146話--公募者--
沙耶の作った夕食を全員で囲んで、いつものようにわいわいと騒ぎながら皿を空にして風呂に入って、そのまま布団で寝て起きた。
その日の昼頃、インターホンの甲高い電子音が家に響いた。
体に残っていた眠気を振り払いながら魔力を巡らせて気配を探る。玄関の向こうには、いつもの相田さんたちと、見慣れない魔力反応がいくつか混じっていた。
――昨日言っていた、公募の候補者ってやつを連れてきたのかも。
「はーい」
玄関の扉を開けると案の定相田さんが立っていた。背後には何人か、こちらの様子をうかがっている影が見える。
「おう、嬢ちゃん。予定が詰まってて玄関先で悪いが昨日の件だ。後は頼んだぞ」
それだけ言うと説明が終わる前に踵を返して駆け足で去っていった。
結構な年齢のはずなのに、ひょいひょいと若者みたいな足取りだ。
「あの……聖女さん、ですよね?」
残された一団から、おずおずと声が飛んでくる。
「ん? えーっと……ごめん、みんな自己紹介してくれると助かるかも」
玄関先には服装から同じパーティーと思われる五人と個人戦要員だろう二人。
さっき声をかけてきた子が一歩前に出て一番に自己紹介を始めた。手には杖。
立ち姿や気配からして魔法使いだろう。どこかで見たことがあるような、ないような……そんなもやっとした既視感が喉につかえる。
「私は市川 凛花です。スキルは【魔法】で……」
日本人らしい名前だ――そう認識した瞬間、脳が一拍遅れて処理落ちした。
魔界だの試練場だののせいで、久しぶりの普通の日本人の自己紹介に対する耐性が落ちているのかもしれない。
意識を切り替えて、そのまま耳を傾ける。
「聖女さんとは昔、一度戦い方を教えてもらったことがあります。今回は味方として宜しくお願いします」
「……? 昔……むかし? 色々忙しくて覚えてないんだけど、いつの話……?」
記憶の引き出しを片っ端から開けてみるが、今のところ一致する映像は出てこない。
「決定戦……です。あの時は私の居たパーティーのリーダーが迷惑をかけました……」
決定戦。
聞き覚えがあるような、ないような単語が頭の中で転がる。
魔界に行く前――つまり私の体感だと十二年ぐらい前の出来事だ。思い出すだけでも一仕事だ。
頭の中で古びた記録を掘り返す
「あ、『開拓者』? の魔法使い?」
「そうです……。本当に眼中になかったんですね……」
「お姉ちゃんは基本的に他のパーティーとかハンターに興味ないからねぇ~」
欠伸まじりの声と共に、沙耶が家の中から顔を出した。
事実なので否定しづらい。私自身にあまり反論の材料がない。
沙耶が説明を引き継ぐように口を開いた。
「『開拓者』は日本から離れるときにチーム内でいざこざがあって六人いたメンバーが三人になったって聞いてたけど……」
「へぇ……」
相槌を打ちながら耳を傾ける。
確かに『開拓者』の魔法使いと戦った時、試合中に指導をした記憶がおぼろげにある。
ああ、そうか――目の前の子は、あの時の魔法使いか。
「あのリーダーはお金にがめつくって……パーティー内でも揉め事が多かったんです」
「……どんな奴だったっけ?」
確か、なんかやたらと煽られて、途中から妙に本気を出したような気はする。
記憶に薄いということは、少なくとも強敵ではなかったのだろう。
「聖女さんを目の敵にしてたんですけど……本当に覚えてないんですか?」
「……ごめん」
「お姉ちゃん……私でも覚えてるんだから覚えておこうよ……」
沙耶にまで言われてしまった。
余程強くないと記憶に残らない、と言い訳するのは多分あまり良くないんだろうなぁ……とは思う。
「聖女さんって割と抜けてる方なんですね……?」
「うん、お姉ちゃんは基本あんな感じだから皆も早く慣れてね」
「はい……」
凛花さんが小さく息を吐いて頷いた。
そのあと、他のメンバーも順番に簡単な自己紹介をしていく。
団体戦の顔ぶれは、私たち『銀の聖女』に、今日来てくれたパーティーの『連合会』の五人を加えた構成。
個人戦に出るのは元『開拓者』の凛花さんと、中性的な顔立ちをした少年――に見える子の二人だ。
自己紹介を終えたところで自然な流れで腕試しという話になった。
ひとまず最初の相手は沙耶。どこまで通用するのかの目安にもなる。
『連合会』の五人対沙耶一人。結果は沙耶の圧勝だった。
試練場で得た経験と魔力量の差、積み重ねてきた実戦回数が違いすぎる。
そのまま凛花さんとも一戦交え、派手な魔法の撃ち合いになったが、沙耶はすべて同じ魔法で相殺し、じわじわと相手の魔力切れを待つ戦い方を選んだ。
「……降参です」
杖の先を少し下げて、凛花さんが静かに宣言する。
「強くなってる。ちゃんとお姉ちゃんに言われたことを守って訓練したんだね」
「はい。この前の配信の魔力増加法と循環もちゃんとやってます!」
同じ魔法使い同士で魔力の運用や練習方法の話で盛り上がっている。
途中から専門用語が増えてきたので、私は半分くらい聞き流しながら残る一人――少年らしき子の方を見る。
見た目はかなり幼い。十二〜十三歳ぐらいだろうか。
腰には短剣。小柄な体型に合わせた、軽くて振りやすそうな獲物だ。
「――戦って」
真っ直ぐに私を見据えて、その子が短く言った。
沙耶に任せるつもりだったが名指しで指名されたなら受けないわけにはいかない。
視線だけで沙耶に合図して一歩下がってもらい、代わりに前に出る。腰の剣に一度触れてから、手ぶらで戦うことにして構えを取った。
相手も短剣を抜き、自然に腰を深く落とす。
その構えは――。
次の瞬間、足元の空気がずれる。高速移動の気配。
背後にまわりこもうとする気配を感じ、振り返らずに腕を回して迎え撃った。魔力を薄く纏わせた手の甲で、振り下ろされる短剣を受け止める。
乾いた金属音が庭に響いた。
「魔族だね?」
金属越しに衝撃を押さえ込みながら、小さな声で口を開く。少年以外には聞こえない程度に。
「ど、どうしてそれを……!?」
「短剣の構え方がカレンと一緒だったからね。それに、よく見たら魔脈が開いているし……」
「お前が姉さまを……!!!」
怒気を含んだ声と共に攻撃の勢いが一段階上がる。
速度は十分あるが一撃ごとの切り返しが荒くて隙が多い。
本当に見た目相応の年齢なのだろう。
「お前が姉さまを誑かしてこんな場所に――!!!」
心当たりが一切ない言いがかりを受けながらも、ひとつずつ短剣を受け流していく。
誰かの兄弟か姉妹なのか――そう考えていたところで、家の扉が開いてカレンが顔を出した。
「ん、知ってる魔力。チルシー、どうしてここに?」
「姉さま!!」
少年?が私への攻撃を中断して一気にカレンの元へ駆け寄った。
なるほど、カレンの兄弟か。道理で構えが似ているわけだ。
「姉さまのチルシアが来ましたよ!!」
「ん。あーちゃん、この子はわたしたちの兄弟姉妹の中の一番下の妹。略してチルシー」
「がるるる……」
チルシーと呼ばれた少年――いや、少女がカレンに寄り添ったままこちらを唸り声と共に睨みつけてくる。
どうやら、私は彼女の中でカレンを誑かした張本人として完全に敵認定されているらしい。
……特に何もしていないと思うんだけどな。




