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122話--第二の分身体--

 その後に何か起きるかと身構えていたが拍子抜けするほど静かなまま五日が過ぎた。

 鍛冶屋の親方に修繕費を渡して預けていた防具と剣を受け取る。


 打ち直された匂いと手に戻ってきた重みが心地いい。

 柄を握ってみると細かく調整されたバランスが指先から伝わってきた。

 あの総力戦をくぐり抜けた相棒たちが、少しだけ頼もしくなって戻ってきたような感覚だ。


 食事用の調味料は十五層で買い込んだものがまだ十分に残っている。わざわざ買い足す必要もない。

 次の階層についても前回の総力戦のように厄介な噂はひとつも飛び交っていなかった。情報という情報がないということは、きっと普通の階層なのだろう。


 ――ここ最近、私の予想はだいたい外れているけれど。


 自分で自分の予測を信用しきれず心の中で苦笑が漏れる。

 この階層で別れを惜しむほど親しくなった相手もいない。ならば長居する理由もない。さっさと先に進んでしまおう。

 目標は六十層。行けるところまでは一気に駆け抜けるつもりだ。


 広場の中央に立つ転移石へ歩み寄り、その表面に手を置く。

 ひんやりとした石肌の感触と共にシステムの問いかけが浮かび上がる。迷いなく移動を選んだ。


 視界が暗転し、骨の奥が浮くような感覚のあと、世界が切り替わる。


 眼前に広がるのは見渡す限りの森だった。

 また森林系か、と心の中で小さく文句をつけつつ周囲の魔力を探る。

 モンスターの数自体はそこまで多くない。


 気を引き締め直し、近場のモンスターから順に狩っていく。

 オークキング、ゴブリンジェネラル、ミノタウロス、コボルトキング。どれも単体で見れば十分に強敵と呼べる連中だ。

 斬り結ぶたびに筋肉がきしみ、骨に重さが返ってくる。だが、総力戦で相手にした悪魔族と比べてしまえば、どうしても雑魚という言葉が頭を掠めてしまう。


 狩り終えたモンスターたちを解体して素材袋に淡々と詰め込んでいく。

 血の匂いが薄く森に広がり、それに釣られて新たなモンスターが寄ってくる。倒して、斬って、詰める。その繰り返しだ。


 やがて森の奥からひときわ濃い魔力が伝わってきた。

 ボスだと主張しているような存在感。そちらに向かって一気に駆ける。


 二つの頭を持つ巨体が木々の間に鎮座していた。

 深い緑色の体表、潰れたような醜い顔面。そして二対の目が別々の方向を警戒している。


「ツインヘッドトロールか……」


 思わず小さく呟き、倒し方を頭の中でなぞる。

 ツインヘッド系はどの種族であっても厄介だ。トロールであればなおさら。


 トロールはもともと再生能力が高い。ツインヘッドになるとその再生がさらに強化され、斬撃ではほとんど決定打にならない。

 切り離した腕も足も、目を離した隙にくっついている。だから普通は燃やすなり潰すなりしなければならない。


 ――安全地帯でやったみたいに、闇を纏わせたらどうなるだろう。

 再生そのものを無効化できるかもしれない、と思いつきをすぐさま実験に移す。


 意識を内側に沈めてルトリエから与えられた闇を剣へと流し込む。

 刃の輪郭がぐにゃりと歪み、金属光沢は完全に失われる。

 代わりに、光さえ飲み込むような真っ黒な刀身が手の中に生まれた。あのとき彼女が握っていた剣に酷似している。


 ツインヘッドトロールの二つの頭が同時にこちらを向いた。

 何かを本能で察したのか巨体がじり、と一歩後ろに下がる。足音と共に地面がわずかに揺れた。


 足に力を込めて地面を蹴る。風が背中を押して視界が一気に近づく。

 巨体の懐へ飛び込むと同時に、縦に一閃した。鈍い手応えはなく、刀身は抵抗なく肉と骨を断ち切っていく。


 次の瞬間、ツインヘッドトロールの身体が、音もなく左右に割れた。

 二つの頭がばらりと揺れ、遅れて内臓が地面に滑り落ちる。巨体がその場に崩れ落ち、振動が足裏から伝わった。


 切断面に目を向ける。

 そこには黒い闇が、うぞうぞと生き物のように蠢いていた。肉の断面を塞ぐどころか、再生しようとする芽を踏み潰しているような動きだ。


「なんか、ちょっと気持ち悪いな……」


 自分でやっておいて思わず顔をしかめる。

 ただ、目論見通り切り分けた肉片が元に戻る気配はない。

 どうやら転移石までまとめて斬り飛ばしてはいなかったようで、解体を進めていくと胸腔の辺りからいつも通り転移石が姿を現した。

 

 必要な部位だけを切り分けて素材袋に詰めて最後に転移石を握り潰す。

 ――この調子なら、まだまだ行ける。


 心の中でそう呟き、次の階層へと進んだ。



 四十六階層から先は振り返る暇もないほどの順調だった。

 気がつけば百階層に居た、という感覚に近い。


 道中は拍子抜けするほど普通の階層ばかりだった。

 一定の広さに、きちんとボスが一体。倒せば次の階層への転移石が手に入る。

 総力戦のあとだからか、その規則正しさが妙に退屈にさえ思えてしまう。


 それでも、戦うたびに実感する。力も魔力も地球にいた頃とは比べ物にならない。

 帰れないことさえ除けば、ここは本当に良くできた修行場だとすら感じてしまう自分が少し嫌だった。


 だが、百層に踏み入った瞬間、その感覚は一変した。


 空気が重く、空は真っ黒で月明かりもない。

 肺に吸い込むたび、魔力そのものが喉と胸を焼いていくようだった。

 周囲の魔力の密度が、そこまでの階層とは明らかに違う。皮膚の上をじりじりと焼くような圧が覆い被さってくる。


 魔力中毒の症状がじわじわ現れてきたため、無理はしないことに決めた。

 付近の木の幹を蹴って高い枝に登り、安全な高さまで身を移す。

 枝の上に座り込み、呼吸を整えながら少しずつ体をこの環境に慣らしていった。


 しばらくして、頭痛と吐き気が和らぎ始めた頃だった。

 ふと気が付く。


 ――モンスターの気配が、一つもない。


 通常であれば、これだけ魔力が濃い環境ならばどこかしらにモンスターがうろついていてもおかしくない。

 だが、森のどこを探ってもモンスターの気配は皆無だった。


 代わりに、ひとつだけ。

 総力戦で対峙したルトリエと同等か、それ以上の膨大な魔力が遠くで静かに渦を巻いていた。


 距離はかなりあるはずなのに気配だけで肌が刺されるようだ。

 ごくりと唾を飲み込んだ瞬間、視界の端に赤いウィンドウが浮かび上がる。


『クエスト:【塵骸の女王】に見つかるな! 期間:二カ月 報酬:転移石』

『承諾しますか? はい いいえ』


 表示された名前を見て思わず肩の力が抜ける。やっぱり、ルトリエの気配か。

 前に黒い空間での会話を思い出す。

 

 確か、いくつもの階層に分身体がいると言っていた。各階層に散らばる力を集めろ、とも。

 私はウィンドウをそのままにしたまま、魔力の元へと進路を取った。


 一定の距離まで近づいた瞬間、肌がぴり、と痺れる。

 何かの結界の膜を指先で触れたような感覚が走り、その直後――膨大な魔力の主が、信じられない速度でこちらへ向かってきた。


 ほんの一度、瞬きをしただけだ。

 次の瞬間には、もう目の前にその姿があった。慌てて剣を構えて正面に向け、意識を研ぎ澄ます。

 ――視界からその姿がふっと消えた。


 全力で警戒しているはずなのに動く瞬間すら捉えられない。

 周囲一帯に同じ質の気配が満ちすぎていて位置の特定が追いつかなかった。


「はて……お主、何故妾の剣を持っておる?」


 耳元で声がした。

 背筋を冷たいものが駆け上がる。完全に死角。すぐ背後だ。


 反射的に振り向きざま斬りかかる。その動き自体は遅かった訳ではないが手首を掴まれ、振り下ろす前にあっさりと止められる。


 総力戦のときの分身体とは比べ物にならない。

 さっきまでの一連の動きだけで、油断も隙も一切ないことが伝わってくる。格が違う。そう断言できるほどの差だった。


 掴まれた手首がぐい、と上に引き上げられてあっという間に足が地面から離れる。

 体が宙ぶらりんになり、ぶら下げられた状態で空中に浮く。

 加えられる力は骨が砕けてもおかしくないほど強烈だった。


 手首の骨が軋み、筋が悲鳴を上げる。勝手に喉から声が漏れた。


「ぐっ……」


「ふむ? 随分と耐久力のある人の子じゃのう。……む?」


 ルトリエが、興味深そうに小さく声を上げる。

 すん、と鼻を鳴らし、何かの匂いを確かめるように私に顔を寄せてきた。


 首筋に鼻先が触れる。

 今なら――と一瞬だけ頭をよぎるが、即座にその考えを捨てる。


 ここで動けば、私が剣を振るうより早く首を噛みちぎられる。

 その未来がありありと想像できてしまったからだ。

 幸い、今のところは敵意らしい敵意は感じない。好奇心の方が圧倒的に勝っている気配だった。


「お主、妾の本体と出会ったか?」


「会ったよ。庇護も貰ってる」


「ほう! そうかそうか! ついに妾の闇に耐えきれる存在が現れたのじゃな!」


 手首を掴んでいる本人が心底楽しそうに笑う。

 次の瞬間、ふわりと体が軽くなった。掴まれていた手首から力が抜けた――と思ったときには、別の意味で自由を失っていた。


 視界が揺れる。

 気づけば私は、ルトリエに抱えられていた。両腕の中、胸の高さ。

 世に言う、お姫様抱っこだ。


「え、降ろしてよ」


「む? 嫌じゃ」


 不満げに口を尖らせるルトリエ。

 試しに身をよじってみるが腰や背中をがっちり押さえ込まれていて身動きひとつまともに取れない。


 周囲には誰もいないが、それでも頬の内側がじわじわと熱くなっていくのが分かる。

 ――お姫様抱っこされる側って、こんなに居心地が悪かったのか。


 沙耶たちを抱き上げたときに顔が真っ赤になっていた理由を今さら少しだけ理解した気がした。

 私を抱えたまま、ルトリエは森の中を歩み始める。

 肩越しに後ろを見やると、木々が高く遠ざかり、地面が妙に小さく見えた。


 ――こんなに大きかったっけ?

 改めて見上げてみると、ルトリエの顔が随分高い位置にある。

 総力戦のときは、ほとんど私と同じくらいの身長だったはずだ。今はどう見ても二メートルは超えている。


「なんじゃ? 妾の顔に何か付いておるか?」


「デカくない……?」


「個体差じゃの。本体が急ぎで雑に作りおったから分身体ごとに差が出ておる」


「あと口調も何か違う気がする……」


「それも個体差じゃのう」


 いや、雑過ぎない? と心の中でだけツッコミを入れる。

 抱え上げられたまま視界の中で森が少しずつ開けていった。


 しばらく進むと、木々の切れ目から一軒の木造の家が姿を見せる。

 周囲の濃密な魔力とは裏腹に、その家だけがぽつんと穏やかに建っていた。

 煙突からは薄く煙が上がり、窓枠には簡素だが手入れの行き届いた木材が使われている。


「ところで、どこ向かってるの?」


「妾の寝床じゃ。見たところ、お主は妾の力は感じられるのに全然使えておらん。稽古をつけてやろうと思っての」


「……お手柔らかにお願いしていい?」


 首だけ動かして問いかけると、ルトリエはにやりと唇の端を上げただけだった。

 返事の代わりに背筋を撫でるような悪い予感が冷たく這い上がってくる。


 死なない程度の稽古だといいな、と心の中でだけ小さく願いながら私は彼女の腕の中で諦め半分に息を吐いた。


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