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121話--ゲスと治安隊--

 支部長と魔石の扱いについてひと通り話を詰めた。


 どうやら交易所では二つ名持ちが売買に関わると、その名がそのまま商品の看板になるらしい。

 十五層のときに【識者】と呼ばれていた誰かが買い手として名前を出していたことを思い出し、やっと腑に落ちた。


 私の名前で商品が大量に並ぶ光景を想像して胸の奥が少しだけ重くなる。

 目立ちたくて剣を振っているわけじゃないが、そう言うシステムなら仕方ないと割り切るしかない。


「我々も手数料をいただきますので相場が崩れない程度に預かった分を少しずつ出品いたします」


「その辺は任せるよ」


 細かい取り決めを終えて交易所を後にした。


 重い扉を押し開けて外に出ると、ひやりとした空気とざわめきが肌に触れる。

 広場の方に戻るにつれて来たときと同じ……いや、それ以上にねっとりとした視線がこちらに絡みついてきた。

 値踏みするような視線。興味本位の視線。そして、その奥に紛れ込んでいる明らかに悪意を孕んだ視線。


 このまま適当な宿を決めたら、寝込みを襲撃されるなどの厄介ごとが起きるだろう。

 そう判断して足の向きを変えた。


 人通りの多い大通りから外れ、わざと人気のない細い路地に入り込む。

 石畳が少し欠けていて湿った匂いが鼻を掠めた。

 後ろの気配が、そのたびにじわじわと濃くなる。


 私が気づいていないと思っているのか、気配を隠そうともしない連中が六人。

 逆に、そこそこ上手く気配を消しているのが四人。

 十人分の視線と魔力が私の背中に突き刺さっていた。


 すると、路地がふっと開けた。

 両側を古びた建物に挟まれた、小さな空き地。

 ここだけ人の気配がすっぽり抜け落ちてい、風の音だけが抜けていく。

 ――丁度いい。


 私は立ち止まって、くるりと後ろを振り返った。

 頭を掻きながら、いつも通りの調子で口を開く。


「さっきから汚い視線を私に向けて後を着けているようだけど、何の用?」


「ほう、よく見りゃ別嬪さんじゃねぇか! お前ら、こりゃ当たりだぜ!」


 スキンヘッドの男が下卑た笑みを口いっぱいに広げた。

 歯の何本かは欠けていて息は生臭そうだ。

 その声に合わせて取り巻きたちがぞろぞろと前に出てくる。腰の短剣や棍棒を抜いて武器を見せつけるように構えた。


「動かれると面倒だ。四肢の腱は切って動かないように繋げ。傷を治して置きゃあ長く楽しめるからな」


 さらりと言ってのける口ぶりが妙に手慣れている。

 確実に何度かやっているのだろう。


「……人違いだって言って引き返すなら、まだ許してあげるけど――」


「ほざけ! お前ら、やっちまえ!」


 スキンヘッドが怒鳴り、取り巻きの男たち五人が一斉に駆け出した。

 足音と地面を蹴る音。

 私は盛大にため息を吐き出し、その全員を視界に収める。


 男たちの魔力の流れをざっと見る。

 この階層に入ったときに広場で私をちらちら見ていた探索者たちよりも目の前の連中の方が魔力量は多い。

 力そのものはそれなりにある、ということか。

 だからこそ、こういう真似ができるのだろう。


 質の悪い悪党に、それなりの力。ならば――遠慮してやる理由はどこにもない。


 先頭で斬りかかってきた男の踏み込みに合わせて一歩踏み出す。

 腰をひねり、全力で足を振り抜いた。


 ぼっ、とかすかな破裂音。

 男の足が、膝から下ごと視界から消えた。赤や肉片が舞うことはない。形そのものが空間から消え去った。


 残りの四人が、その光景を認識するより早く、同じことを繰り返す。

 足が地面を捉える寸前を狙い、足ごと消えるように蹴り飛ばす。


 かかった時間は、瞬きを一度するよりも短い。

 重力に引かれて六人分の身体が順番に地面へと落ちていく。

 スキンヘッドの男は、何が起きたのかすら理解できていない顔でこちらを見ていた。

 そのまま懐に入り込み、手刀を振るう。


 腕、もう片方の腕、残っている足。

 骨ごと断ち切り、四肢をまとめて切り落としてから転げ落ちる前に男の頭を掴んだ。


 石畳の上に断面を晒した男たちの身体が転がる。

 喉を引きちぎられた獣みたいな叫び声が、一斉に空き地に満ちた。


 さながら、地獄の一幕。

 ただひとつ違うのは血の匂いが一滴も立ち上らないことだ。


 ルトリエから与えられた力で闇を傷口に絡めている。

 抉れた肉は闇の膜で封じられ血が流れ出ることはない。

 これなら――と、頭の片隅で物騒な考えがよぎる。完全犯罪も不可能ではないのかもしれない。


「手慣れすぎてるから初めてじゃないでしょ?」


 頭を掴んだまま指に力を込める。

 みり、と骨が軋み皮膚が突っ張った。


 返事はない。

 スキンヘッドの男の顔は恐怖でぐしゃぐしゃに歪んでいるのに口だけは必死に閉じられていた。

 砕けたスイカみたいになる寸前まで力を込めても、それでも口を割らない。


「……後で恨まれても面倒だから――殺すか」


 自分でも驚くほど平坦な声が喉からこぼれた。

 感情を全部どこかへ置き忘れてきたみたいな声色。


 かちかち、と歯の鳴る音が掴んだ頭から伝わってくる。

 今さら恐怖に飲まれても遅い。


「他に被害にあった人たちのためにも始末した方が――」


「ちょっとまったぁぁぁ!!」


 鋭く通る声が空き地に反響した。

 気配を消して私の後ろをつけていた四人のうちの一人が勢いよく姿を現したのだ。


 白い軍服のような服。

 やたらときっちり着込んでいるのに表情だけはどこか気の抜けていそうな女性が全力でこちらに駆けてくる。


 新手かと反射的に体勢を落とす。

 腰を沈め、いつでも動けるように足に力を込めたところで彼女は慌てて両手を上げた。

 降伏の合図。


「貴女と戦うつもりは滅相ございません!!!!!! 私共の用があるのは貴女が掴んでいる男とそこに転がってる男共であります!!!」


 鼓膜が痺れるほどの大声だった。

 よく通る声だ。空気すらびりびり震えている気がする。


「私はこの階層の治安隊であるリニエ・ラズライトであります!! お気軽にリニエと呼んでください!!!」


 名乗った女性――リニエは、ぴしっと音がしそうなほど綺麗な敬礼を決めた。

 治安隊という単語から察するに、この階層の治安維持を担当している組織なのだろう。


 さっき感じていた四人分の隠れた気配は、どうやら私ではなく、この男たちに向けられていたものらしい。


「成果物を譲ってもらうのは大変申し訳ないのですが、その男どもの身柄を我々に任せていただけないでしょうか!!!!」


 またしても、よく通る声。

 リニエは背筋を限界まで伸ばして胸を張り、そう言った。


 正直、処理に困っていたところだ。

 このまま処理したとしても後始末が面倒だ。


「いいよ。好きにしな」


「ありがとうございます!!!!」


 リニエの号令に応じて陰に潜んでいた残り三人が姿を現した。

 どこから出したのか折りたたみ式の荷車を手際よく組み立てて地面に転がる男たちの手足を紐で縛り、次々と積み込んでいく。


 私が掴んでいたスキンヘッドも最後に荷車へ放り込む。

 リニエだけがその場に残り、他の三人は無駄のない動きで空き地から去っていった。


「ご協力! 感謝であります!!!!」


「別に大したことはしてないよ」


 リニエたち四人の魔力の量をざっと見た。

 さっきの男どもより、ほんの少し少ないくらい。互角か、やや劣る程度だ。


 正面からやり合えば苦戦しただろう。だからこそ、隙を探して気配を消し続けていたのだと分かる。


「私たちでは倒すのが難しい奴らだったので本当に助かりました、へへっ」


 さっきまでの軍人じみた口調から一転して、少しだけ気の抜けた笑みがこぼれた。


「あと五日はこの階層に居るから何かあったら声をかけてもらって大丈夫だよ」


「五日……? 深層攻略隊が組まれるのは当分先だと思うんですが……」


「なにそれ……」


 聞き慣れない単語に首を傾げると、リニエが嬉々として説明を始めた。


 深層攻略隊――それは、大量に人員が流れ込んできたタイミングに合わせて、深層を目指す連中をまとめて一つの隊にし、一斉に出撃する仕組みらしい。

 数千から数万人単位で安全地帯に人が押し寄せるから、人口の調整や有望な新入りを連れて深層に行きたい人たちが行くとのことだ。


 言いたいことは分かるが、聞いているだけで自分には縁のない話だと理解できた。


「一人で深層に行くのは自殺行為みたいなものです!! でも、噂では【剣鬼】って人が一人で総力戦を終わらせてココに来たって話ですよ!」


「そう、なんだね……」


 自分のことを他人事みたいに相槌を打つ。


「【剣鬼】の姿を見た人が言うには若い女性で、腰ぐらいまである銀髪で首筋に黒い線が――」


 そこで言葉が止まった。


 リニエの顎が外れそうなほど落ちる。

 建物の影で薄暗かったせいか今の今まで私の容姿をよく見ていなかったらしい。

 首筋の黒い線に視線が吸い寄せられ、そのまま固まった。


 この先の展開は、だいたい予想できる。

 面倒ごとになる前に、さっさと姿を消してしまうに限る。


 リニエが固まっている隙に私は軽く会釈だけ残し、その場を後にした。


 少した頃、背後の街の方から、さっき以上によく通る驚愕の声が響き渡る。

 本当に、よく通る声だ。

 そう苦笑しながら私は宿の受付に名前を書き込んでいた――。


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