147話--単純な者と先の展望--
実力に関しては見せて貰ったので皆の仮住まいをひと通り案内してから家に戻った。
靴を脱いで廊下を抜けると奥のリビングから人の気配と弾むような声が聞こえてきた。
リビングに入るとカレンの妹――チルシーがカレンの膝の上に座って、やけに機嫌よくニコニコしていた。
小さな身体を抱え込むようにしているカレンは、いつも通りの薄い表情のままなのに、指先だけでチルシーの髪を梳いている。
そのチルシーの笑顔も、私を見た途端にふっと剥がれて怪訝そうな目つきに変わった。
「がるる……」
「ずっと威嚇してくるじゃん。カレンも何か言ってよ」
「ん。わたしはもう、あーちゃんのもの」
「貴様ァ!!」
がたっ、とチルシーが勢いよく立ち上がる。
椅子じゃなく膝の上から降りたせいで床板が思った以上に鳴って、部屋の空気が一段うるさくなった。
肝心なカレンは心なしか楽しそうで、わざと火に油を注いでいるようにも見える。
私がどう収めるべきか迷っていると、ちょうどそのタイミングで私の部屋の方から下着とTシャツ姿のリシルがふらりと出てきた。
「ねぇ、私のご飯は――」
「お前……姉さまだけに飽き足らず大姉さままで……!!!」
「どんどんと状況が悪くなっていく……」
視線が一斉に私へ刺さる。
チルシーは獲物を見つけたみたいに息を荒くして、次の瞬間には私に飛び掛かってきた。
勢いはあるけど体重は軽い。腕を伸ばして受け止め、そのまま体勢を崩さないように抱え込むと、抵抗する手足がばたついて服を引っかく。
簡単に取り押さえられたのが余計に悔しいのか、チルシーは「ぐぬぬ」とでも言いそうな顔で暴れ続ける。
羽交い締めにして、なるべく痛くならない角度で固定しながらカレンに向き直った。
「どうするの、これ……」
「離せッッ!!」
抜け出そうとチルシーがもがく。肩越しに伝わる力みで、背中が小刻みに揺れた。
残念ながら、この程度の力で振りほどけるほど私の力は弱くない。
私が困った顔のままカレンを見るとカレンはいつも通りの淡々とした目でこちらを見て説明を始めた。
「ん。チルシーは吸血鬼の血しか継いでない。血を飲ませれば多分何とかなる」
「私の血、魔力濃度高いけど大丈夫なの?」
「ん。特異体質。魔力への許容量がお父さんより高いから多分大丈夫。ダメだったら……最悪苦しむだけ」
「さすが……身内に厳しいね……」
その言い方が軽すぎて、思わず眉間を押さえたくなった。
けど今は悠長に突っ込んでいる場合でもない。チルシーの唸り声は続いている。
親指で人差し指の腹を切って血を出す。
赤い雫がぷくりと盛り上がった瞬間、さっきまで騒がしかったチルシーの動きがぴたりと止まって視線だけが釘付けになる。
喉の奥で小さく鳴る音がして舌なめずりする気配が伝わってきた。
私はそのまま、チルシーの口の中に指を突っ込んだ。
体温が高いのか舌が熱くて触れた瞬間にぬるりと吸い付く。
零さないように吸い、飲んでいるのが分かるくらい、頬の内側がしっかり動いた。
「……これ大丈夫? 全然血が止まらないけど」
「ん。吸血鬼の血が濃いと血の固まるのを抑制できる。指から直接……流石あーちゃん。豪胆」
相変わらずカレンは物事を伝えるのが遅い。
今さら言うな、と喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。
指先がじんじん熱くなっていくのにチルシーは喉を鳴らしながら美味しそうに吸い続ける。
まあいいか……と自分に言い聞かせて魔力を循環させて血を補充しながら吸血させ続けた。
十分ほど経った頃だろうか。
吸う力が弱まり、チルシーの口から私の指がようやく離された。
唾の膜が細く伸びて切れ、肌がひやりと空気に触れる。傷口はまだ赤いけど血は出ていない。
「認めてあげてもいい……。この血は、貴重」
「ん。流石チルシー。ちょろい」
「チルはちょろいからねぇ……」
態度をガラリと変えて頬を赤らめ、今度は抱きつく相手を私に変えるチルシー。
さっきまでの殺気が嘘みたいに腕の力が甘い。カレンとリシルが言う通りちょろいのだろう。
……というかカレンの一族自体が結構ちょろくないか? と、口に出す前に咳払いで誤魔化して心のうちにしまっておこう。
「それじゃあ、解決……? なのかな?」
「ん。チルシーはわたしが面倒みるから、わたしの部屋においてもらえると助かる」
「沙耶もそれでいい?」
「いいよ~。それにしても、人数多くなったよね……」
「確かに……」
私が試練場から連れて帰ってきたのもあるが、一軒家で暮らすには手狭ではある。私の部屋はルトリエに拡張してもらっているため何とかなっているが、他の皆の部屋はそうではない。
壁の薄さも、収納の少なさも人数が増えれば露骨に響いてくる。
ルトリエに頼めば手っ取り早いのだろう。しかし、部屋自体を増やすのが一番だとは思う。
「空いてる土地とかないの?」
「あー、建てちゃう? この家の後ろと隣は空いているから多分何とかなると思うけど……人手がなぁ……」
「家建てる方法なら当てがあるかもだからちょっと待ってて」
私はそのまま自分の部屋に戻ってアリエスを探した。
ドアを開けると、部屋の空気がわずかに薬品っぽい。リシルの居住スペースである隅の研究エリアに、アリエスが座っていた。
机の上には瓶や器具が並び、紙束が乱雑に重なっているのに当人は妙に落ち着いた顔をしている。
「アリエス、なんかいい感じに家を建てる方法ない?」
「また急な話ね……普通に錬金術をいい感じに制御して家の形にすればいいじゃない」
「そんな魔法の使い方なんてしたことないからアリエスやってよ」
「……まあ、仕方ないわね。いいわよ。やるならモンスターの素材を使って強靭な家を作りましょ」
「いいね、それ」
返事をしながら、私は机の端を指で軽く叩いた。
話を進めると決めた途端、頭の中が妙に冴えてくる。
支柱となるモンスター素材の種類、加工の手順、錬成の範囲、魔力の流し方、想定する耐久性――アリエスは面倒そうな口ぶりのわりに、細部まで具体的に提案してくる。
私は頷きながら紙に線を引き、数字とメモを走らせた。
◇
話し合いは朝まで続き、想定し得る最強の家の図面が出来上がった。
窓の外が白み始めた頃には指先が少し痺れていて、ペンの跡が紙に濃く残る。
謎の達成感と深夜テンションのまま沙耶に図面を見せたら、寝ぼけた目をこすりながら呆れた顔をされた。
「お姉ちゃん……要塞でも作る気……?」
「おぉー! すげーかっけーっす!」
「随分と堅牢な作りですね……」
賛成してくれたのは七海だけのようだ。
けれど否定されるだけでもなく、そこからは皆で案を出し合って自分の部屋に着けたいもの、欲しい設備、動線の希望なんかの話が始まった。
収納を増やしたいとか研究スペースを広げたいとか、音が漏れないようにしたいとか、言い始めると止まらない。
そして、全員の意見が適用された図面が完成できた。
余白はなくなり、線は増えたのに不思議とまとまって見える。
後は時間を見つけて、アリエスと一緒に錬金術士であるリシルに作成してもらうだけだ。




