150話--観戦者と自堕落--
その夜、夕食を食べているときに皆に国際交流戦の話をした。
大皿がいくつも並び、箸の音と小さな会話が途切れずに続いている。
「四日後にあるんだけど、明後日から移動するよ。パーティーの『銀の聖女』の正式メンバーである沙耶、七海、小森ちゃん、カレンは団体戦があるから来るのは確定として……」
「個人戦は出なくていいんすよね?」
「うん、七海と小森ちゃんは関係者観客席で見てられるって。あと二人、現地に来ても大丈夫って言われたけど……来たい人いる?」
移動の段取りは昼に聞いたばかりで細かい荷造りはこれからだ。
言い終えると食事の手が一瞬止まった。視線が集まって皆の興味ははっきり向いているのが分かる。
手を挙げたのが三人。リシルとアリエス、そしてチルシーだ。リシルは躊躇なく腕を上げ、アリエスは遅れてから胸を張る。チルシーは反射で挙げたみたいに勢いが良い。
ルトリエ達はどんなことなのか分かっていないのか首を傾げていた。食べ物を口に運ぶ手だけは止まらないのが、いつも通りだ。
「チルシーは個人戦に出るんだよ……?」
「……忘れてた」
元気に挙げていた手を降ろした。指先が少し名残惜しそうに宙を彷徨ってから、膝の上へ落ちる。唇を尖らせて短く鼻を鳴らした。
初日のインパクトが強すぎて私も忘れかけていたが、チルシーは公募で個人戦の日本代表として参加することになっている。
「そういえば、何でこっちに来てるの?」
「……ゲートが閉じたから帰れなくなった」
カレンとリシルを見る。カレンは平然と肉を頬張り、リシルは皿の端のソースをパンで拭っている。
二人とも悪びれない顔で、当然みたいに座っている。何故、この姉妹はダンジョンが攻略されない前提で来るのか。
流石に今回は私は関与していないだろう。地球に戻ってきたのは二週間程前だし。というか、普通は攻略される前提で動くはずだろうに。
挙げていた手を降ろしながらリシルが言った。
「開催地はどこなの?」
「アメリカだよ。リシルの居た場所」
「あぁ~、ちょうどいいや。研究道具も持ってきちゃおっと」
ついてくる気で計画を組むリシル。もう荷物の中身まで数えていそうな顔だ。それを見てアリエスが頷いている。
どうやら研究者同士で分かり合えるものがあるようだ。
「アリエスは何しに来るの?」
「なによ。理由がないと言っちゃダメな訳?」
「そんなことはないけど……」
「じゃあいいじゃない。賭けで研究資金を稼ぐには現地で出場者の戦力を見るのが一番なのよ」
椅子の背にもたれ、指で髪を整えながら言い切る。
ふふん、と得意げにアリエスが胸を張った。口元だけが勝ち誇っている。
何も誇らしいことではないと思うんだけれど……。
それに賭けの話を聞いたのは私でさえ今日の昼だ。いつの間に情報を仕入れたのだろうか。
「賭けは破産しない程度にね……。資金は貸さないから自分で稼いでね」
「え゛……? あ、あとで少し事業の話をしましょ! 絶対に気に入るはずだわ!」
「いいよ。夕飯食べ終わったらね」
沙耶が隣で黙って頷いているのが見えた。余計な貸し借りを増やしたくないのは、たぶん皆同じだ。
アリエスがこっちに来てからゴールドは渡していないはずなので賭けをする元手を持っているはずがない。
私から借りるつもりだったのか、変な声を出して何かを考え込んでいる。指先で皿の端をつつきながら、計算しているのが露骨だ。
リシルとアリエスが現地に来るとなると家に残るのがルトリエ達だけになる。台所がどうなるか想像しただけで嫌な汗が出た。
料理ができるか心配だが……母さんに頼むか。どうせ暇してるはずだ。あの人なら最低限の食事は整えてくれるだろう。
この先の計画を練り終えたところで、丁度皆夕飯を食べ終えた。皿が空になり、椀が重ねられていく。椅子のきしむ音が、食後の合図みたいに広がる。
片づけをして今日の洗い物当番である七海に任せた後、アリエスが私の手首を掴んで言った。
「事業の話をしましょう?」
「いいよ」
そのまま手を引かれて私の部屋に入る。
ベッドに腰かけてアリエスが真剣な面持ちで言った。
さっきまでの得意げな顔が消え、視線が一点に定まっている。窓の外はもう暗く、外灯の光がカーテンの隙間で揺れていた。
「手早く稼げる話ってないかしら?」
「……何も考えてなかったの?」
「いや、そんなわけはないんだけど……研究ってのはすぐには利益が出ないものなのよ……」
「それはそうだけど……」
歯切れの悪そうにアリエスが言った。言い訳みたいな間が挟まるのが珍しい。
私は黙って様子を見て結局言うべきことを言う。
「もしかして、アリエスって試練場に居た時もそうだったけど計画性が無い……?」
「うぐっ……仕方ないじゃない! 債務なんて逃げ回ってれば短命種なら寿命で死んで帳消しになるし……」
思っていた以上に酷かった。軽い開き直りじゃなく成功体験として語っているのが厄介だ。
計画性が無いのが一周まわって計画的な逃亡になっているのが酷さを加速させている。逃げ方だけは手慣れているってことだ。
「そんなことしてると、いつか痛い目見るよ?」
「わかってるわよ。何年生きてると思ってるの」
「私は貸さないし、沙耶たちにも貸さないように言うから無理だよ。錬金術師なんだから物を作って売ればいいじゃん」
「それもそうだけれど……作成に使う素材が高すぎて誰も買おうとしなかったのよ」
アリエスの居た階層は百三十五層。
確かにそこら辺のモンスターの素材はどれも高価なものだったような気がする。普通なら手に入れるだけで命がいくつあっても足りない類だ。
「じゃあ、依頼するよ。アイテム袋って作れない?」
「無理よ。昔に一度作ろうとしたことがあるけど失敗したわ」
「これのこと?」
ポーチから調味料袋を取り出してアリエスに見せる。
布の端を指で摘んで口を広げた。中身が落ちないように気をつけながら縫い目の向きを見せる。
「なっ、何で貴女が持ってるのよ!?」
「露店で買った。結構使い勝手いいよ」
まさか私が持っているなんて思っていなかったのか、アリエスが声を荒げた。目が大きく開き、耳まで赤くなる。
大きく息を吸って平常心を保とうとしているのが分かった。
「私だって作りたいわよ。参考にできる実物があれば話が違うけど、実物は非常に貴重なの。私でも片手で足りるぐらいしかお目にかかったことが――」
「あるよ」
私のアイテム袋をアリエスの前に置く。机の上に落とさないよう、そっと滑らせた。
口を開けてアリエスが固まった。瞬きも止まって目線が袋に刺さっている。
「そうだ、もう一つあるよ」
私は一度リビングに戻って、配給食材の保管用となりつつある『次元の袋』を持っていく。重さはないのに買った時の金額を思い返すと慎重になる。
アイテム袋の隣に並べて置くとアリエスが震えた声で言った。
「じ、実物があっても素材が無いと作れないわ……。マンティコアとキマイラの革、エルダートレントの葉に――」
私の方を見ないようにしているアリエスの前に言った素材を次々と並べていく。
革は畳んで、葉は乾燥しないように包みを解かずに置く。革の匂いが一瞬だけ立ち、葉が擦れる乾いた音がする。机が少しずつ埋まっていった。
最後の素材を言い終わった後にアリエスが私の方を見て目を大きく見開いた。
「何で全部持ってるのよ!?」
「試練場で倒した、としか……」
「……そうだったわ。前に見せて貰ったリストに素材が全部入ってるのを忘れてたわ……」
「作れそう? 作れたら製作費として一万ゴールド――試練場での通貨で金一万枚ぐらいの金額を払うよ」
「やるわ。私に依頼するには少しばかり金額が低いけど背に腹は抱えられないわ」
金額を聞いた瞬間、アリエスの表情が真剣なものに切り替わった。すくり、と立ち上がり作業の準備を始めた。
なんて現金なエルフなんだ……。
研究にかかわる費用なら私が出す契約ではあるけど賭け事は対象外だ。
それに、素材が私持ちだとしても一万ゴールドでアイテム袋が手に入るなら安いものだ。実用品としても、戦闘でも確実に役に立つ。
集中して魔法陣を描き始めたアリエスを見て席を立つ。机の上に紙を広げ、迷いなく線を引き始めた。線が繋がるたびに魔力特有の薄い光が走る。
色々とだらしのない側面を見れたが研究に対する熱意だけは本物だ。手を動かし始めた瞬間の集中は嘘ではない。
後は任せて頑張ってもらうとしよう。




