145話--罰ゲームと出品--
一旦、茶を汲んで考えを落ち着かせよう。
こういう話は勢いのまま感情で言葉を発していい類のものじゃない。
「はい、棚に大事そうに隠されてた茶だよ」
湯呑みに注いだ茶をお盆に乗せてリビングに戻ると相田さんが申し訳なさそうな顔でそれを受け取った。
分厚い指先が、少しだけ遠慮がちに湯呑みの縁をなぞる。
「すまなねぇな……」
遠慮がちな礼を口にしたあと、相田さんは熱さを確かめるようにふうっと息を吹きかけて一口啜った――瞬間、顔の筋肉が一気に渋く引きつった。
隣のソファに座っている林さんを見ると同じように眉間に皺を寄せている。
まさか、と思い、私も湯呑みを手に取って口をつけた。
「にっが……!?」
舌の上に乗った瞬間、全身の神経が目を覚ますみたいな苦味が襲ってきた。
薬草系の苦さというか味として成立しているのか疑問なレベルだ。
慌ててキッチンに戻り、さっき掴んだパックの袋を確認する。袋の表には大きく「せんぶり茶」と書かれていた。
名前だけはどこかで聞いたことがある。実際に飲んだ記憶はない。
パックを手に持ったまま悩んでいると沙耶の部屋から扉の開く音がして出てきた。
「あれ、相田さんきてたんだ。そんな思い詰めた顔してどうしたの?」
寝起きのぼんやりした顔がリビングの空気の重さに気づいたのか一瞬で引き締まる。
「おう、沙耶の嬢ちゃんか……。それがだな……」
相田さんが重たい空気を纏ったまま、無言で私の湯呑みを指さした。
沙耶は小首を傾げ、湯気がほとんど出ていないのを確かめてから、ためらいもなくぐいっと一気に煽った。
次の瞬間、目を見開いてキッチンに突進してきて、そのまま流し台に口の中身を吐き出した。
「ぺっ、ぺっ……。これ、せんぶり茶じゃん……罰ゲームとかで使われるやつ。間違えないように棚の奥に押し込んだはずなのに何で……?」
「せっかく来てくれたし思い詰めてたから高い茶でも出して和らげようかなって思ったんだけど……」
視線がゆっくりとこちらに向けられる。
沙耶のジト目に私は思わず言い訳をつないだ。
「ほ、ほら! 母さんは高い茶を棚の奥に隠すじゃん? そういう物だと思ってさ……うん、ごめんね」
これは誰がどう考えても、ラベルを確認しなかった私が悪い。
深く頭を下げて謝ると、相田さんは肩を揺らして笑い、それから日本酒でもあおるみたいな勢いで湯呑みの中身を飲み干した。
「っかぁー……。気にすんな、嬢ちゃんなりに気を遣ってくれたんだろうよ。客人が茶の良し悪しに文句つけるのは筋違いだ。センブリ茶には驚いたがな」
喉の奥から感嘆のようなため息が漏れる。
器の大きさというやつを、真正面から見せつけられてしまった。
回帰前と試練場で過ごした期間を合わせれば、年齢だけ見れば私の方が相田さんより上のはずだ。
だけどあの余裕と懐の深い大人になれる気がしない。
「お姉ちゃんがお客さんに不味い茶を出したのは後で叱るとして……相田さんたちの用件は?」
沙耶がいつもの調子で場を切り替えた。
せんぶり茶のダメージを引きずりながらも目はすでに仕事モードだ。
「あぁ、沙耶の嬢ちゃんには前に話したと思うが協会内のスパイと公募の――」
相田さんが先ほど私に説明した内容を噛み砕きながら沙耶にも伝える。
沙耶は腕を組んで相槌を打ち、最後まで聞いてからゆっくり息を吐いた。
「スパイの件は相田さんと林さんの失策でしょ。前に私に聞いた時に私はさっさと始末しちゃえって言ったし……」
「……はい。背後にいる国を特定するまで泳がせていた矢先に起きたので今回の件は我々の失態です」
林さんが眼鏡の位置を直しながら静かに頭を下げた。
私が魔界にいる間に二人と沙耶で何度もやり取りをしていたんだろう。
昔はもっと遠慮がちだったのに今の沙耶は必要だと思えば容赦なくビシバシ意見を言う。
横で作ったコーヒーを啜る。
「交流戦なんだけど、わざわざ公募する必要あるの?」
沈黙しかけた空気に一拍置いて言葉を差し込んだ。
配信で見る限り、他国のハンターは正直そこまで強い印象はない。数字上のランキングと現実の戦闘力はまた別だ。
相田さんがバツが悪そうに頭を掻きながら言葉を選ぶ。
「嬢ちゃんには申し訳ないが、今回のは交流戦とは名ばかりに国同士の牽制のし合いだ。弱ければ侵略の対象になるし、強過ぎたら孤立させられるもんなんだ」
「出てくる人全員叩きのめそうとしてたけど……それじゃあダメってこと?」
前に聞いた時とは、微妙に事情が違う。
当初は日本の実力を見せつけて余計な侵略の芽を摘むのが目的だったはずだが――。
「そうだな、そうだ。今のうちから難しく考える必要なんて無いな」
相田さんが何か自分の中で吹っ切れたように頷いた。
「公募の子もここに連れて来れそうなら連れてくればいいじゃん。銀の聖女との連携をとるためとか理由作り上げてさ」
「そうしましょう。あまり迷惑をかけたくはないなどの戯言を言っている場合ではありません」
林さんが淡々とした声で同意する。口調は柔らかいが目は本気だ。
「……ああ。交流戦まであと一週間だが世話になる……」
二人はそう言って立ち上がった。
玄関まで見送ってドアを閉めてリビングに戻ると、沙耶がソファに腰を下ろしながらこちらを見上げてきた。
「私さ、ずっとお姉ちゃんに追いつく事を目標にしてきたんだけど……今日、試練場で魔力が増えて分かったんだ。どうやったらお姉ちゃんに追いつけるの?」
「追いつけないと思うよ?」
「えっ……?」
沙耶の目に、あっという間に涙がにじんだ。
――やらかした。言葉の選び方を間違えたのが自分でも分かった。
「ごめん、言い方が悪かった。沙耶たちが私を追いかけても私はそれ以上の速さで逃げるからね。距離の縮まらない追いかけっこのようなものだよ」
「お姉ちゃんのデリカシーの無さは今に始まったことじゃないもんね。そういう意味かぁ……」
肩の力が抜けたのか沙耶が安堵とも呆れともつかない笑みを浮かべた。
「沙耶たちは伸び代あるし、まだまだこれからだよ」
「……うん」
そう簡単に追いつかれては困る。
私は、皆の先頭で道を切り開いておく役目がある。足を止めずに走り続けないと、後ろからくるみんなが不安になる。
沙耶の頭をくしゃくしゃと撫でて、隣に腰を下ろす。
微妙な空気の沈黙がテーブルの上に置いたコーヒーカップに影を伸ばしていった。
何か話題を――そうだ。
「そういえば、まだサイトってあるの?」
「サイト……? あー、お姉ちゃんが無駄遣いしてたやつ?」
「そうそう、まだあったら素材売りたいなぁって」
「あるよ。確かハンターマーケットって名前で運営してるはず。これだよ」
私の端末は今、イルの専用オモチャと化しているので沙耶が自分の端末でサイトを開いて画面を向けてくれた。
操作感は昔と少し変わっているけれど、基本の仕組みは同じらしい。
無人機が回収に来てくれて、ハンターカードに紐づいた口座から自動で決済までしてくれるようになっている。
荒廃した世界のわりに、便利なところだけはしっかり進化しているのが、なんだか不思議だ。
「沙耶のアカウントで雑に出品していい?」
「うーん、私のは表に出してない個人アカウントだからなぁ……。そうだ! お姉ちゃんを代表者にして『銀の聖女』で作ろうよ!」
「……悪くないかも?」
個人名じゃなければ皆が狩った素材もまとめて売りに出せる。
私が代表者ってところが少し引っかかるけれど、どう見てもリーダーのポジションに立っているのは事実だ。
沙耶が慣れた手つきで新規アカウントを作っていく。
店名に銀の聖女の文字が入力されるのを見て、なんだか背中がむず痒くなった。
出品の手順を教わっていると、イルが目を輝かせながらソファの背もたれに乗る勢いで私にのしかかってきた。
「妾にも手伝わせてくれ!」
「じゃあバイト代出してあげるよ。出品一つにつき十円ね」
「うむ……? うむ!」
ほんの一瞬だけ首を傾げてから、すぐに満足げに頷いた。
そのやり取りを見ていた沙耶が本気か? と言いた気な目をこちらに向ける。
ここ最近の物価をちゃんと把握しているわけでもなく、感覚は魔界に行く前のままだ。
十円は確かに安いのかもしれない。
イルはそもそも金銭感覚というものを持っていないから純粋に面白そうだからやりたいというだけなのだろう。
「頑張り次第では追加報酬だすよ。がんばってね」
「うむ!」
「えっとね……ここをこうして……」
沙耶がイルの持っている端末を操作しながら、出品方法を一つずつ教えていく。
イルは画面を覗き込みながら真剣そのものの表情で頷いていた。
私はその横で出品予定の素材を用意することにした。
沙耶の端末を少し借りて今のマーケットで供給の少ない素材を検索する。
魔石類はある程度、相場が固定されているようだ。
とりあえず、需要が高そうな魔石を中心に、いくつかの種類を百個ずつ出しておこう。
魔石袋から取り出した魔石を、種類ごとに小さな山にして床に並べていく。
「お姉ちゃ――出し過ぎだよ!?」
操作を教え終えたのか顔を上げた沙耶が床を一瞥してから盛大な声を上げた。
言われて見回すと床のほとんどが魔石で埋まり、フローリングがほぼ見えなくなっていた。
「少ししか出してないんだけど……」
「出品してもすぐ売れるわけじゃないんだよ? 暫くは在庫抱えないといけないんだから、大量にやるなら自分の部屋でやってね!」
「……うん」
しょんぼりしながら魔石を一旦袋に戻す。試練場に行ってから数字の大小の感覚がおかしくなってる気がする。
やる気に満ちた目でこちらを見ているイルが胸を張って言った。
「いくのじゃ!」
「元気だなぁ……」
イルに手を引かれて、そのまま自分の部屋へと戻る。
扉を開けて中に入ると朝に見たときよりさらに部屋の奥行きが伸びていた。床面積が体感で倍はある。
部屋の隅ではリシルとルトリエが荷物を広げて何やら熱心に議論している。
魔法陣の走った紙と工具がごちゃ混ぜだ。
私の部屋なのに、勝手にどこか別の研究室と繋げられたみたいで違和感がすごい。
二人のいる対角線上のスペースに腰を下ろして、作業を始める。
イルが魔石を一つ手に取り、写真を撮って商品名を入力すると、自動でおおよその金額が入力された。
「よくゴブリンの魔石って分かったね」
「む? 見れば分かる。元は妾の配下じゃ」
「……そうだった。これ、総力戦の時の魔石だ」
イルは黙々と作業を続ける。入力と撮影の流れも、もう完全に把握したらしい。
その集中っぷりを見るに飽きるまでは任せても大丈夫そうだ。と、判断して私は魔石を適当に前に並べてから部屋を後にした。
リビングに戻ると、ちょうどキッチンからいい匂いが漂ってきた。
炒め物とスープの湯気が混ざり合った香りが、空腹だったはずの胃袋を優しく刺激する。
今日の夕食当番は沙耶か。




