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143話--種族と決め事--



 食事を終えて銭湯に行き湯気でだるくなった身体を引きずりながら部屋に戻ると、照明の落ちた部屋の隅でアリエスが毛布にくるまって震えていた。

 小動物みたいに背中を丸めていて壁に押しつけた肩が揺れている。

 やっと目を覚ましたようだが現実を飲み込めていない顔つきだった。


「ね、ねえ、何で【塵骸の女王】が貴女と一緒に居るのよ!?」


 私に気づいた途端、声が裏返る。

 喉が乾いているのか、ひゅっと変な音まで混ざった。


「うーん……話すと長いんだけど要点だけ話すとルトリエは私と【魂の契約】を結んでるから安全だよ」


 なるべく簡潔に、と言葉を選ぶ。

 長々説明しても今のアリエスの頭には入らないだろう。


「人族が……神に近い存在と【魂の契約】……? あんた本当に人族??」


 じとっとした視線で上から下まで舐めるように見られる。

 正面から人間であるか疑われるのは中々キツい。


「失礼だな……人間だよ。多分……」


 口ではそう返しながら心のどこかで疑問が芽生えた。


 自分のしていたことを思い返すと、人間とは断言出来ないような事ばかりしている気がする。

 魔界でカレンの父さんと戦って試練場をクリアして、ルトリエと文字通り死闘をして……挙げ句そのルトリエと【魂の契約】。

 本当に自分が人間か怪しくなってきたな……? と、芽生えた疑問がどんどんと成長していく。


 そうだ。こういう時に使おう。

 ねえ、【全知】。私の種族って分かる?


『回答できません。全能の神によりその質問の回答権限が剥奪されました』

『全能の神が指をバツにしています』

『叡智の神が今はまだ知る時ではないと言っています』

『愛の神が愛に種族は関係ないと言っています』


 いつものメンツが、いつもの調子で好き勝手コメントしてくる。

 よく見かける神たち総出で綺麗に息を合わせて隠蔽してきた。


 ここまで隠されると余計に気になるけれど知る術がないなら仕方がない。

 今は諦めよう……と、息を吐く。


「まあもう別にいいわ……気にするだけ無駄ね……」


 アリエスが、自分に言い聞かせるみたいに肩を落としたところで――。


「ふむ? おぬしは原初のハイエルフか! 珍しいのう!」


 リリィの声が下から聞こえた。いつの間にか近くまで寄ってきていたらしい。


「ひっ……。そ、そうよ。ね、ねぇ、この小さい【塵骸の女王】みたいのは……?」


 アリエスがビクッと跳ねて視線だけリリィへ向ける。腰が完全に引けている。


「それもそうだよ。リリィって名前だから呼んであげてね」


「うむ! リリィじゃ。よろしくたのむぞ!」


 リリィは胸を張り、怯えきっているアリエスの手をぎゅっと握って上下にぶんぶんと振った。

 その仕草は子どもっぽいのに、背後に漂う闇は洒落にならない濃さで、そのギャップが余計にアリエスの混乱を煽っているように見える。


 分身体の中では一番接しやすいのは間違いないので、ここから徐々に慣れていって欲しい。

 家にはルトリエとイルが待ってるし……ん? そういえば起きてからラストを見てないぞ? また変なことをしていないといいんだけど……と、軽く嫌な予感が首筋を撫でた。


「お姉ちゃん。そういえば、お風呂の時からそのネックレスつけてたけど……そんなの持ってたっけ?」


 沙耶に言われて、ようやく自分の首元に意識が向く。


「……ほんとだ。何これ」


 肌にピッタリとくっつく真っ黒の細い鎖のネックレスが、いつの間にか首からかかっている。

 鏡に映るそれは生き物みたいに喉の動きに合わせて微かに揺れた。

 重量が一切ないので今の今まで全く気づかなかった。


 外そうと指をかけると、まるで拒絶されているかのようにぴりっと反発する。

 軽い衝撃が指先を走ったので思わず手を離した。


「気づかないうちに呪いの類でも受けたのかな……?」


「む……? その首飾りから姉上の気配がするのう」


 エルアが目を細めてじっとネックレスを見つめる。

 そう言われて私も集中して気配を探る。


 ……確かにラストだ。

 しかも、本人が力を込めて作ったアクセサリーみたいな小さな気配ではなく、本人そのものが首飾りに化けているような生々しさがある。

 喉元から、あの熱の籠った視線を感じた気がして少しだけ背筋がむず痒くなった。


 まあ、実害はないので放置でいい気がする。問題が出たらその時に殴ればいい。


「のう、あれって怖い姉上じゃよな……?」


「うむ……姉上の執着は凄いからな……知らぬが仏じゃ」


 リリィとエルアがヒソヒソと話しながらこちらを一瞥し、そろって苦笑いをした。

 聞く気がなかったので、何を言っていたかは分からないし、分からないままでいい気もする。


 小さくあくびをして、そろそろ寝る準備を考える。

 大きなサイズのベッドが四つあり人数を考えると皆誰かしらと一緒に寝る必要がある。


「どう組むか……」


「寝床か!? わらわはこやつと寝るぞ!」


「ひいっ、わ、私!?」


 リリィが勢いよくアリエスの手を引っ張った。急に掴まれてアリエスが悲鳴を上げる。

 リリィから漂う無害な空気を感じたのか数秒悩んだあと首を縦に振った。


「ん。私はこもりんと」


「そんなぁ……」


 カレンに腕を組まれた小森ちゃんが、分かりやすく肩を落とす。カレンの寝起きと寝相の悪さは一級品のため、その気持ちは痛いほど分かる。


 残りはエルアと沙耶と七海。

 どうするか、と考えていると沙耶と七海が同時にこっちを見た後、お互いに目を合わせて小さく舌打ちをした。


「抜け駆けはダメだよ、七海さん」


「あれれ〜? つい十日前に鼻水垂らして泣きじゃくって慰めてもらったのは誰っすかねぇ??」


 沙耶が七海を制止すると七海がすかさず煽り散らす。

 火花こそ散っていないが空気だけは妙に張り詰めている。この調子だと、どっちかと組むと面倒なことになりそうだ。


「……相変わらず仲が良いね。私はエルアと組むから沙耶と七海は二人で寝なよ」


「え゛……?」


「マジで言ってるんすか!?」


「別にどっちかがエルアとでも良いけど……力強いし寝相悪いし、二人だと最悪死ぬよ?」


 百層でエルアの寝相を身をもって知った私の言葉には心からの実体験が詰まっている。


「し、仕方ないっすね! 沙耶ちゃん、今日は休戦とするっす!」


「そ、そうだね! 七海さん!」


 引き攣った笑顔で互いに握手した。

 ぎし、と握手している指先に微妙な力がこもっているのは見ないふりをする。


 後ろを振り返ると、寝相の悪さを暴露されたエルアが渋い顔をして立っていた。

 腕を組み、どこか居心地悪そうに視線を彷徨わせている。


「何か言いたいことあるの?」


「うむ……事実じゃから何も言えん……」


 異議の申し立てをしようとしたようだが、そうは問屋が卸さない。

 百層で起きたら全く身動き取れなかった日々を私は忘れないつもりだ。

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胸に顔を圧迫されて死ぬのも一興
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