アイテム袋で良かったんだけど……すごい、期待以上だよ」
「最後の言葉が無かったら、ぶん殴ってたわ」
本当に口は禍の元だという事が身に染みて分かる。
自身が全力を注いで作ったものを渡したら、それより下の物で良かったなんて言われたら私でも殴る。言い方ひとつで相手の努力を踏みにじることになる。
未だに試練場でついた独り言の癖が抜けていないらしい。
「ごめんね……。製作費に色付けるから許してよ」
「ま、まあ? 貴女がそう言うなら仕方ないわね」
「昨日渡した身分証のカード見せて」
「これかしら?」
昨日、国際交流戦の説明と一緒に林さんから皆の身分証を貰った。
薄いカードで番号と顔写真、現住所が載っている。個人に振り分けられた番号でゴールドの送金ができるとのことで、それを使って製作費を送ってしまおう。
端末を操作してアリエスへと送金する。
アイテム袋で一万ゴールドと言っていたので次元の袋はアイテム袋の数倍の価値がある。求めている者次第では数十倍、それ以上の場合もある。
回帰前に市場に出回ったアイテム袋と次元の袋の価格を思い出す。
あの頃は情報が少なくて値段の振れ幅も極端だった。とりあえず五倍が妥当ってところだろうか……?
「とりあえず、五万ゴールド送っておいたよ。送ったのは好きに使って大丈夫だからね」
「研究に使うには心もとないけど、元手としては十分ね」
「……思ったんだけど、研究ってそんなにかかるの?」
「かかるわ。簡単に手の届く安い素材でやれる研究なんてとうの昔にやり尽くしてるのよ」
「そうだった……数万年生きてるんだもんね……」
私の想像のできないほどの長い年月を研究に費やしているのだから残っているのは高価な素材か珍しい素材を扱う研究ばかりなのだろう。
と、納得しかけたが五万ゴールドで賭けの元手が十分って、やっぱり金銭の感覚がおかしくないか……?
「顔に出てるわよ。貴女が出る賭けなんて勝ちが約束されてるようなものじゃない? それだったら増やせるだけ増やさないと損よ」
「一位だけ予想するのと三位まで予想するのがあるけど、どれにするの?」
「もちろん貴女の一位に八割、三位までの予想は貴女を一位に固定して流すわ」
現地で実力を見て可能性がありそうなところには厚めに張るけどね、とアリエスが続けた。指で空中に線を引き、配分まで決めている。賭け事の話になると妙に手際がいい。
その発言は母さんが前にやっていた競馬の賭けを彷彿とさせた。
私が高校生の頃は気になる馬を教えろ、とよく聞かれたものだ。母さん曰く、自身の予想だけだと変に固まってしまうから素人による乱数を混ぜる、と言っていた。
私は賭け事とは無縁なのでよくわからない世界だ。
話を聞いているだけで胃がひやりとした。勝てる前提で話を進めるのが怖い。アリエスはすっかり自身の世界に入ってしまったので私は放置して作ってもらった次元の袋の使い道を考える。
私が前に買った次元の袋とは一回り小さく、ポーチに入るサイズとなっている。
手のひらで持つと軽いのに、内部の感触が掴めない。今のポーチの中身は魔石袋、素材袋、調味料袋、そして自身のアイテム袋となっている。
割と詰まっており、これ以上に物が入るスペースはない。
――次元の袋の中に他の袋は入るのだろうか?
嫌な予感がするが、確認しないと始まらない。恐る恐る入れてみる。
「……入った」
抵抗がないまま沈んでいき、袋の口が何事もなかったみたいに戻った。
中で何が起きているのか分からない静けさが逆に頼もしい。これは便利だ。
みんなの分の次元の袋かアイテム袋も時間のある時に作ってもらおう。持ち物の管理が非常に楽になる。
◇
荷造りをしていたらあっという間に時間が過ぎて国際交流戦に向かう日になった。
前日までの慌ただしさが嘘みたいに朝だけは静かだ。外は澄んでいて遠くの鳥の声がやけにくっきり聞こえた。
私の荷物は小さい袋一つ分だったが約十日ほどの滞在なのに荷物が少なすぎると沙耶に言われた。私は必要な物は全部ある、と本気で思っていた。
下着は黒タイツで補ってるって言ったら怒られた。さらに、その時はタイツの下は何も着用していなかったため沙耶たちにめちゃくちゃ怒られた。勢いが凄くて、言い返す隙もない。
何故怒っているのかはよくわからなかった。女性として~、と言っていたが機能性が高ければ良くないのか……?
仕方なく下着などを詰めたらキャリーケース一つ分になってしまった。
詰めたのはほとんど沙耶で、私は言われた物を差し出しただけだ。結局作ってもらった次元の袋に入れて持っていくから荷物の多さは関係無い気もするが……。
「ちゃんと下着持った? あと、正装も!」
「入れたよ……沙耶が詰めたでしょ……」
「ただでさえ全然警戒してないんだから……海外に行くんだよ? 日本みたいに草食男子が多いわけじゃ――」
沙耶が小言を言っていると、ヘリが飛んできて開けた場所に着陸した。
風が一気に押し寄せ、髪と服がばたつく。砂利が跳ねて頬に小さく当たった。
いつの間にか国際交流戦に参加するメンバーと相田さんたちは到着している。
「おう、これに乗って近くの基地に移動して、そこからはジェット機で行く感じだな」
「へぇ……ヘリコプターに乗るのは初めてかも」
操縦士の合図で皆が乗り込んでいく。
足元のステップが想像より高くて、手すりを掴んで体を引き上げる必要がある。
私は一度だけ見送りをしてくれているルトリエに振り返って懸念を伝える。家を空ける以上、気になることはある。
「ルトリエ、私たちの不在を狙って変な輩が来るかもしれないから――」
「任せよ。死なぬ程度に痛めつけた後に磔にしておく。気にせず遊んでくるがよい」
「……うん。殺さなければ何でもいいよ。宜しく頼むね」
ルトリエ、イル、リリィ、エルアに手を振ってヘリコプターに乗り込む。
シートが硬く、金具の冷たさが掌に残った。メインローターが唸りを挙げて回転速度が上がる。振動が足裏から伝わり体が僅かに揺れる。上がる、上がる……?
全員が乗り込んだのに一向に離陸しないヘリコプター。いつまで経っても浮遊感が来ない。操縦士も首を傾げているようだ。
相田さんが操縦士から話を聞いてきて私たちに言った。
「誰か非常に重い何かを持ってたりするか? なんだか重すぎて離陸できねぇみたいだ」
「重いもの……? あっ」
皆が一斉に私を見る。うん、間違いなくこれは私のせいだろう。
馴染みすぎて黒タイツが尋常じゃない重量であることを忘れていた。重さは計測してはないが、リシルに作ってもらった時でさえ数トンはあった。今の重さは――考えるのはやめておこう。
「ごめん、一回離陸しようとするのやめてもらえる?」
「ああ、伝える」
回転翼が回るのを止めたのを確認して一旦降りる。
静かになった瞬間、砂利を踏む音がやけに大きく感じた。
付けている黒タイツを球体に戻した瞬間――重力に逆らうことなく球体が地面にめり込んだ。地面が沈み、ひびが走り、土が盛り上がる。
地面に落下した時の音は爆発音に近く、土煙が舞った。周囲の空気が一拍遅れて揺れ、皆が反射で目を細めた。
「お姉ちゃん……」
沙耶が呆れた顔で私を見てくる。言葉より先にため息が聞こえた。少しばかり恥ずかしさを感じて、耳が赤くなるのが分かった。
球体を持ち上げて次元の袋へ収納する。次元の袋に入れたものは重量が無視されるので持っていけるはずだ。
「よ、よし。これで大丈夫なはず」
ヘリコプターに乗り込んで座る。窓の外で土煙が渦を巻き、足元の影が小さく縮んでいく。
ローターの回転が上がり、地面が遠ざかる感覚が遅れて来た。今度は問題なく離陸して、私たちは拠点から基地へ向けて出発した。




