第二話
夕凪村には、瓦屋根と茅葺屋根が半々程度の感覚で家々が建ち並んでいる。今の時代、家を建てるのもかつてより大仕事だ。建築に関わらず、あらゆる技術が大破壊【悲怒叫哭】によって失われてしまったからだ。大破壊に生存者がいたのも、首謀者たちの動きに気付いた戒者らによって、全国各地に結界を張っていたからだった。戒者の言葉を信じた一部の人間のみが、大破壊から身を守ることができたのである。
カケルの住いは、茅葺屋根が多く立ち並ぶ場所にあった。
もうじき、試験が行われる。この村で過ごした三年間の集大成となるような試験だ。結果次第でカケルは、さらに大きな町の学校へ通うつもりだった。多くの同世代が、戒者になるために鍛錬を積む中、カケルはただひたすら、勉学に励んできたのだ。否、カケルとて鍛錬をしてきたのだ。学者となり、荒廃したこの世界を、もっとよりよいものにしたい。母を幸せにしてあげたい。その一心で、努力をしてきた。そう思えば、直近の疲れなど何のその、地を踏む足にも力が入るというものだ。
家が見える。すると家の前に、誰かが立っているのがわかった。多少遠目なりと、それが誰だかはすぐにわかるくらいには、村には馴染んできた。というよりも、その少女との親交が、村で最も大きな繋がりだったからというのもあるのかもしれないが。
「遅いじゃん。今日はお昼までじゃなかったっけ?」
「ちょっと残って、話きいたりしてた。あと、途中で号外も拾ったんだ」
南野ことりは、カケルより少し低い背をちょこんと跳ねさせて、家に着いたカケルを出迎えた。カケルのこの村での住いは、ことりの両親が所有していた、小さな蔵を家として借りているのだ。
カケルの正面に立ったことりは、んっと背伸びをして、カケルの顔を覗き込んだ。大きな目、僅かに色素の薄い髪、緑の着物。三年の付き合いとはいえ、美しい佇まいのことりにこうして距離を詰められると、カケルとて頬を赤らめずにはいられない。
「髪、伸びたね」
「そう?」
「そうだよ。もうすぐ試験でしょ? ゲン担ぎってことでさ、切ってあげよっか」
ことりの両親は髪結い業を営んでいた。ことりもいつかは仕事を継ぐことを望んでおり、今でも時折、店に立って親の技術を見て盗んでいる。しかし、一度切ってもらったことがあるが、現段階ではまだ職人の腕前には達してはいないのではというのがカケルの感想だ。
「え、ことりが切るの?」
「当たり前じゃん。私にも勉強させてよ」
ことりはカケルから勉強道具の入った麻袋を奪い取ると、カケルの背を押して蔵もとい家の中へと押し込んだ。
「えっ、店でやるんじゃないの?」
「ふっふっふっ。実は、もう道具は持ってきてるんだよね」
着物の胸から、革製の立派な鋏入れを取り出したことりは、したり顔でカケルに近づいてくる。
「はい、座る。あんまり動かないでよね」
土間にあった踏み台に無理やり座らせられるカケル。鋏を取り出す音が聞こえ、開閉する振動の響きが耳元で鳴ったような気さえした。そのまま、髪に触れる重たい鋏の感覚。
「ちょっと待って、こういうのって濡らしたりするんじゃ」
「それは、お父さん流、お母さん流。これは、ことりちゃん流」
そうして無情にも、鋏は音を立てて閉じ、はらりと落ちていく己の髪を、ただただ見つめることしかできないカケルなのであった。




