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148話--新居--

 完成した図面をアリエスとリシルに渡して家を出た。

 二人とも受け取るや否や、もう頭の中では工程を組み立てているような顔をしていたので、余計な口出しはせずに任せた。

 今は定期的に行っている日課の見回りを優先するべきだ。

 

 拠点となっている村の外周を歩く。

 土の道は踏み固められていて、足裏に返ってくる感触が安定している。

 周囲は静かで、聞こえるのは風で草が擦れる音と、遠くの鳥の声くらいだ。静かであるが故に紛れた気配は逆に目立つ。

 

 こちらを監視しようとしているドローンや人の気配に目掛けて、落ちている小石を飛ばして処理をしていく。

 指先で弾くだけで十分だ。石は狙った方向へ走り、金属が潰れるような音が短く響くと空気の張りがふっと抜ける。

 

 ドローンのような無機物であれば力の加減をしないくて良いので気楽に破壊できる。

 壊してしまえばそれで終わりで余計な感情も残らない。

 けれど人の場合はそうはいかない。気配だけの相手でも、当たりどころ次第では取り返しがつかなくなってしまう。

 

 試練場を経て強化された私の力は道端に落ちている小石でさえ凶器と化せる。

 全力で弾き飛ばしたら衝撃波を出しながら砕け散ったのは正直に驚いた。

 あれを人に向けたらどうなるか、考えるだけで胃の奥が重くなる。

 

「手加減……かぁ……」

 

 小さく口から零れた。

 リリィに調整してもらった黒タイツのおかげで肉体への負荷は十分なぐらいにある。

 動けば脚が重くなるし、無茶をすればすぐに分かる程度には重さが効いている。

 

 けれど魔力の出力と濃度に関しては今のままではどうしようもない。

 何か良い方法はないか、と考えを巡らせるが何も出てこない。

 長い年月を生きているルトリエとアリエスに、後で何かいい案がないか聞いてみよう。

 

 一周ぐるりと歩き終えて周囲に気配が無くなったのを確認して家に戻った。

 最後にもう一度だけ耳を澄ませ、動く影がないのを確かめてから、ようやく歩幅を緩める。

 

 戻ると立派な家が建っていた。

 白基調の外観で、壁も屋根もやけに整っている。

 建物自体が魔力を放っているような気配すら感じられて、近づくほど皮膚がじわりと熱くなった。

 出来たばかりなのに、そこにずっとあったような存在感すらある。

 

「あら、皆はもう中よ」

「アリエス……もう作ったんだね」

 

 前の家より二周りぐらい大きい。玄関だけでも余裕があり、廊下の幅も広そうだ。

 皆は既に引っ越しをしているようで、元の家に戻ったら中がすっからかんだった。棚も机も生活用品も、綺麗に消えている。

 私の部屋の荷物も回収されていたので新しい家へと向かうしかない。

 

「わお……」

 

 中に入ると広めの天井のリビングが出迎えた。

 声が変に跳ね返らず、空気が落ち着いているのが分かる。

 リビングテーブルと椅子も多めに用意されており、暮らしている人数より四つぐらい多い。最初から余裕を見ているらしい。

 

 今一度、暮らしている人数を計算する。私、沙耶、七海、小森ちゃん、カレン、リシル、七海の妹――理子ちゃん、ルトリエ、イル、エルア、リリィ、ラスト、アリエス、そしてチルシー。

 全部で十四人だ。通りで多いわけだ。椅子が足りなくなる心配がないだけでも助かる。

 

 理子ちゃんは解体場での仕事が楽しいと言っていて殆ど家に居ない。

 七海の調べではどうやら解体場で可愛がられており、毎日のように解体場で焼き肉を食べて帰ってくるとのことだ。

 本人の安全が確保されているなら、私から言う事は特にない。好きな場所があるのは悪いことではない。

 

 リビングで突っ立っていると奥から沙耶が出てきた。足取りが軽く、もう新しい家に馴染んでいるように見える。

 

「お姉ちゃんも来たんだね~。お姉ちゃんの部屋はそこだよー」

「ありがと、見てみるよ」

 

 沙耶に指示された部屋に入る。

 元の家の私の部屋に合った家具は全て運び込まれており、見慣れた配置のままだった。

 ベッドの上にはイルが寝転がって配信を見ていて、画面の光が顔をぼんやり照らしている。

 

「……イルの部屋用意しなかったっけ?」

「うむ? 妾はここでよいぞ」

「うーん、そういう事じゃないんだけどなぁ……」

 

 分身体全員分の部屋を用意しているはずなのだが自身の荷物がない者は相変わらず私の部屋に居るようだ。

 言い返しても居座る未来が見えるので、私は視線だけで諦める。

 

 外から見た大きさと中に入った時の大きさが一致しないような気がするので、ルトリエが何かしているのは確実だろう。

 足を進めるほど違和感が増す。

 

 そして私の部屋に出入口以外のドアが三つ。

 嫌な予感がする。とりあえず一つ目を開ける。

 

「……実験室?」

 

 薬品や素材や魔石などが大量に置かれている。

 棚の中も机の上も、必要なものが手の届く位置に詰め込まれていて、使う側の都合しか考えていない配置だ。

 中ではリリィとアリエスとリシルがお互いに議論を交わしていた。

 声の勢いが強く、私が入ってきたことすら気づいていない。

 

 なるほど、そういう部屋か。……いや、待て。

 自室に作れば良いだろうに何で私の部屋に繋げてるんだ。突っ込んだら面倒になる気がしたので、私は黙ってドアを閉めた。

 

 実験室のドアを閉めて二つ目のドアを開ける。

 中は結界が張られているようで真っ暗だ。

 光が吸われるように見えて境目が分かりづらい。中に入らないと確認できない仕様だと思い、息を整えて足を踏み入れると、ルトリエが寝転がっていた。

 

「うむ? この部屋の用途を聞きたいような顔をしておるな?」

「うん。その通りだよ。ここは何の部屋?」

「聞いて驚け! 妾の力を少しだけ開放して作り出した訓練室兼ゲート部屋じゃ」

「ゲート部屋……?」

 

 目を凝らして確認するとゲートが一つあるのが分かった。

 そこだけ空気が薄く揺れていて近づくほど魔力が肌に張り付いた。

 この魔力は……試練場?

 まさか、試練場に繋がるゲートがこの部屋に繋がっているのか……? 便利さより先に危険があるのじゃないか、という思考が頭をよぎる。

 

「そうじゃ。試練場に繋がるゲートをこの部屋に持ってきたのじゃ。魔力が漏れぬように妾の力で部屋全体を覆う必要があったが……」

「だから部屋が真っ黒なんだね……多分それだけじゃないでしょ?」

「良く気付いたのう! この部屋は試練場と繋げる階層を選ぶことで魔力濃度を調節できる優れた部屋じゃ。どうじゃ? 褒めても良いのじゃぞ?」

 

 褒められ待ちのルトリエの頭を撫でておく。

 触れた髪は柔らかいのに、存在だけは相変わらず重い。そんな歳ではないと思うんだけれどなぁ……。

 二つ目の部屋を後にして、三つ目のドアを開ける。

 

 そこにはキングサイズのベッドが一つだけ置いてあった。

 他の家具はタンスと冷蔵庫だけ。部屋全体が薄暗く、甘い匂いが鼻を突いた。

 空気が妙にねっとりしていて、長居したくないタイプの部屋だ。

 

 ……見なかったことにしよう。私はそっと三つ目のドアを閉じた。

 

「まあ、前よりは広くなったからいいか……」

 

 私の部屋にもベッドが三つある。

 寝る場所が増えている時点で誰がここに居着くかは察せる。

 どうやらルトリエ達とリシルは出ていくつもりは無いようだ。

 

 小さくため息を吐いてリビングに戻る。歩くたび床が軽く鳴るが前より響きが柔らかい。

 部屋から出た瞬間、小さい何かが足元に突っ込んできて私の腹に顔をうずめてから私を見た。

 

「……ごはん」

「いいよ。はい」

 

 チルシーに指の腹を切って咥えさせる。

 暖かい舌が触れて、傷口に触れた痛みのあとに吸い付く力が来る。

 リシルやカレンみたいに淫魔の血が混ざっていないから吸血行為に快楽が混ざらないので気兼ねなくあげてしまっている。

 

 その様子を見ていたカレンが言った。

 

「ん。チルシーばかりずるい」

「夜ならいいよ……」

「ん。待つ」

 

 これでカレンへの貸しを帳消しにしてしまおう。

 美味しそうに私の指をくわえて血を啜るチルシーを眺めながら、私は国際交流戦の計画を練り始めた――。


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