142話--繋がる縁--
沙耶たちの採寸はとっくに終わっていて、私は相変わらず気絶したままのアリエスを肩に担ぎながら宿屋へと歩いていた。
軽そうな体つきのくせに意外と重い。
しかし、カレンのお祖母ちゃんと淫魔女王か……と、さっき聞いた話を反芻しているとふと違和感が引っかかった。ん? 女王?
「待って、カレン。淫魔女王だよね?」
「ん。おばあちゃんはどっちもある。血が濃すぎるとそうなることがあるって言ってた」
「……なるほど?」
言われてみれば、学生のときの歴史だか倫理だか、どこかの授業で似たような話を聞いた覚えがある。
血縁の近い者同士で延々と子供を作り続けると、遺伝子に異常が出やすくなるとかなんとか。
詳しい理屈は学者じゃないから分からないけれど、そんな感じなのだろう。
そんなことをぼんやり考えているうちに最初に十五層へ来たときにも泊まった宿屋の看板が見えてきた。
扉を肩で押し開けて受付に向かう。
「八人なんだけど、いけるかな? どんな値段の部屋でも大丈夫だよ」
「三階の特別室が空いてます。一泊朝夕食付きで金貨二十枚ですが……」
「とりあえず七泊頼むよ。カードで」
カウンター越しに交易所で発行されたカードを渡す。
読み取る装置から「ピッ」と短い音が鳴って、支払い完了の合図と共にカードが戻ってきた。
案内に従って階段を上がり、三階へ。
どうやらフロア全体が一部屋という作りらしく、扉を開けると広めのリビングと寝室がいくつも繋がっている。
まさにホテルのスイートルームみたいな空間が広がっていた。床も壁も安宿とは明らかに材質が違う。
「お姉ちゃん、金貨二十枚って地球換算だといくらなの……?」
後ろから沙耶が小さな声で袖を引っ張ってくる。
そういえば、こっちと向こうの物価の話をちゃんとしたことはなかった。
「多分地球の金貨と同じぐらいだと思うよ」
「え……? ってことは一泊四十万……?」
地球での金貨のレートは一枚二万円。
そう考えると確かに高いと思える数字だ。
正直な話、こっちの金貨に関しては使い切れないほどあるため、雑に扱っていたので今さらながらに金銭感覚のズレを自覚する。
「素材いっぱい売って稼いだから大丈夫だよ」
「ほんとぉ?」
疑いの色たっぷりの目で沙耶がじっと私を見る。
普段から適当なことを言って煙に巻く場面が多すぎたせいで、すっかり疑うことが標準になっているらしい。
これはこれで自業自得だ。
「沙耶に高いって言ったゴーレムの魔石あるじゃん?」
「そういえば言っていたような……」
「傷一つない状態で大体金貨一万枚ぐらいで売れるよ」
「たっか!? え? この世界、金銭感覚狂ってるの?」
「それだけ傷が無い状態が貴重なんだよ」
「ほへぇ……」
呆れ半分、感心半分といった顔で沙耶が口を半開きにする。
その横で私は部屋の中を一周しながら簡単に設備を確認していく。
皆もそれぞれ好きな場所を見つけてくつろぎ始めていた。
ベッドに寝かされているアリエスの左右には、いつの間にかエルアとリリィが添い寝の体勢で転がっている。
今この状態でアリエスが目を覚ましたら、驚きすぎて心臓が止まりそうだ。……というか、泣きながらまた倒れる未来が普通に見える。
部屋の隅から隅までぐるりと見て回ったところで外から夕方の鐘が鳴り響いた。
ちょうどいいタイミングだ。腹の虫も、そろそろ主張を始めている。
「みんなー、夕飯食べに行くよー」
「ういっす!」
飯と聞いた七海が、真っ先に元気よく返事をした。
まだ目を覚まさないアリエスはそっとベッドに置いたまま、全員で食堂へ向かう。
「ん~、いらっしゃいにゃ~」
食堂に足を踏み入れると、給仕係と思われる猫耳の獣人がカウンターの向こうで伸びをしながら私たちを出迎えた。
……どこかで見覚えのある顔だな、という引っかかりが胸の奥に残る。
「にゃ……? あ!!!! 恩人にゃ!!!」
「恩人……えっと、あぁ、一層でゴブリンに捕まってた猫耳娘だ。無事に十五層まで来れたんだね」
「そうにゃ! 馬鹿力の恩人、何でこの階層に居るにゃ?」
「クリアしたら自由に移動できるようになったん――今なんて言った? 馬鹿力?」
「転移石を力だけで砕いてたから馬鹿力にゃ。普通の人間はできないにゃ」
軽く言われた一言に思わず眉が引きつる。
特に固いとも思わず、普通の石と同じ感覚で砕いていたから、そういうものだとばかり思っていたのに。
猫耳娘は悪気もなく、さらに説明を重ねた。
「普通は転移石に魔力を流すにゃ。そうすれば勝手に崩れるにゃ」
「そういうのは最初に言ってくれないかな?」
「言わなくても皆知ってる周知の事実にゃ……知らない方がおかしいぐらいの知識にゃ……」
ぐうの音も出ない正論を淡々と突きつけられている気がする。
言われっぱなしなのも癪なので、素材袋から転移石とほぼ同じ硬度の石を適当に取り出し、沙耶たち四人にそれぞれ一つずつ渡した。
何故か、という顔で首を傾げる皆の視線が集まる。
「これ、握って砕ける?」
「そうですね……えい。あれ? 結構もろいんですね」
「ちょっと固いっすけど行けなくはないっすね」
「私もそんな感じかなー」
「ん。脆い」
四人が特に苦戦もせず普通に砕いているのを見て、猫耳娘がはっきりと引いた顔になった。
ついでに本人にも同じ石を渡してみる。
「にゃぎぎぎぎぎぎ……無理にゃ……身体強化しても無理にゃ……」
「非力なだけじゃないかな……? ゴブリンに捕まるぐらいだし……」
「事実だから否定できないにゃ……」
肩を落とした猫耳娘がしょんぼりしていると、奥の厨房から怒号が飛んできた。
「いつまで喋ってんだ!!! 早く持ってけ!! 冷めちまうだろうが!!!」
「にゃっ!? はいにゃ!!」
背筋をピンと伸ばして返事をしたかと思うと、猫耳娘は慌てて厨房へ走っていく。
その途中で「好きな席に座るにゃ~!!!」と叫んでいたので、どうやら席は自由らしい。
最初の頃、一層で縁のあった相手とこんな形で再会するとは思っていなかった。
こういう繋がり方も悪くないな、と少しだけ頬が緩む。
手招きしている七海の方へ視線を向けると窓際の席を陣取っていた。
そのまま皆と一緒にそこへ向かい、椅子を引いて腰を下ろした。




